盗賊s










 相方に手酷く裏切られる夢を見て、我ながら面倒くさい気分で目が覚めた。胃の中の物がぐるぐると回っているような不快感を噛み殺し、ローランサンは寝台を立つ。
 けれど冷たい床に足をついた瞬間に、ああ水が飲みたいと思い、飲み干したグラスをテーブルに置いた瞬間に、ああ腹が減ったと気が逸れた。欲望に従ってあれこれ動いている間に夢の細部を取り落とし、すっかり詳しい内容を忘れてしまう。つくづく当てにならない記憶力だった。
 確か、イヴェールに剣を向けられた気がする。
 仕事中で、いつまでたっても屋敷の出口に辿り着けなくて。周りを追っ手に囲まれて逃げ道がなくなった時、イヴェールに剣を突き付けられ、何がなんだか忘れたが、とにかくあれよあれよと裏切られたのだ。
 引っ張り出した夢の内容に一人頷きながら、ローランサンは再び寝台に向かう。まだ窓の外は暗い。明け方なのだろうが、太陽が部屋の中を暖めてくれるには長い時間がかかりそうだった。もう一眠りしても罰は当たるまい。
 寝台ではイヴェールが眠りこけていた。裸の肩に蚊が止まっている。ぱちんと叩いて仕留めてやると、既に血を吸われていたのか潰れた死骸からは赤い点が滲み出ていた。
 それは情交の後の鬱血痕を思い起こさせたが、実際のところ、ローランサンは抱いた相手に痕を付けるような趣味はない。男でも女でも所有欲を誇示するような愛情表現は嫌っていた。噛み癖ならば動物的で分かりやすいが、キスに見せかけて性欲の痕を残すなんて趣味が悪い。征服欲を耳障りのいい甘言で隠し込んだようなものだ。浮わついた夜の過ちを昼にまで持ち込む真似は白けてしまう。
 その晩も首筋を歯先で辿りこそすれ、痕は付けなかった。だからこそ、イヴェールを他の誰かに寝取られたような気持ちがした。
(……面倒くせぇ)
 慎重に鼻から息を抜く。どうやら神経質になっているらしい。ヤったその日に裏切られる夢を見るなんて、どれだけ自虐的なんだろう。
 面倒くさい面倒くさいと胸中で繰り返しながら、蚊の死骸を払い退けて、イヴェールの肩に顔を近付ける。半ば開いた唇をそこに触れさせると、肌の匂いが強くなった。
 歯を立ててやりたい残酷な衝動を殺し、躊躇いの後、吸う。
 自分でも筋道の分からない感情だった。イヴェールに甘えたいのだろうか、嫌な夢を見たからと。それとも罰したいのだろうか、お前は裏切っていたぞと。それらは判別しがたいものだったが、それでも少しは気が済んだ。
 顔を離すと、憑き物が落ちたように冷静さが戻ってくる。口付けた部分はほとんど色が変わっておらず、意外に痕が付かないものなんだなと淡く驚いた。もう一度しようかとも考えたが、いい加減に馬鹿らしくなったので大人しく寝る事にする。
 欠伸を漏らすと、眠気に引きずられるまま隣に潜り込む。寝返りを打ったイヴェールの肩が反対側に行き、すっかり布団で隠れてしまうと、もう面倒な夢は見ないだろうなとローランサンは根拠もなく直感した。
 朝はまだ遠い。






END.

私の書くエロはキスマークを付ける行為が極端に少ないです。甘噛みは多いですけど、何か微妙な苦手意識が私にあって。だからこそ、たまに出すとちょっとした思い入れがあります。



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