モブイド小話




(一部『ショーシャンクの空に』パロ)







 囚われた人間がされる定番と言えば、身代金が支払われるまで牢に閉じ込められるか、面白半分に拷問へかけられるか、あるいは放っておかれて死ぬのを待つばかり。物語の姫君ならば王子様がやってきて彼女を救い出すだろうし、封じられた悪魔ならば魔法の小瓶の中でひたすら眠りについて開放されるのを待つが、生憎、現実を生きる人間にとって囚われの身と言えばロマンチックさなど欠片もない。
 例えばそれが船乗りの場合、そのまま新しく敵船の乗組員に抜擢される事もある。常に人手が足りない帆船にとって、捕虜は格好の人材に他ならない。長い航海で抜け落ちた場所へ喜んで振り分けてしまう。捕虜たちだって乗っている船が順調に航海してくれなければ故郷には帰れないし、どの道ここは大海原、他にやる事もない。大人しく従い、いつの間にか昔から働いていたかのように船へ馴染んでいく。
 しかし、それは船乗りでも取り替えのきく下っ端の場合だ。船長、並びに副船長などの高官には適用されない。指揮権のある人間を野放しにしておけないからだ。その為、丁重に悪臭の漂う船倉に押し込められるのが普通である。
 そしてイドルフリード・エーレンベルクは航海士だった。船医と同様に技術職である彼は、本来なら囚われの身となっても新しい役職に就く事も考えられるほど貴重な人材であるはずである。
 しかし見逃されないほど暴れすぎたのか、あるいは彼特有の人をおちょくる言動が気に障ったのか。背中を蹴られながら数人がかりで船室に連れ込まれ、無理やり床に跪かされると、下から数えた方が早いほど低俗な方法で囚われの身を満喫するコースに放り込まれたらしい。
「散々ふざけた真似しやがって!」
 両手首をひとくくりに捻られ、ぐっと背中に回される。下手に羽交い絞めにされるよりも抜け出しにくい為、イドルフリードは密かに顔を歪めた。背骨を膝で押さえつけられて胸を反りだすような姿勢になると、喉も狭まって呼吸も苦しくなる。こめかみを手ひどく殴られたせいで目も眩むし血が襟元を濡らしているし、まったく、ふざけた展開だった。
 取り囲むのは五人。いずれも日に焼けた屈強な男たちだ。武器を取り上げられたので逃げ出すとしたら単純な体力勝負になるが、腕が丸太ほど太い連中を軒並み倒すのは困難である。気の高ぶった男たちはイドルフリードを小突き回し、拳を利かせて一発ずつお見舞いすると、倒れた彼を引きずり起こし、再び床に跪かせた。
「おら、しゃぶれよ」
 鼻先に突きつけられたものを見て、イドルフリードは思わず沈黙する。くつろげた下穿きから剥き出しになった赤黒い物体は、成る程、確かに囚われの身のフルコースには相応しい。
 あえて過酷な海を選んでねぐらとし、誇り高く波の間を生きる男たちにとって、己の意志を力ずくで奪われるのは最大の屈辱である。勿論、男色が「船乗りの病気」として流行っている場所もある事にはあるが、敬虔な信者が多いスペイン船では滅多に起こらない。中には女に飢え、船倉で飼っている豚を相手に穴を埋める連中もいるらしいが、幸いイドルフリードはお目にかかった事がなかった。だからこそ最大限の恥辱と効率的な性欲処理の為、捕虜には時折、こうした災難も降りかかる。
 いくら私の見目の良さに感激しているとはいえ、まずは逃げないように膝の皿を砕くとか脚の腱を切るとか、他にやるべき事があるだろうに――とイドルフリードは思う。しかし親切に忠告して「おっとそうだった」と採用される訳にもいかない。嫌悪と幾ばくかの憐憫を込めて無言で鼻に皺を寄せていると、「おいおい、お上品に黙ってるんじゃねぇよ」と男の一物で頬を叩かれた。
 下衆が。
「……何と言って欲しいんだね。立派なものをお持ちで、と褒めてやればいいのか?」
 落ち着けと自分に言い聞かせながら、僅かに湿り気を帯びた頬を反らし、床へ血の混じった唾を吐く。口の中が切れているのだ。本当なら相手の顔か、もしくはこの汚い物体に吐きつけてやりたかったが、ひとまずは大人しくしているほうがいい。無理やり押し倒して順繰りに穴を掘らず、まずは奉仕を頼んでくるだけ礼儀のなっている連中だ。自分はまだシャツも破られていないし、ベルトだって抜かれていない。文化的にいこう。
「生憎、君の粗末な息子におべっかを使えるほど世間知らずではなくてね。何だいこれは。まるで十歳の子供じゃないか。これではさぞ陸の女房もがっかりした事だろう、筆下ろしはママがしてくれたのか?」
「……てめぇ!」
 横っ面を殴られ、ごり、と耳の上に何か硬いものが当てられる。銃口かと思って肝が冷えたが、どうやら短刀の柄のようだった。おそらくイドルフリードから取り上げたものだろう。
「いいか、お姫様。綺麗な顔のまま生き延びたけりゃ、俺たちの言う通りにした方がいいぜ」
 男は怒りで息を乱しながら告げる。
「俺のをしゃぶり終わったら、今度はルースターの番だ。お前は奴の鼻を折ったんだからな、それくらいの義理はあるだろ?」
 再び、それが目の前に突きつけられた。顔を反らそうとするものの、背後から別の男にがっちりと顎を掴まれて首を動かす事も敵わない。本格的な蹂躙の気配である。引き結んだ口元に湿った男根を押し付けられ、ぐりぐりと上唇をめくられた。不快感で息が詰まる。既に興奮しているのか、それは熱と硬さを持ち始めていた。ねっとりとした臭気が立ち上る。
「私の口の中に入れたら、それがなくなる事と思え」
 イドルフリードは不意に口を開く事で、それ以上の接触を避けた。苦し紛れの脅しと思ったのだろう。五人の男たちは一瞬静かになり、それからゲラゲラと笑い出した。中身が入っているか確かめるように短刀の柄がこめかみにコツコツと当てられる。
「おいおい、そんな事をしたらこの刃渡り二十センチがお前の耳の穴へ食い込むんだぜ。分かってんのか?」
「こっちはちゃんと分かってる。分かってないのはそっちだ。君たちが何を口の中に突っ込んでも、私はそれを噛み切る。無論、その短刀を私の脳へぶち込むのは勝手さ。しかし、これだけは知っておいてくれ。急に重い脳損傷を受けた場合、被害者は大小便を漏らすだけじゃない……同時に歯を食いしばるんだ」
 彼はゆっくりと笑い、見せ付けるように口を開いた。伸ばした舌で己の歯列をなぞる。それは淫蕩と呼んでも過言ではないほど艶めいた仕草だった。男たちの笑い声が刃で断ち切られたように、ふっつりと止む。
「それだけじゃない。この反射運動は恐ろしく強いものだから、被害者の顎をこじ開けるのに、かなてこなどの工具が必要になる事もある」
 試してみるか、とイドルフリードは唇を吊り上げ――。









「で、男同士が乱交をした場合における性病のリスクと、それがいかに罪深いもので神に罰せられるのかと綿々と説いていたところで、君が来たと言う訳だ」
「時間稼ぎをさせたらお前の右に出る者はいないな、イド」
 コルテスが取り戻した剣と銃を寄こす。粘ついた唇を拭いながらそれらを受け取り、イドルフリードは体の強張りを解いた。両腕を捻られていたせいで背中の筋肉が妙な具合に固まっている。
「いやはや、思ったよりも早く来てくれて助かったよ。間に合わなければ、今度は女にも匹敵する豚の可憐さについて語り、彼らと共に船倉へ行かなければならないところだった。私も浅識でね、獣姦の魅力については分からん」
「止めてくれ。口八丁とは言え、お前なら何だかんだで説得力のある弁論をしそうだ。恐ろしい」
 童話の姫君でなくとも日頃の行いが良ければ助けが来る。コルテスが笑いながら肩を叩き、戻ろうかと軽く促した。イドルフリードは武器を所定の場所にしまい込み、頷いて部屋を出る。ついでに五人まとめて縛られている男たちの中から、汚物を顔に押し付けてきた例の男を見つけ、思いっきり股間を蹴り飛ばしてやった。
「何、心配しなくていい。君たちは後で豚小屋に放り込んでやる。精々そのお粗末な物を捻じ込んで楽しんでくれたまえ。噂に聞くところではそう悪くはないらしいぞ。まあ、陸に戻ったら火炙りにされるかもしれんがね」
 彼は無駄に爽やかに言い捨てると、陽光の注ぐ甲板へと出て行った。






END.
(2012.05.16)

「反射的に歯を食いしばる〜」の台詞周辺は原作からの引用になります。一度誰かに言わせてみたかった!それにしても我が家のイドさん、本当に受に回る気がないな


TopMain屋根裏BL




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -