シーツと月光




Laurencin×Hiver








 本当に、どこもかしこも白い生き物だ。抜けるような銀髪は日頃から見慣れていたと言うのに、その下に隠れていた首筋から背中までの、太陽を知らないような病的な白さは何だろう。まるでアルビノ、狂気の色。さすが《冬》の名を持つだけはあると、その後姿に劣情を抱きながら頭の片隅で思考する。
 汗で張り付いた銀髪の筋が絡まり合い、窓の月光を差し置いて薄汚い宿を照らす光源のようだ。普段はよく喋る唇も、現在は緩く噛み締めているせいで色味を失い、引きつった声を断片的に漏らすばかり。

 ひ、ぁ、あ、ん、…んんっ

 イヴェールは長らく言葉らしい言葉を発していない。唯一咎めるようにこちらの名を呼んだのを最後に、寝台に四つん這いになった姿勢で揺さぶられている。その張り出した肩甲骨にうっすら浮かぶ汗の珠を背後から舐め取っても、ぴたりと密着したままローランサンは離れずにいた。
 余程その部位が気に入ったのか、それとも逆に気に障ったのか自分でも分からない。妙な嗜虐心が芽生え、腰骨から背骨を辿って先細らせた舌を這わせることに専念する。じわじわと移動する熱に彼は身を竦ませ、そのせいで更に浮かび上がる肩甲骨の淵に誘われるように歯を立てると、再び喉を引きつらせたようだ。噛むな、とだけ抗議が上る。

 背中が弱いのか?
 うるさ、い

 耳元に口を寄せ吐息混じりに笑えば、駄々を捏ねるような仕草で首を振る。どんな表情をしているのだろう。辛いのか、上擦った声が酷く頼りない。安宿特有の硬い寝台が軋むたびに、健気に震える姿はこちらの衝動を刺激して、ぞくり、と言い知れぬ感覚が背を抜けていった。

 お前、どこにそんな色気隠してたんだ?
 ……ぁ、う、知るか、っぁん

 べたべたになった細腰を更に引き寄せて遠慮なく攻め立てると、零れた液体が太股を滴り、すすり泣くような喘ぎが高まる。体温の上がりきった室内は朦朧とするような暑さで、目の前の白い痴態が訴える涼しげな感覚とのコントラストが鮮やかだ。思わず息を詰め、咄嗟に彼の歪んだ顔を見ようと髪をぐいと引く。

 ………っふ、う、

 眼は、閉じられていた。身を捩るような体勢になった為か苦しげだったが、丹念に目許を舐めるとこちらを窺うように薄く潤んだ紺碧が覗く。その間にも腰を進めると、くしゃりと快楽で溶けていく表情を間近で見る事が出来た。いちいち返ってくる反応が面白い。
 だが生理的な涙を湛えていても、切羽詰ったような、その癖どこか余裕を残しているような視線でイヴェールは綺麗に微笑した。彼は微かに首を傾けて喋るのが癖だったが、こういうときにまで変わらないゆったりとした仕草は、こちらの奥底まで見透かしているように思える。

 案外、甘えたがりだな
 ……なんだそれ
 
 子供扱いされた気がして癪に障り、深く穿つ。途端にしなる背筋に腕を回して押し止めると、理性を奪うように愉悦を引き出して、じくじくと繋がりを深くした。軋む音が激しくなる。

 ひゃ、あぅ…っ

 素直に快楽に溺れる声に満足し、首筋に歯を立てて唇で愛撫すれば、するりと汗ばむ銀髪の一本が口に入った。少し不快だったが、今更それを吐き出す余裕はなくなっていて、後ろから抱きかかえると羽交い絞めにして貪り続ける。達する瞬間に震える肩を掴むと、皮膚越しに伝わる体温が滲んで、暖かだった。






 ──という理解不能の夢を見て、冷や汗と共に飛び起きたローランサンは、実際に隣で眠るイヴェールを見つけて今度こそ本気で仰天した。
「……はぁ!?」
 え、ちょっと待て今の夢じゃねーの。そういう趣味ねーのに、なんで俺ら素っ裸な訳?
 目まぐるしく様々な思いが渦巻くが、ずきずき痛む頭ではどうにも記憶がはっきりしない。何本もの酒瓶が転がっている床を見て、また昨夜は飲み潰れたんだなと自分の状況を把握するが、それ以上の分析は恐ろしかった。眼を白黒させながら、続いて、眠っている青年の方へ視線を向ける。
 夢の中では凄まじい色香を放っていたイヴェールだったが、日の光の中で熟睡している様子は子供のように安らかだった。睡眠欲が恐ろしく強い男なので、昏々と惰眠を貪っているのは幸せそうでもある。
 まず狭い寝台に男二人が並んでいること自体が異様ではあったが、うつ伏せになってすやすやと眠りこけている彼の首筋に赤い鬱血痕を見つけてしまうと、昨夜の痴態は実際にあったことだと認めざるを得なかった。うわぁ、とローランサンは頭を抱える。
 何で、よりによって、こいつと。
 酒の勢いとは言え、二人とも酔っていたのならお互い様だと笑って済ませられるが、アルコールに反則的に強いイヴェールまでが正体を失っていたとは考えにくい。となると、勝手に酔って暴走したローランサンがどういう訳か彼を襲ってしまった、という何とも居心地の悪い結論になる。
 ──やばい、俺、思いっきり加害者じゃん。
 絶交されても文句は言えない。自責と悔恨の念に囚われる。どういう顔をして謝罪すればいいのか二日酔いの頭でぐるぐる苦悩していると、人の動く気配に気づいたのか、イヴェールが目尻の赤くなった瞼を震わせた。
「…………ん…」
 とろんとした眼が、薄く開く。心の準備が出来ていなかったローランサンはぎょっとして身を引いたが、逃げ出す訳にもいかなかった。
 イヴェールは何度も眠そうに瞬くと、ゆったりと相方の顔を捉える。どんな叱咤が飛んでくるかと思わず息を詰めた。
「ローランサン……僕が男で良かったな」
 しかし唇から出てきたのは、未だ夢に片足を突っ込んでいるような声。こて、と首が再びシーツの中に落ちた。
「あんな乱暴な抱き方、女性にしたら一発で振られるぞ……」
 もう少しどうにかしろよ、とフェミニストの彼らしい言い草を言い放ち、もぞもぞと寝返りを打つ。拍子抜けするどころか逆に腹が立ってきた。
 ──なんだこの暢気な反応。
 ローランサンは相手の頭に思いっきり枕を投げつけた。イヴェールの態度があまりにも普段と変わらないので、一人でドギマギしていた事が恥ずかしい。と言うと馬鹿らしくなったのだ。
 もういい、あれは事故だ、事故。若気の至りだ!
 後頭部に鈍い衝撃を受けたイヴェールは、渋々顔を上げて枕を退かそうとする。だが今度は脱ぎ捨てられてあった服がぶつかり、むぐ、と呻いた。
「酷いな……こっちは君のせいで体が痛いのに……」
「っ黙れ!いいから早く服着ろ!」
 そっちが脱がせたんだろう、とぼやく声を制すため、ローランサンは再び服を乱暴に放り投げる。さっぱりイヴェールが何を考えているのか分からない上、完璧に謝るタイミングを逃して苛立っていた。
 だが強姦に近い出来事の後も普段通りの会話が続くことに心底ほっとする自分もいて、昨夜の光景が脳裏にフラッシュバックするのを抑えながら、益々彼は顔を赤くさせるのだった。










END.
(07.08.15)

山なし、意味なし、オチあり。





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