愚かに生きる




Leontius×Ametustos
(Another Ending)










 とにかく時間がないようだった。
 奏上された書類や献上品が卓上に広がり、王の政務室は今日も込み入っている。駐屯先から訪れたアメティストスに許された謁見時間は、僅か十数分と限られていた。
 本来なら休憩してもいい頃合いだったのだろう。提出した資料をレオンティウスはげんなりと見遣り、一瞥した後、素っ気無く机の脇に退けた。
 それで一言。
「少しの間でいい。私を喜ばせてくれ、アメティストス」
「……何だそれは」
 解釈によっては聞き捨てならない台詞だが、縋るようなレオンティウスの声に不埒な情欲の影はない。余程ここ数日忙しかったのか、随分とくたびれた顔をしている。顔色も冴えないし視線もおぼろげだ。そこに普段民衆に見せる、煌びやかな王族の姿は微塵もなく、アメティストスは彼の激務を察して僅かに同情した。
 アメティストスが部隊の将として、地方の政務に当たって数ヶ月。アルカディアに帰還したのは久々だった。この兄王とは妙な成り行きで情交関係を持ってしまったが、まさか帰った直後に先程のような言葉を聞くとは。他に誰もいないからいいようなものの、もし聞かれたらどう弁解する気なのかと渋い顔になる。自分達は男同士であり、更には剣を交えた相手であり、その上、血の繋がりもある。神に誓いを立てて一生を共にする相手ではなのだ。心は自分の持ち物なのだから恋愛遊戯は好き勝手に行って構わないが、それを表に出して互いの立場を危うくするのは感心しない。その辺はわきまえているつもりなのだと思っていたが。
「眼が死んでるぞ、貴様」 
「そうだ、死にそうなのだ。あまり眠れていない」
 アメティストスの怪訝な問いかけにも投げやりに応じ、レオンティウスは眉間の間を指で解す。
「その上、やっと来たと思ったらお前は報告を済ませたらすぐに戻ると言うし、張り合いがないではないか。全く、お茶の一つも飲んでいけ。面白くない」
「へえ?」
「本当はとても眠いのだけれど――せっかくの機会を逃す手はないから」
 だからちょっとだけおいで、とレオンティウスは自分を手招いた。素直に近寄ってやる義理はなかったが、拒めば力尽きて机に突っ伏すのではないかと馬鹿馬鹿しい想像が働く。大人しく前に進み出ると、座っている彼の両腕が広がり、吊った剣の鞘ごと腰を抱き締められた。
「嗚呼……安らぐな……」
「……そうか」
「可愛い」
 ぎゅう、と抱く力が強まる。茶色の髪が腹に擦り寄り、大きく肩が上下した。
「……可愛いな、お前は」
「甲冑の男相手に可愛いと言う貴様の神経が分からん」
「そうかな」
「ああ」
 無愛想に告げると、琥珀の瞳がこちらを見上げる。彼は苦笑気味に目を細め、脇に垂らされているアメティストスの手を取り上げた。無骨な掌に額を当て、流れるように唇へと導く。
「……っ」
「こうすると、後ろめたく顔をしかめるのが可愛い」
 レオンティウスが囁いた。
「その癖、目尻がすぐに赤らむ所も愛らしいな」
「……理由は聞いていないが」
「そうだな。私も照れる」
「………」
 アメティストスは沈黙する。毎度、この男と会話をするのは絶望的に疲れる事だった。
 たぶん自分と彼とでは、そもそも構築する言語が根本から違うのだろう。レオンティウスは躊躇いもなく自分の好意を善き言葉で語る事ができる。だが長らく悪しき言葉で世界を呪ってきた自分には、どれも耳慣れない単語にしか聞こえない。
「……妙な事はするなよ」
「しない。そんな時間と気力があったら、とっくにお前を押し倒している」
「不穏な事を」
「何もしなくていい。アメティストス、同情してくれ。それで私は慰められる」
 彼は抱き締める腕に力を込め、大きく息を吐く。最初に放った「喜ばせてくれ」とはそう言う意味か。甲冑と外衣のせいで相手の体温はほとんど伝わってこないが、それは情人に向ける抱擁と呼ぶより、子が親に縋るような切実さを持ってアメティストスを包んだ。
 自分が不在の間、どうせ詰まらない事でも考えていたに違いない。それとも彼が煮詰まるほど大きな問題でも起こっていたのだろうか。何も言ってこない以上、こちらがあえて踏み込む必要はないのだろうが、その埋め合わせが子供のような抱擁だとは笑えない。
「……お前の子供の頃に立ち会いたかったな」
 案の定、レオンティウスは静かに独白してくる。
「それが出来なかったから、私はこんな卑怯な手段でお前を繋ぎとめているのかもしれないよ。家族にはなれなかったから、欲で関心を惹きたいと」
 自嘲気味な彼の声に釈然としないものを覚える。せめていつものように余裕ったらしい態度でいてくれないだろうか。無駄話をつらつら語る始めるのは、なんだか酷く苦し紛れだ。
 アメティストスはしばらく突っ立ったまま窓の景色を見ていたが、視線を下げて情けなくうなだれている王の後頭部を眺めると、仕方なく顎を取って顔を上げさせる。微かに肌が荒れているのが哀れさを誘った。本人の言う通り、あまり眠れていないのかもしれない。
「……アメティストス?」
「随分と参っているようだな」
 有無を言わさずに身を屈め、不思議そう顔に迫る。優しく頬や額に口付けるような真似はしない。子供の頃に家族と微笑みながら交わしたような、そんな行為は遠ざかって久しい。ただ口を重ね、欲と非難を混ぜた乱暴な所作を施すだけだ。
 レオンティウスも顎を反らし、それを受け止める。湿った息の中に彼の疲れを感じた。そして同時に躊躇いも感じた。けれど舌を絡めてやると、腰に回した腕に力を込めて、こちらの存在を確かめにかかる。濡れた音が頭の芯をなぶった。
「嗚呼……時間が」
 王は名残惜しげに囁く。
「時間がないのに。お前は酷いな。生殺しだ」
「……これで満足しろ」
「無茶を言う」
 レオンティウスは小さく笑うと、咎めるように唇を際を甘く噛んできた。彼の片腕がアメティストスの横髪を掴み、緩く撫でては離す事を繰り返す。しゃらりと音が鳴ったのは彼が付けている装飾の腕輪の音だろうか。目を瞑ったアメティストスに確かめる術はなく、瞼の裏で踊る光がその腕輪なのか、それとも彼の金の髪なのだろうかと推測するのが精々だ。徐々に息が乱れると、それは余計に分からなくなっていく。
 短い逢瀬に想いを込め、そしてまた自分は旅立つ。その繰り返しが例え恋ではなくとも、この兄王がどんな国を作ろうとしているのか確かに見たいと思っていた。この人間臭い愚かな男が、どうやって神に覆われた古い世界を覆すのだろうか、と。






END.
(2011.10.12)

離れない確信が得られれば手放す事も出来るけれど、まだそれは先の事だと甘えている状態で、だから純粋な恋ではないのかもしれないけれど、それでも必要な時間を二人で過ごさなければならない……と言うイメージ。


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