12










 アルカディア王都に到着すると、イサドラは着飾られ、二頭の馬が引く車で王宮へと向かう事になった。凱旋行列を行う為である。
 海の国から来た象徴に真珠と珊瑚を組み合わせた髪飾りを嵌め、白地に蒼の紗が入った服を着た。乗り物は御輿ではなく木製の荷台に車輪を付けた馬車で、案内されると、そこには久方ぶりに見るアルカディア王がいる。
「隣に」
 短い指示だった。彼もまた凱旋の衣装に着替えている。儀礼的に片手を差し出したデミトリウスの腕には金の腕輪が嵌っていた。
(……この手が、旦那様を殺めたのだわ)
 顔を伏せたイサドラはじっと腕輪を見つめたまま、覚悟を決めて相手の手を取る。冷たいとばかり思い込んでいた掌は意外に暖かく、車上に引き上げる仕草も乱暴ではなかった。しかし視線を合わせる気にはならず、イサドラはじっと金の腕輪ばかり見つめる。彼の横で、遂に自分は見世物になるのだ。
 デミトリウスは常と変わらない態度だったが口数が少なく、イサドラが備え付けの手摺りに掴まったのを確認した後、「上に気をつけろ」と言ったきりである。上とは何だろうと疑問に思ったが、尋ねる前に馬が歩き出し、ぞろぞろと騎馬を従えて、目抜き通りへ続く行列が始まった。
 数ヶ月ぶりの王の帰還、そして勝利の証にアカイアの真珠が並ぶとなれば、迎える人々の歓喜はより一層のものとなる。沿道には人が詰めかけ、あるいは窓から身を乗り出して歓声を上げていた。
 はらはらと投げかけられるのは紙吹雪ではなく、色とりどりの花弁だった。驚いて周囲に目を遣ると、籠一杯に花を詰めた売り子があちこちにいるのが見える。それは豪奢な衣装や道中で見た緑の山々よりも、一層この国の豊かさをイサドラに実感させる光景だった。アルカディアとは無造作にちぎって放れるほど、花が咲き乱れる国なのだ。
「下ばかり見るな。上にも気をつけろと言ったろう」
 左右に手を振るついでに、デミトリウスがイサドラの髪についた花を摘み上げた。
「どこの世界にもそそっかしい奴はいる。花弁だけではなく、時々ごっそり束ごと投げてくる奴がいるんだ。おそらく慌てて買ってきたんだろう。祝ってくれる気持ちは分かるが、顔に当たると格好がつかない。それとなく避けろ」
 忠告の内容が妙に間が抜けている驚きよりも、突然の接触に戸惑う方が強かった。編みこまれた髪の根元に指先が触れる。反射的に身をすくめさせると、デミトリウスは少しばかり口元を歪めさせた。
「この馬鹿騒ぎを楽しめとは言わん。だが、お前を国に迎えて喜んでいる人間達の前だ。あまり嫌な顔を見せてやるなよ」
「……敗戦国から女を奪ってきたのが、そんなに嬉しい事なのですか」
 知らず、棘のある声になる。デミトリウスは摘み上げた花弁を足元に落とし、顎をしゃくって周囲を示した。
「お前の公式な立場は今は捕虜ではなく、賓客と言う事になっている。見てみろ、どいつもこいつも子供みたいに浮かれているだろう。敗戦国どうこうではなく、名高いアカイアの真珠を迎え入れたのが嬉しいのさ。美しいものが好きだからな、俺の民は」
 それは手の掛かる子供に呆れつつも慈しむような口調だった。イサドラは何と答えればいいのか咄嗟に分からなくなり、風に流されるまま首を巡らせる。
 自分はアルカディアの勝利の証であり、同時に故国の負けを現す見世物のはずだった。しかし確かに周囲から投げかけられる色とりどりの花弁や熱烈な歓声からは、よどんだ感情は見出せない。
 歓迎されている――。
 そう思うと視界が開け、一面の色が飛び込んできた。
 広がる空、舞い散る花、ほんのりと桃色を内に秘めた花崗岩の建物。人々の笑い声、行列と共に走る子供達、窓から覗く老人、街路を巡る木々と鳥。
 ざわりと胸のうちが熱く震えた。こんなふうに華やかに迎え入れられると、どんな顔をしていいのか分からない。好奇の視線に晒されるばかりだと思っていた。蔑みの声を聞くのだとばかり思っていた。そしてデミトリウスに至っては奪い取った宝を傲慢に自慢するふうでもなく、ただ投げられる花束に気をつけろと、妙に人間くさい忠告をしてくる。
 変な国、とイサドラは思った。それとも自分の知らない間に、アルカディアとアカイアの関係は穏やかなものになったのだろうか。人目を避けるようにして暮らしていたせいで外の動きを知らずにいたし、アカイアの残党が暗躍していると聞いて、未だ戦時中なのだとばかり思っていたが――。
 行列はやがて王宮の敷地内へと入る。笛と太鼓の音が聞こえるようになると、目に見えてデミトリウスの機嫌が良くなり、そわそわと落ち着かなくなった。後続の騎馬やデルフィナを含む従者達が追いついて広場に集まると、彼は帰還の儀式として牛を一頭屠り、肉を民衆に振る舞う。
 イサドラは与えられた椅子に座り、目の前で展開される風景を全く新しいものとして感じ取っていた。それは好意と呼べるほど輝かしい感情ではなかったが、親しみと呼べる程度には和らいだものに変わっていた。
 全てが終わって椅子から下りる段になると、再びデミトリウスが手を差し伸べてくる。まだ胸の熱さが消えないせいか、今度は無理に腕輪を見つめずとも済んだ。視線を合わせると、デミトリウスはこちらを推し量るように目を細め、微かに笑ったように見えた。





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