這いずる地に草はなく.3










 軍が帰還したアルカディア王宮。
「戦場での活躍を聞きましたよ。よくやりましたね、スコルピオス。それでこそ私の息子……」
 初陣から帰った我が子をねぎらいたかったのだろう。勝利を祝う宴の席で、珍しく離宮から出た母シャウラがそう言った。
「案ずる事はありません。お前は正統の血を引いているのです。やがて周りも認めるでしょう。他の男を持った売女の息子などに劣るはずがない……きっと、きっと、お前が正しいのだから」
 恍惚と念じるシャウラの目は狂女の証だ。広間に焚かれた篝火を赤々と反射しながら一心に自分を見つめる面立ちに、スコルピオスも笑みを返す。
「ええ、そうですね。有難うございます、母上」
「お前の活躍が私の生きる喜びです。ああ、大きな怪我をしなくて良かった……今度はもっと頑丈な、お前に相応しい剣を作りましょうね?」
 次の戦さが楽しみだと微笑む母をたしなめる気にもならない。誇らしげに頬を撫でる彼女の向こう、様々な貴族達が集まって賑わう正室席が見えていた。次々と注がれていく杯を飲み干しながらスコルピオスは目を転じる。
 楽隊が奏でる音楽の中、デミトリウスとイサドラ、そしてレオンティウス親子の姿があった。周りを臣下や貴族達に囲まれて、さも楽しげに談笑している。
 愛されなくともいいと決めた瞬間から、驚くほどの冷ややかさで彼らを眺める事が出来た。元からあの空間に自分が入る意味などない。
 すると視線を感じたのかレオンティウスがこちらを向いた。ちょうど大人たちの歓談が始まり暇をしていたのだろう。少し首を傾げて目を瞬かせると、席から飛び降りて近づいてくる。シャウラは汚らわしい物でも見るようにして、気分が悪くなったと離宮へ戻っていった。
「おめでとうございます、あにうえ」
 入れ違いに異母弟が駆けてくる。
「おつよかったとポリュデウケスからききました。いかがでしたか?」
 不思議なものだ。遠征は大変だったかと聞くはにかんだ瞳は尊敬の念で輝いている。何故こいつは単に兄だと言うだけで、無条件に自分を慕うのだろう。何故、この刺さるような敵意を感じないのだろう。
 スコルピオスは腕を伸ばし、驚くほど細い子供の首を掴んだ。簡単に折れてしまう柔い厚みを、指先で試すように締め上げる。びっくりしたように目を丸くさせる弟の顔が徐々に歪んだ。
 酒が回って場が盛り上がっているのか、庶子の王子が何をしているのかなど広間の誰も気付かない。はくはくと酸素を求めて唇を動かすレオンティウスの口元を、じっと見下ろした。
 ――何だ。簡単だ。
 呆気ないくらいに躊躇いなく、自分は彼を殺せるだろう。
「お止め下さい!」 事態に気付いて二人の間に入って止めたのはカストルだった。信じられないと言う気持ちと、やはり来るべき時が来たのかと言う気持ちが表情の中に読み取れる。兄弟で立ち話でもしている最中だったのか、後を追ってポリュデウケスも顔色を変えているのが見えた。
「……冗談だ。大事な第一王子を殺しはしない」
 大人しく手を離せば弟が足元にへたり込み、げほげほと喉を庇いながら咳き込んだ。あにうえ、と呼んだ声は哀れなほど困惑で揺れていたが、宥めてやる気はなかった。それほど本気で力を込めた訳ではない。構わずに席を立ち上がると、ポリュデウケスが肩を掴んだ。
「スコルピオス殿下。いくら酒の席とは言え、お戯れが過ぎますぞ。レオンティウス様に謝って――」
「俺はお前と違うからな」
 台詞を遮って冷笑する。
「弟を、不当だと思ったのだ」
 レオンティウスを認めるという事は、この不条理な自分の立場を諦めてしまう事と同じだ。罪もない笑顔に絆されはしない。悪びれずに放った言葉の響きに、ようやく活路を見出したと感じた。自分を認めぬ王を、父と呼ぶ事も今後ないだろう。
 デミトリウス――確かに強王かもしれない。勇者かもしれない。しかし、奴は決して自分が慕う父には成り得ないのだ。
 止める手を振り切って広間に出るスコルピオスの上に、赤く歪んだ月が高々と昇っている。王家の都合で産み出され、そして使い捨てられるだけの運命など、気高い本能の為に認める事が出来なかった。
 彼が世界を呪う前に、世界が彼を厭っている。
 ならば、どこまでも呪うまでだった。








END.
(2008.11.12)

我が家のアルカディア王家設定です。スコピーの母上の名前は蠍座にある、『毒針』と言う意味の星から拝借しました。


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