これも忠誠の一例












 シリウスは顔が広い。異国語に堪能で、奴隷時代から船に乗って様々な商売に関わってきたせいもあるだろうが、世話好きな彼の性格も広すぎる交友関係の要因になっている。
 アメティストスと共に部隊を率いて活躍するようになってからも、道を歩けば兵の男達のみならず、村の子供や老人にまで気安く声を掛けられるのは、喧嘩が起きればひょっこり顔を出して仲裁をしてやり、男手のない家の屋根が雨漏りしたと聞けば親切に大工の手配をしてやる等、あれこれ人の世話を焼きたがる彼の気質による所が大きい。年頃の娘達の人気はアメティストスが独占している節があるが、老人や子供、あるいは人妻などの人気ならば彼にも分があったかもしれない。
 だからその日、広場で車座になって何か作業している子供達に声を掛けられたのも、シリウスにとっては至って普通の光景であった。
「シリウス!」
 軍の重臣である彼を友達感覚で呼び止める子供も子供だが、兄貴面をしてあっさり「どれどれ」と足を止めるシリウスもシリウスである。荷箱を積んだロバが三頭ほど暇そうに地面の匂いを嗅いでいるのを横目に、彼は小さな村人の招きを受け入れたのだった。
「おお、こりゃ凄い」
 座り込んだ子供達の頭上を覗き込んだシリウスは、やはり武人には似合わない気さくな声で感嘆する。車座になった輪の中心、敷いたゴザの上にごろごろと転がっているのは季節を迎えた果物の山だった。
「随分と派手にもいできたなぁ」
「うん、あのね、さっき採ってきたんだ」
「シリウスにもあげる。取り前だよ」
 奴隷部隊の隠れ里の近くにはそれなりの大きさの果樹園があって、季節になると村の子供達が総出で手伝いに行く事になっていた。金は貰えないが、代わりに収穫した物を幾らか分けて貰えるようシリウスが交渉していたのである。その成果を報告できて嬉しいのか、子供達は誉めて貰おうと先を争うようにして話し始めた。
 大人の背では低い果樹を摘む際に中腰になって辛いので、かえって彼らのような子供の方が作業に適していたのだろう。荷箱は果物で一杯になっていた。今は種類ごとに選り分ける作業していたのか、余分な枝葉を取り落とし、ゴザの上で綺麗に仕分けされている。
「これから訓練なんでしょ?腹ごしらえして行っても悪くないと思うな」
 シリウスの背中を見て育っているせいか、彼の弟分であるマルコスもまた目端の利く少年だった。選別した物の中でも良く熟れた実を差し出してくれる。まさに今が食べ頃、これ以上の時間が経つと腐ってしまうような熟れっぷりで、なかなか的確な贈り物だった。
「じゃ、ありがたく貰おうかな――」
「こんな所で道草か、シリウス」
 受け取った果物の皮を剥こうと手を掛けた所で、背後から声を掛けられる。綿菓子のような長い銀髪を見間違える人間はこの村にいない。
 声の主はアメティストスだった。ちょうど訓練指導に向かう所だったのか、広場を突っ切って裏手の運動場に続く道で足を止めている。彼の眉間には僅かに皺が寄っていたが、それは不機嫌の証ではなく単にシリウスの姿を見極める為に目を細めているだけのようで、口調に咎めるような色はない。
 アメティストス様だ、と思いがけない英雄の登場に子供達はどよめいた。何かと親しみやすいシリウスと違って、彼らがアメティストスと面と向かう機会は滅多にない。大人ならば普段の訓練や酒の席で彼と接する機会は多々あるのだが、成人も迎えていない子供達にしてみれば、アメティストスは変わる事なく憧れの存在なのである。マルコスを始めとする少年達は目を輝かせ、早熟な女の子は一人前に頬を赤らめていた。
 シリウスはそんな反応が微笑ましく、せっかくだからと気を回して、ちょいちょいとアメティストスを手招いた。彼は怪訝そうな顔をしたものの、急ぐほど時間は差し迫っていないと判断したのだろう。シリウスの道楽に付き合う気になったのか大人しく側に寄って、ゆるりと首を傾げてみせた。
「何をしている?」
「こいつらが採ってきたんですよ。ほら、例の果樹園で」
「……ああ。お前が手回しした」
 アメティストスは広げられた果物の小山を一通り眺めた。癖なのか、紫の眼は対象を一度捕らえると暫く動かなくなる。何か見極めようとしているようにも見えるし、単にあちこちへ視線を動かす事が億劫なのかもしないが、じっと果物を見つめる視線に子供達の緊張は一層増したようだった。自分達の成果がどう思われるか不安なのか、そわそわと居心地が悪そうに足を組み直したりしている。
「ふうん……美味そうだな」
 だからこそ、アメティストスの素っ気ない感嘆も格別に響いたのだろう。子供達の表情がぱっと明るくなった。その様子にも気付かないのかアメティストスは尚も果物を生真面目な顔で見つめている。
 シリウスは普段なかなか見る事のない両者の組み合わせが尚更微笑ましく思えて、「こいつらのご相伴に預かりましょうよ、大将」と誘った。
「訓練前の腹ごしらえに。だろ、マルコス?」
「……そ、そうです!アメティストス様もどうぞ!」
 シリウスが目配せすると、逃してはならないとばかりにマルコスは慌しく新しい実を選び出す。ずいっと勢いよく差し出された果物を前にアメティストスは気圧されたように首を反らせたが、特に断る理由も見当たらなかったのか、受け取ろうと右手を上げた。
「わっ――と。どうしたんですか、これ?」
 シリウスが慌ててその手を止める。ぱしりと掴んだアメティストスの手は、どう言う訳か砂埃で汚れていた。そのまま物を食べるのは遠慮して貰いたい程に、である。アメティストスは突然手首を掴まれて不快そうな表情を一瞬浮かべたが、緩慢にシリウスを見返して「馬だ」と答えた。
「馬?」
「ああ。手入れに」
 どうもこの人、最近すっかり馬にお熱らしい。厩舎にも頻繁に出入りしているようで、今日は今日とて騎馬の練習はないと言うのにせっせと愛馬の世話をしてきたようだ。どうせ訓練で汚れるからと、そのままの格好でやって来たのだろう。
「しょうがないなー…」
 何にせよ、こんな汚れた手で食べ物を触らせる訳にはいかない。腹を壊されたら困る。仕方なくシリウスは皮を剥き終えていた自分の果物を小分けに裂いて、彼の眼前に持ち上げた。
「ほら、口開けて下さい」
 そう促す。アメティストスはやや鼻白んだ表情を浮かべたものの、反論するのも面倒だったのか頓着なく口を開けてくれたので、その中にぽいっと果肉を放り込んだ。
「甘いな」
 もぐもぐと咀嚼しながら彼が感想を漏らし、「そりゃ良かった」とシリウスが適当な相槌を打ちながら前へ向き直ると、一様に妙な顔をした子供達と目が合った。遅ればせながら「あ、まずかったかな」と思う。
 どう好意的に解釈しても今のは威厳ある大人のやり取りとは言えない。アメティストスだっていい大人なんだから、わざわざあそこまでやらずとも良かったのだ。呆れられても仕方ない。
 子供達は黙って仲間内で目配せし合っていたが、やがて視線のキャッチボールを最後に受け取り、代表を預かったマルコスが躊躇いがちに切り出した。
「二人って仲、いい……よね」
「まあ……俺達が仲悪きゃ部隊がやってけないだろ」
「そ、そっか」
 マルコス少年は疑問の残る顔をしたものの、育ちがいいのか、あるいは兄貴分の顔を立てようと思ったのか、それ以上の追求をしなかった。
 だがシリウスにも彼が言いたい事は察せられたので、白々しく苦笑するしかない。さっきの一連の事だって、見ようによっては雛に餌を与える母鳥のように見えたろうな、と分かっている。
 要するに――俺は甘やかしすぎているんだろう、ご主人様を。
 子供達の英雄像を壊してしまったかと、シリウスは少し反省した。どうも自分は現在この人の猟犬と言うより介助犬に近い位置におり、アメティストスが大人しく享受してくれるせいもあってか、ついつい過保護になってしまっている。いずれ態度を改めるべきかもしれないが、どうも生活に無頓着な主人を見ていると……こう、むずむずするのだ。
「シリウス、お母さんみたいね」
 ぽそっと女の子が呟いた言葉が嫌に的確で、シリウスは「しぃっ」と人差し指を立てた。幸運にもアメティストスは汚れた指先を服の裾で拭いながら果物を咀嚼し続けていたので気付いてはいないようだったが、ともあれ彼の近寄りがたいイメージは払拭されたようで、子供達は他にも食べて貰おうと新しい果物を剥き始めている。その平和な光景に「まぁ、これはこれで結果オーライか」とシリウスも胸を撫で下ろし、先程の反省はひとまず棚上げして、再びせっせと皮を剥き始めるのだった。

 ――これがオルフが来るまで誰も突っ込まなかったと言う、目に余るシリウスの嫁っぷりである。






END.
(2010.01.27)

世話好きワンコと、何かそれが当たり前になってきた閣下の話。本人達は気にしてないけど、さすがに誰か突っ込んでやった方が。


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