雪に火を






 焼けるほど熱かったアナトリアの大地も、冬になると一転し、寒々としたものへ姿を変えた。
 秋の小雨が雪に変わり、風に煽られながら激しく舞い踊る。イーリオンの強風は外敵を寄せ付けない天然の要塞だとは言え、その勢いは住む人々さえも萎縮させた。
 この季節、石積みの作業は遅れがちになる。冷えた石を素手で触ると、皮膚が石に張り付くのではと錯覚するほどだった。体力のない子供たちは炊事場の手伝いに駆り出される事が多くなり、仕事の負担はいくらか軽減されたが、食料を持って何度も倉庫と炊事場を往復しなければならないので疲れは溜まる一方である。
 奴隷たちの居住区にもいくつか火桶が置かれた。しかし数は到底足りず、夜になれば暖を取る為に身を寄せ合って眠るしかない。雪はまばらに降って滅多に積もる事はなかったが、手足をむき出しにした格好でいるのは辛いものがあった。与えられた防寒用の布を巻いて、どうにか寒さをしのぐ。
「じゃーん! 襟巻き。いいだろ?」
 伸ばしていた自分の髪を首に巻いて、オリオンが笑った。
 今晩の寝床を確保し、眠気が訪れるまで戸板にもたれて座っていた最中だった。他の奴隷たちも各々くつろいで雑談に興じている。かちかちと歯を鳴らしながらも口元を緩めたオリオンは、気取った仕草で顎をそらせた。それを見て、わざとエレフは呆れた表情を作る。
「馬鹿。言うほど立派じゃないだろ」
「いやいやいや、結構温かいぜ。お前も伸ばせば?」
 膝を曲げて座り込んだまま、エレフも自分の後ろ髪を触った。秋の初めに一度切り整えたので、まだ首筋を覆うほどで済んでいる。
「あ。でも、髪型を変えたら、家族と会った時に気付かれにくいか?」
 エレフが黙り込んだせいで勘違いをしたのか、罰が悪そうにオリオンが声を潜めた。その様子がいつになく気遣わしげなので、思わず苦笑を返す。
「いや、大丈夫。ミーシャが見間違えるはずない」
 お揃いだった髪型を崩すのが抵抗があっただけだと答えると、オリオンはふっと表情を緩めた。
「ふふ、そっかぁ。いいよなぁ、妹がいるって。俺は爺ちゃんと二人暮しだったから、そういうの羨ましいなぁ」
 双子の存在が珍しいのか、彼は何かとエレフの話を聞きたがった。アルカディアの山野の様子にも興味を引かれたようで、質問には際限がない。
「会ってみたいなぁ、お前の妹。これだけ話を聞いちゃうと、もう他人の気がしなくてさ」
 そうした時、ふと、幼い記憶の中に目の前のオリオンが混じりこんでくる時がある。草花をいじって遊んでいるエレフとミーシャの後ろから、今よりも幼い姿の彼が「何してんのー?」と楽しげに話しかけてくるのだ。まるで生まれた頃からの知り合いのように自然に。摘み取った山葡萄を籠に詰めて、家族へと手土産にと、競争しながら三人一緒に家路へ急ぐ――。
 オリオンもエレフに身の上話をしてくれた。彼は乾いた山岳地で羊を飼いながら暮らしていたそうだ。唯一の肉親である祖父が物知りな人で、オリオンに様々な事を教えてくれたのだという。家畜の育て方、山の天候の読み方、武器の扱い方、人との接し方――。
「今にして思えば、どうしたって爺ちゃんの方が先に死んじゃうからさ、俺が一人になった後でもきちんと暮らしていけるようにしたかったんだろうな」
 そう語る友人の、寒さで鼻の赤くなった横顔を見ていると、育った環境は違っても、こうして彼と肩を寄せ合って言葉を交わしている事への不思議さがエレフの胸の奥でじんわりと広がっていった。二人で取りとめなく雑談していると、外で吹き荒れる寒風さえ一時的に忘れる事ができる。
 しかしある朝、いつまでたっても起きてこないオリオンの寝床を覗き込むと、彼の肩が小刻みに震えている事に気付いた。悪い予感を振り払うように名前を呼ぶ。
「オリオン?」
 返事はない。瞼が強い力で閉じられていると皮膚の皺から見て取る事ができた。体を軽く揺さぶると、眉を寄せた赤い横顔と、こめかみに滲む汗が見える。すぐさま額に手を置いた。
 熱い――。
 遂に彼も体調を崩したのだ。
 恐怖に駆られ、反射的にオリオンの背後を凝視する。冬になってからは体の弱った者が亡くなる事が増えていたが、まさかオリオンまで病の毒牙にかかったのだろうか。
(……何もいない)
 ほっと胸を撫で下ろす。
 死の影がついていない。ならばオリオンは助かるのだ。どうにか、助けられるのだ。
 ひとまず火桶を引き寄せ、余り物の毛布を集めて身体を包んでやる。エレフとミーシャが風邪を引いた時、母は口をすっぱくして暖かくして大人しく寝ていなさいと言いつけた。身体に力をつける為だと、すり潰した薬草を匙ですくって舐めさせてくれた事もある。
(……熱冷ましなら作れるかな)
 水壷に布切れを浸し、どのくらいが適度なのだろうかと悩みながら慎重に絞り上げる。濡れた布を額に置くと、オリオンは顔をしかめたが、すぐにまた深く寝入ってしまった。意識が戻る素振りもない。さすがに不安になった。
 助かるとは言え、これほどの高熱が自然と治るものなのだろうか。治るにしてもどれだけの時間がかかるのだろう。
 楽にしてやる方法はないだろうかと考えて、ふと脳裏に浮かぶものがあった。
 神官たちが儀式で使う、陶酔の香。意識を朦朧とさせるだけではなく、病人には痛み止めにもなると聞いたが――。
(だからって、あれに頼るなんて)
 湧き上がる不快感に、喉の奥が苦くなる。
 冬になったせいなのか、あの忌々しい儀式を神官たちが執り行う事は減っていた。エレフとオリオンも上手く姿をくらます事を覚えたので、最近は神殿にさえ近付いていない。都から逃げ出す準備として、監視の役人がどのように配置されているのか徐々に調べ始めていたが、神殿に関しては遠目で窺うだけに留めていた。
 けれども汗ばんだオリオンの手が、ぎゅっと木彫りのペンダントを握り締めているのを見ると、その苦さも薄れていった。祖父から貰ったのだという形見のペンダント。一度失くしたそれをエレフが探し出したが、その際に変態神官に目を付けられたのだ。ひどい目にあったのは確かだが、熱に浮かされて無意識にペンダントを握り締めているオリオンの姿を見ていると、また別の思いも湧いてくる。
 彼には世話になっている。気休めでも力になってやりたかった。
(……今度こそヘマはしない)
 エレフは腹を括ると、防寒用に羽織っていた布を頭上まで引き上げた。
 この髪色は目立ちすぎる。神官に見付かって時間を取られるのはごめんだ。布の端と端を結んで即席の頭巾を作り、髪を覆い隠す。エレフはもう一度オリオンの体を毛布で包み直し、起きる様子がない事を確かめると、忍び足で戸外へと出た。
 まだ早朝、人のいない時刻である。ぼんやりと白み始めた空には朝の気配が漏れ出ていたが、居住区にはどんよりと闇が張り付いていた。夜のうちに雪が降ったのだろう。枯れ草の上に薄く積もった雪がぼんやりと光り、地面も青みを帯びている。エレフはうつむきながら、さくさくと地面を踏みしめて、居住区の間をすり抜けた。
 冷たく澄んだ空気。白黒の風景。雪をまとった平原には、侘びた孤高の美しさがあった。
(……今朝だけで何人が死んだんだろう)
 憤りを感じながら道を急いだ。通り過ぎる際、ざわざわと人の起きている気配を感じる建物もある。炊事関係の人々だろう。朝食を用意しているのだ。
 エレフの胸に微かな不安が忍び寄ってくる。もし神殿に誰かいたら、怪しまれずに上手く立ち回れるだろうか。
 しかし天が味方してくれたのか、神殿の入口に設置してある燭台には火が灯っておらず、全くと言っていいほど人の気配が感じられなかった。無人の建物独特の冷え冷えとした静寂に包まれている。心の中で「よし」と喝采をし、エレフは室内に忍び込んだ。
 手探りで壁伝いに歩く。誰もいないと分かっても、足取りは自然と慎重になった。あの忌々しい儀式の道具がどこにしまってあるのか分からなかったが、広間の手前にある小部屋に入り込むと、木製の低い棚が置いてある事に気付き、ゆっくりと陳列されてあるものを物色する。
 捧げものに使う、何種類もの皿や杯、花瓶。そして人目を避けるように一番端に置かれているものこそ、エレフの探し求めていた香炉だった。鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、確かに覚えのある香りがする。
(……今回ばかりは感謝しないといけないな)
 嫌な記憶を振り払いながら、香炉ごと衣服の下に隠す。それから棚に並んでいる他の物の場所を少しずつ移動させ、一見して物が盗られたとは気付かれないように細工した。香炉はオリオンの体調が戻ったら返しにくればいい。冬になってからは祭儀が行われていないようだから誰かに気付かれる心配もないだろう。
 不自然に膨らんだ衣服を手で押さえながら、そっと神殿を後にした。盗みの現場から逃れた事で緊張も和らいでいく。
 良かった。やり遂げた。自分だって奴らを出し抜いて、友人の力になる事もできるのだ。寝床に帰ったら他の奴隷たちに気付かれぬよう、部屋の隅で香炉を焚いて、ああ、そうだ、何か目隠しになる覆いを布で作ってしまえば――。
 しかし神殿から離れて次の建物に差し掛かったところで、交差路の向こうから、こちらに向かってくる足音を聞きつけた。まさか神殿の連中だろうか。慌てて左右を見回すが、身を隠せるような場所がない。
(仕方ない、誤魔化そう)
 エレフは咄嗟に地面に平伏した。どうしてこんなところにいるのかと詰問されたら、炊事場の手伝いに行くところだったのだと言い訳するしかない。今はただ身分の高い者に対して敬意を払ったのだと、そう取り繕って頭を下げるくらいしか思いつかなかった。
 足音は角を折れ、更にこちらへと近づいてきていた。人数はひとり。音の重い響きからして成人男性。エレフは被っていた頭巾の隙間から、ちらりと向こうの様子を盗み見る。
(多分ここの役人じゃないな……)
 相手の脛から下しか見えないが、毛皮の衣を纏っているのが見えた。いかにも自由市民、しかも位の高い人間の身なりだと分かる。装飾具を身に着けているのか、足音と共にじゃらりと軽い金属音が鳴った。
「お前はここの奴隷か?」
 若々しい声に青年なのだという事が分かる。本当に声を掛けられるとは。エレフは動揺しながら背筋を強張らせ、更に深く頭を下げた。
「跪かなくてもいい。この雪では寒いだろう。聞きたい事がある。この城壁は、いつ頃から作られているのだ?」
 青年は言ったが、エレフは頑なに俯いたまま顔を上げなかった。じっと地面を見つめたままバルバロイのふうを装う。実際、ここには様々な地域から連れてこられた奴隷がいる為にこうした事も少なくないのだ。早くオリオンのところに戻らなくてはならないのに、厄介な客に捕まって時間をとられては堪らない。
 エレフが黙っている為、青年は幾つかの違う言語を口にしたが、さっぱり反応しないのに業を煮やしたのか、ふっと溜息を吐いた。
「参ったな……通じないか」
 その言葉を聞いて反射的に息を飲む。呟かれたのは懐かしいアルカディアの方言だったのだ。
(アルカディア人か?)
 とは言え、同郷の人間だからといって気を許す事もできない。家に押し入り、エレフと妹を奴隷商に引き渡したのも同じアルカディア人だったのだ。ぐっと奥歯を噛み締める。
 反応を押し留めた為、青年もこちらがアルカディア人だったとは気付かなかったようだ。結局、異民族の子供だと思ったのだろう。いつまでも自分がここにいたら冷たい地面に跪いたままにさせてしまうと気付いたのか「もう行きなさい」とだけ言って、エレフの脇を通り過ぎた。
 足音が遠ざかる。地面を見つめたまま、エレフは耳をそばだてて足音の行方を追った。建築途中の城壁を眺めているのか、それは石積み場の方へと向かっている。毛皮の衣が擦れる音と、装飾具が奏でる鈍い金属音が遠ざかっていく。
 エレフは何度も、まだ動くな、と自らに言い聞かせた。
 神殿から香炉を盗った事を悟られてはいけない。顔を覚えられて、後々追求される危険もある。相手が完全に視界から消えるまで、このままじっとしているつもりだった。衣服の下に隠した香炉が地面に転がり出さないよう、膝を使って抑え込む。
 すると、また別の人間が交差路の右手からやってきた。伏せているので腰から下しか見えないが、きびきびとした足取りから若い男だと分かる。
「こちらにいらっしゃいましたか」
「……ああ、レグルスか」
 青年の声が応じた。レグルスと呼ばれた男は平伏しているエレフを見つけたのか速度を緩めたが、静かに脇を通り過ぎると、やはり城壁に沿って歩いていく。さくさくと枯れ草を踏む音が続いた。
「あまりふらふら歩き回らないで下さい。友好国とは言っても、いつ何が起こるか分からないんですから」
「他の誰かに知られてしまったか?」
「いえ、それはまだ。そうそう、正式な会談は明日の昼との通達が来ましたよ。ですから、それまでは不用意に出歩かぬよう」
「分かった。しかし明日の昼とは随分と悠長だな。……いや、単に私が甘く見られただけか。季節外れの船でやってきたのは確かだから、あまり強くは出られないな」
 二人はエレフに言葉が通じないと思っている為か、ごく普通の音量で会話している。ひっそりとした緊張感はあったが、ごく親しい者達が交わす打ち解けた空気が漂っていた。
 それらはやはり母国の言葉で、風に吹かれて届く彼らの声が耳に触れると、ぼうっと頭の奥で暖かな火が灯ったようになった。故郷の緑が脳裏に甦る。梢の向こうに覗く我が家、炉辺に集う父と母、内緒話をする妹の柔らかい声――。
「レグルス。お前はバルバロイの言葉を使えたか?」
「バルバロイの? まあ、北方のものなら多少は」
「もう寝床に帰れと、その子に言ってやってくれ。……いつまでもあのままでは凍えてしまう」
 急に自分の事が話題にのぼったと分かり、エレフは物思いから覚めた。そして彼に情けを掛けられた事への、形容しがたい想いが、湯のように熱く沸き起こった。
(本当はアルカディア人だと打ち明けて、泣きつけば、連れて行ってもらえるだろうか)
 子供らしい率直さで、涙を流して身の不幸を叫んだのなら、彼らは哀れがってエレフを買い取ってくれるかもしれない。泣き虫の、ただの子供に戻れたら。それを許すような空気が彼らには漂っていた。その大らかさは傲慢とも感じられたが、少なくともこの時、張り詰めていたエレフの心に、一時の甘い幻想を引き起こしたのは確かだった。
 けれど、オリオンはどうなる?
 彼はアルカディア人ではない。アナトリアの山岳地帯から連れてこられた身寄りのいない奴隷だ。今も高熱でうなされている。彼にまで情けをかけてくれるだろうか。
(……あいつを置いてはいけない)
 友人を裏切るくらいならば、いつまでも冷たい地面に跪いている方がましだ。エレフは唇を引き結び、言葉が分からないふりをして、ひたすらに地面を見つめていた。
 何度か男たちに異国語で呼びかけられる。決意が揺らぎ、泣き虫に戻ってしまうのではないかという不安からなのか、時間はのろのろと遅く過ぎていった。呼びかけられる一言一言が、まるで雷のように大きく響く。やがてエレフは頃合いを見て立ち上がり、さも初めて言葉が分かったような素振りで一礼すると、踵を返して駆け出した。

 ――あるいはこの時、エレフが頭巾を被っていなかったのなら、その特徴的な色合いから、かつて森で出会った事のある子供だと、レオンティウスが思い出していたかもしれない。
 あるいはこの時、この場に立ち会っていた従者がレグルスではなく、エレフの養い親に瓜二つのカストルであったなら、エレフもまた、迷う事なく声を上げて真実を尋ねただろう。
 近付きあった運命の糸は絡まる事なく離れていき、何も知らずに駆け抜けていく少年の背を、イーリオンの風が強く押していった。

 帰り道は他にも障害があった。起き出した人間が多くなり、歩ける道が大幅に制限された為である。先程の事で学習をしたエレフは慎重になり、できる限り他人と遭遇しないよう、物陰から物陰をつたって移動していかなければならなかった。
(……どうにかやり遂げた)
 寝床に辿り着いた頃には緊張でうっすらと汗をかいている始末である。走らないように心を抑える必要は、もうない。
 エレフは頭巾を引き下ろして大きく安堵の息を吐くと、かじかむ手で衣服の下から香炉を取り出した。ずっと腹の下にあった為か人肌で暖かくなっている。大多数の奴隷たちが朝食をとりに出払っているようで、あまり人目を気にせずに作業ができるのは幸いだった。
「……エレフ?」
 物音に気付いたのかオリオンが目を覚ました。熱で目が乾いているのだろう。何度も瞬きをしながら不思議そうにエレフを見る。
「あれ、オレ、寝てたっけ……?」
「まだ寝てろよ。熱があるんだよ、お前」
「嘘ぉ〜…」
 オリオンは間延びした声で自分の額に触れ、熱ィ!と騒ぎ始めた。じっとしてろと注意しながらも、相変わらず口先だけは元気な友人の姿を見て、胸のこわばりが溶けていくのを感じる。
 香炉の蓋を開けて火を灯すと、ゆらりと煙が細くたなびいた。あまり広がるとまずいので、布を使って覆いを作る。
「嫌な予感がするんだけど……エレフ、何か変な事してきたり、して、ないよな……?」
 香炉を見たオリオンが渋い顔をした。場合によっては説教も辞さない、という顔だ。
「してないよ」
 素っ気なく応じ、手元の作業に集中した。火元に近いせいか徐々に指先も温まってくる。白々しく手を動かしているエレフをオリオンは疑わしげに眺めていたが、やがて薬が効いたのか、あるいは単純に瞼が重くなったのか、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた。
 無力な自分に虚しさが募る。香炉は苦痛から遠ざける為のものだ。治療の為の薬ではない。こんな看病しかできないのがもどかしかった。
「ほら、自前の襟巻きなんだろ。使えよ」
 完全に寝入ってしまう前に暖を取れるようにしてやろうと、エレフはオリオンの髪に触れた。毛布との隙間を埋める要領で、尻尾のように長い髪を顎の下へと持っていく。むずがゆいのかオリオンは一瞬だけ顔をしかめたが、やがてほうっと息を吐いた。
「髪を伸ばす理由、本当は、もうひとつあってさ……」
 ぼんやりとオリオンが言った。
「弓の弦にするつもりだったんだ。木の棒はそこらへんに落ちてるから……そこに、髪を張れば、即席でも弓が作れるだろ。頼りないけど、そしたら武器になるし、さぁ……」
 ふっと瞳が遠くなり、彼が夢の中に落ちていったのを知る。その姿を見下ろして、エレフは鼻の奥がつんと痛むのを感じた。
(……あの時、泣き虫に戻らなくて良かった)
 大丈夫。これくらいで全てを投げ出したりはしない。
 ひとまず自分も朝食にいかなくては。ちゃんと食べて、力をつけて、いつか来る脱出の日に備えなければ。そう、後で起き出してくるオリオンの為の食べ物も調達してこないといけない。
 エレフは立ち上がると小部屋から外に出た。肌を刺す冬の寒さに挑むように、肩口で三つ編みが跳ねる。まるで隣で妹が、がんばってと肩を叩いてくれているような気がした。




END.
(2015.06.14)
一年前に途中まで書いたまま放置していたもの。アナトリアには雪も降ると聞いて。

エレフとオリオンの友情はロマン。イーリオンに視察しに来たレオンとばったり出会うのもロマン。お互いに擦れ違うのもロマン。



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