エンドロールを巻き戻す




Leontius×Ametustos
(Another Ending)







 彼を抱く時には愛欲よりも先立って、その表情が移り変わるのを何よりも心待ちにしている。弱みを見せたがらない意地っ張りな青年が、苦しげに歯を食いしばっている状態から不意を打たれたように声を漏らす瞬間が見たくて、自分は幾度も不埒な真似を仕掛けてしまうのかもしれない。
「……アメティストス」
 幾度目かの接吻。微かに開いた口の中に侵入するでもなく、レオンティウスは名を呼んで相手の反応を窺いながら、尖らせた舌先で唇の端をなぶった。虐めるつもりはないのだが、味わうように何度も口付けるだけでは理性を奪いきるほどの刺激は与えられない為、自然とアメティストスは体を強張らせている。
 彼の方から応えてくれる事は滅多にない。絡まない舌の代わりに混ざり合う吐息だけが、もどかしいほど早まっていく。
「エレフ」
「………」
 心の中に踏み込むように幼名で呼ぶが、やはり返事はなかった。大人しく押し倒されているように見えて、未だ陥落しきらない眼は頬をシーツに押し付けたまま逸らされている。
 そうでなくとも、気の荒い狼を抱けるようになるまで過去いくつもの難関があった。一度は敵として剣を交えたのだ、当然だろう。頑なな彼から恨みや憎しみを取り除き、信頼を得る為に行動で示さなければ、自分達は決して交わる事はなかった。徐々に変わりつつあるアルカディアの制度も、そのように彼との協議の結果育まれたものだ。
 だが現在、寝台の上で強情さが封じている彼の声を引き出すのは、他のどんな策謀より頭を使う気さえする。傷を舐めあうように体を重ねたのが始まりだったけれど、今となっては単純に彼が愛しくてならない。出来るだけ悦くしてやりたいし、それを見たい。
「……っ」
 アメティストスの場合、羞恥心が一番の媚薬らしかった。レオンティウスが胸元の小さな尖りを愛撫すると男としての自尊心が揺らぐのか、声にならない吐息が喉から搾り出される。嫌々ながらも感じているようだと安堵し、ちゅ、と胸元に口付けながら挟む込んで、唇と舌で柔く押しつぶしていく。腰がびくりと跳ね、視界の隅で喉仏が小さく動くのが見えた。
 胸、鎖骨、首筋。そしてまた下へ戻る。痕を残したいのは山々なのだが、彼の白い肌に赤を散らすのは何故か痛々しかった。
 返り血を思い出させるからだろうか。口蓋と舌を使って静かに愛でていくのが一番似合うような気がして、レオンティウスは時間をかけて彼の体を甘く熟れさせる。呼吸の為に上下する胸板が次第に早まり、体温が上がっていく事が手に取るように分かった。
 ――女にやるようにしないでくれ、と言われた事がある。
 高潔な彼の事だ。きっと強引に事を進められた方が気が楽なのだろう。丁寧すぎるレオンティウスの愛撫は苦手らしく、いつまで経っても慣れない体はぎこちなかったが、そうして所在無げに眉を寄せた彼を見るのがレオンティウスは好きだった。迷子の彼を助け出す役目が、まさに自分にあるように思える。
「……っ、そこ、止めろ」
 執拗な胸の愛撫にとうとう音を上げ、やや俯いた顔がこちらを睨んだ。頬よりも先に目元が淡く上気するアメティストスの体質が泣いているように見え、時折どきりとさせられる。しかし乱れた髪の合間から覗く表情は未だ反抗的で、どちらかと言うと不機嫌なものだった。
「嫌か?」
「………」
「言ってくれないと分からない」
 そうレオンティウスは笑んだが、意地悪く返事を待つのも無粋に思えた。言葉で追い詰めるのは好きではないし、アメティストスの声は最後まで大事に取っておきたい。撫でるように後ろ髪を掻き乱して頭を寄せながら口付け、返答しないで済むようにしてやる。はふ、と呼吸が唇の狭間で混ざった。
 相手と一番近づいて溶け合う事が出来るのは、勿論この先にある行為の方だ。だが、こうして物を食べたり話したりする器官で触れ合う事の安堵は何物にも代えがたい。母の胸にすがる赤子のよう。時間をかけて和解するしかなかった自分達には、尚更に必要な前戯に思えた。
 唾液に濡れて色づいた突起を今度は摘み上げながら、角度を変えて食むように口を合わせる。アメティストスは眼を瞑りながら時折肩を震わせた。しっとりと汗ばんだ肌が熱く、薄い衣服ごしに絡ませた指や掌にも次第に余裕は消えていく。
 昼間は将軍として猛々しく振舞う彼を、今だけはどこまでも甘やかしてやりたい気持ちもあれば、もっと深い部分まで共に潜り込んでしまいたい気持ちも勿論あった。
 せめぎ合っていた均衡が破られたのは、意外な事にアメティストスから伸ばされた腕がレオンティウスの服を乱暴に剥いだせい。痺れを切らしたのか、見上げる瞳の色が水気を帯びて深さを増していた。
「いい加減、まどろっこしい」
「……嬉しい誘いだね」
 愛しい。呼ばれるまま互いの腰を寄せ合うようにして圧し掛かった。それだけで脆くなるアメティストスの表情を眺めながら、太股から脚の付け根へと手を這わせる。若い彼の雄は触れてもいないのに顕著な反応を示し、緩く揉みしだいてやれば、顔を隠すように抱きついてきた腕が震えを見せた。
「う……」
 ようやく快感を表し始めた吐息が耳元で聞こえ、首にしがみ付いて肩に額を当てながら必死に堪えている気配を横に感じる。もっと潤んだ声が聴きたくて欲望の赴くままに手を動かせば、かえって息を詰めてしまう反応が憎らしい。
 忙しなく呼吸を繰り返し、とうとうレオンティウスの肩口を噛んでアメティストスは吐精した。数秒の時間をかけて背を震わせた彼の腕を解いて、再び寝台に仰向けに横たえさせる。ぐったりとした物憂げな表情が匂い立つほど扇情的に見えた。
「気持ち良かったようだね」
「……聞くな」
「続きをしても?」
 恨めしげに唇を噛んで、問に答えぬままアメティストスは再び顔を背ける。この先に進むには彼にとって最大の辱めらしく、片足を膝の裏に手を這わして抱え上げると、まるで敵に剣でも向けられているように体を堅くしてしまった。無様な姿勢だと恥じているらしい。
 とは言え抵抗は見せない。それが信頼の証のように思えてレオンティウスには喜ばしかった。双丘を掌で包むように揉んでやり緊張を解しながら、就寝前に使う白檀の香油を枕元から引き寄せて、更に奥まった場所へと滴らせる。痛みから徐々に快楽に染まるのも美しいだろうけれど、出来るだけ負担を軽くしてやって、芯から気持ち良くなって欲しい。さっと鼻先を横切った白檀の香りが、レオンティウスの思考を更に行為への甘さに傾かせた。
「力を抜いて……」
 宥めるように入り口を指の腹で撫でると、きゅうと怯えたように引き締まる。とろみを帯びた香油を流し込むような気持ちで割れ目に差し込み、浅い部分を爪で傷つけないように加減しながら指を奥へ沈めた。
「んぅ……っ」
 閉じた瞼をぴくりと震わせ、喉を仰け反らせながらアメティストスは呻く。汗ばんだ体で違和感に耐えている健気さを尊重し、レオンティウスはゆっくりと狭い肉壁を押し広げていった。やがて締め付ける力も程々に弱まって、おずおずと躊躇いながら内部も指を受け入れ始める。吸い付くような肉の感触に、ここに自分を埋めるのかと思うとレオンティウスの血もざわめき始めた。
 泣く顔を、早く見たい。
「レオンティウス」
 不意に、眼を開けてアメティストスは腕を伸ばした。耐えるばかりだった彼が名を呼んでくれたのが嬉しく、耳を澄ます。
「どうした?」
「退いてろ。……自分でする」
 何の気紛れだろう。腕を掴み、アメティストスは弱った感覚を振り切るようにして体を起こした。乱暴にレオンティウスを押し倒して体勢を入れ替え、腰の上に膝を立てて座る。中途半端に服を纏ってはいたが、自分に跨ったアメティストスの肢体が月光で露になった。
「――…っ」
 腹筋を挟む内股がびくりと引きつる。くちゅ、と濡れた音がした。彼が手を背後に回して自らの窪みに指を差し入れたと知り、レオンティウスの方こそ驚いて頬を赤らめる。
「私からは良い眺めなんだが……何の褒美だ?」
「……自惚れるな。お前にやらせると、いつまで時間がかかるか分からないから、な」
 じっくりと解される羞恥に我慢できなかったのだろう。片腕をレオンティウスの腹について半ば俯いたまま吐き捨てると、覚悟を決めたのかアメティストスは腰を浮かせて自らに指を突き入れた。
「っ……ん、ぅ」
 こちらからは手の動きが見えない。だが苦しい息から自慰と言うよりも、ただ後ろを解すだけに専念しているのだと知れた。とことん快楽に逆らって我を通そうとしているが、自分で自分を押し広げるのは酷く辛そうである。
 長い髪を汗ばんだ首筋に張り付けて、歯を食いしばる彼の痴態はこちらが戸惑うほど艶めいていた。脱げきらない腰布が性器を隠しながらも徐々に濡れていく様が、かえって卑猥さを引き立たせていく。
 最初は見惚れていたレオンティウスも、これはもしや謀られているのではないか、と思えてきた。こんな光景を見せられて我慢していろなど、何の拷問だ。
 思わず上体を起こしかけた所を、手を出すなと目ざとく押し留められる。仕方なしに再び横になると、アメティストスはそこで初めて満足げに口の端を上げた。人の悪い、普段通りの笑みだった。
「いいから大人しく待ってろ」
「……お前は酷いな。私から楽しみを奪うなんて」
「お前のは悠長すぎる」
 そうして片手でレオンティウスの性器を握ると、手早く立ち上がらせてしまう。少し待てと止める間もなく自らの窪みに宛がって、眼を伏せると腰を落とし始めた。ん、と声を押し殺しながら中に迎え入れていく。
「っ、ん、ぁ……っ」
「………!」
 レオンティウスも知らずに息を詰め、徐々に包み込む内部の狭さに堪えた。熱い。じくじくと蠢く肉壁の鼓動は、互いの余裕を吹き飛ばすには充分な悦楽を孕んでいた。アメティストスは半ばまで腰を落とした所でもどかしげに背を反らし、刺激が強すぎるのか動かなくなる。
「……辛いの、か?」
「違、う……!」
 とは言うものの、筋肉が萎えてしまったように彼の腕はがくんと折れ曲がった。レオンティウスの上に崩れ落ちてくる体は力ない。胸に頬を押し付けている銀の髪がさらさらと流れ、短く喘ぐ呼吸音が手負いの獣のようだ。
「やはり辛いのだろう?」
「……う、るさ……!」
「無理をするな」
 そのまま軽く腰を揺さぶってやる。角度が変わって奥に入り込んだ為か、ひっ、と喉を鳴らせて彼は拳を握り締めた。胸元にすがり付いてくる様子もレオンティウスの目を喜ばせてくれたのだが、何度かそうしているうちに表情が見えないのが惜しく思えて、脇を抱えて震える上体を起こしてやる。
「――ッぁ、ぁ、あっ!」
 普段よりも格別に甘さを湛えた声が、突然上擦った。どうやら前立腺を掠めたらしい。うろたえたように眼を開いたアメティストスの表情が、急激にレオンティウスまでも高ぶらせた。
 ――そうだ、この顔が見たかった。
 怯えながら花が綻ぶ寸前のような、理性で御せない快楽に出会って戸惑う様子に情欲が募る。そうして彼を歓ばせているのが自分なのだと思うと、支配欲とも違う、切ない陶酔感で胸が一杯になった。
 かつては殺し合いに駆られた者同士でも、やり直す事が出来るのだとレオンティウスに教えてくれたのは、彼だ。次第に打ち解けていくアメティストスとの会談から、自分の中で澱んだまま静かに朽ちていこうとする異母兄との確執も、確かに救われたように思えた。
 ――もう、兄弟で殺しあう業を背負わなくてもいい。
 泣きたくなるような気持ちで微笑して、悦い部分を外さないように気を付けながら腰を掴んで突き上げていく。互いの弱い粘膜が擦れて白濁で潤んでいった。先程までの強情さが嘘のように漏れ出てくる嬌声が、レオンティウスには堪らなく愛しい。
「あぁっ、あ、ぁっ」
 腹の上で長髪が踊る。鋭く寄せられていた眉が徐々に下がり、子供のように頼りなげになる。水晶の紫から淡い赤が溶け出して滲むように、朦朧としたアメティストスの目元が綺麗な暁の色に染まっていた。馬を駆るようなリズムで揺さぶる動きに耐えられないのか、何度支えても半身が崩れてくる。
「ゃ、嫌だ、あ……ぁ、っん!」
「大丈夫……そのままにしておいで」
「ぃ……!」
「絶対に、お前を壊したりはしないから」
 我を忘れて喘ぐアメティストスを宥めながら、更に歓ばせてやりたくてレオンティウスは優しく髪を梳いた。楽な姿勢になるように上体を起こし、座ったまま抱きかかえるようにしてやると、ようやく体を預ける場所を見つけたのか首に腕を回してくる。最後まで顔を見ていたかったから、レオンティウスは覗き込むようにして唇を合わせた。
 ――彼を抱く時には愛欲よりも先立って、その表情が移り変わるのを何よりも心待ちにしている。
 普段は凛々しいアメティストスの強気を剥ぐと、哀しい過去を巻き戻すように、こうした柔い部分が出てくる事がレオンティウスには奇蹟のように思えた。やがて駆け上がる快楽に涙を零す瞬間を見るのが、楽しみでならない。 







END.
(2008.11.17)
和解設定で、更にくっついたらパラレル。


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