140字お題





【春:奴隷部隊】
「これで何匹目ですか、生まれた子馬は」これも物資調達の一環なのかと怪訝な声。「そうそう、二年もすれば立派な軍馬になるさ。ほら、畑の種蒔きも残ってるぞ」「……狼の住処にしてはのどかな事だ」剣を持つ手が田畑の泥で彩られたのは、この季節ばかり。


【心:レオンティウス】
国を負い、神に成り代わったのはいつからか。弔う屍を乗り越えて、馬上から臣下に労いの声を向ければ、夕陽が瞼を灼いていく。本物の獣であったなら丸まって眠ってしまいたかった。雷槍を握る、掌に残る微かな痺れだけが、かつて人の仔であった己の名残のように思えた。


【朝:征服者達】
いい加減なお前がよく寝過ごさないものだと人に問われれば、なに、慌ただしく起きてくる船員達の様子が楽しみなのだと笑う。船上において点鐘を鳴らすのは、航海士の役割だった。朝を告げる鐘を鳴らすのは、本来、彼のはずだった。夜の魔法を解くのは。


【空:シェイマス】
視界の端の端まで、雲が流れる真下、その全てが自由な土地だった。まだ誰のものでもない荒野。自分のものでもない平原。開拓民として土に鍬を入れ、静かに暮らせば良かったのか――役立たずの片足が鈍く痛み、青々とした風が孤独を深めた。


【空:シェイディア】
できない理由ばかり並べ立てていた頃、気にしちゃ駄目よ、案山子だって足一本で鳥を追い払うのよ、と彼女は言った。「空も大地もこんなに広いんだし、どこかに貴方の足の使い道だってあるわ。少なくとも私の虫除けにはなるでしょ?」彼女はそう言って腕を絡めた。


【家:盗賊s】
盗賊業など、宿から宿の渡り鴉で。「居心地が良くなるように何かルールを決めようか」「例えば?」「汚れた靴のまま入らない、とか」「野良犬か」「ただいまとおかえりの挨拶は忘れずに、とか」「そもそも外出する時は一緒だろ」家と言い張るには何かが足りない


【本:母と賢者】
頁をめくって結末を確かめるように、私の死後も、どのように世界が続いていくのか知ることができればいいのに。そうしたら、この子がどんな大人になるか分かるのに――。「そうですな、マドモワゼル」噴水に紛れる涙の声。膨らんだ命。彼の人の物語を、まだ誰も知らない。


【味:Roman一家】
ノルマンディーの林檎酒、ロワールの淡水魚、マルセイユのブイヤベース。地方料理を持ち寄って、屋敷の中で祖国を知る。「さぁムシュー、遠慮なさらずに」「形から入るのも必要ですわ」本来なら必要のない生者の真似事で、舌から生まれ落ちていく。


【腕:エリーザベト】
窓辺から誘い出す声、初めて土を踏んだ日の記憶。「そこ、足元に気をつけて」「ええ、メル」あの時、何気なく組んだ腕の確かさが今も私を支えている。十字架を背に引き立てられ、両腕を広げた今も尚、彼の幻がこの身から去らない。


【剣:ローザとパーシファル】
「我ながら趣味が悪いと思うんだけど」叙任式を懐かしむように、女王は戯れに剣を抜く。剥き出しの刃が夕陽を弾く。「貴方にこうするの、結構好きよ」「……さようですか」向けられた刃に忠誠の口付けを落とすと、長引く戦の味がした。棘もまた、薔薇の為の剣である。


【風:青髭城】
「昔、ここに狂人の伯爵がいたのさ」住民達は語り継ぐ。彼の残虐さを。「何故そんな事を?」寝物語に子供は問う。今や城は見せ物となり、観光客が覗いていくばかり。金の鍵穴は埋められた。風が全てを癒やしていった。「寂しかったのかもしれないね」子供はひとり呟いた。


【花:シャイライ】
永遠を生きる身には、花の一生など瞬きのごとく 。瓦礫の隙間から覗く花弁も、風に身を散らせる種子も、繰り返される生き死にの哀しみを嘆いているようで。「どうしたの、シャイターン?」考えを改めたのは、咲き乱れる大地に並び、その髪に花を飾りたい者ができたせいか。


【白:エリーザベト】
家柄に恥じぬ品をと兄が仕立てさせたドレスは、純白の総レースで、ひどく高価だった。まるで死人が着る衣服。肌の色まで青白く見える。それでも良かった、見栄えなどどうでも。嗚呼、けれど今は。「約束を守ってくれたのね、メル」貴方と会えて、まるで花嫁衣装のようで。


【蒼:人形と雨】
「騙した訳ではないのです、ムシュー」人形は顔を覆って訴える。「紫陽花は雨の花、泣いて生まれてくる子供たちの涙、その、あお色が、ここに繋がっただけ」しゃくりあげる声。不毛の大地に雨が降る。濡れた人形のドレス越しに、どこからか、罪を贖う犬の鳴き声が聞こえた。


【錨:童話と航海士】
本来これは希望の象徴なのだと言う。猛り狂う波の上でも、己の場所を見失わない為の。「大事にしたまえ。君にとっては、これも錨だ」嗤う声がなぞるのは、首から吊るした鎖。希望と呼ぶには軽すぎる十字架。何の為の重りかと尋ねる事もなく、白紙の青年はそれを身に付ける。


【王:王様と冬】
誕生花が薔薇と言う事も出来過ぎで、まるで神から遣わされた人のよう。「そう、僕は物語と音楽に幸せな結婚をさせる為にきたんだよ。ブーケに相応しい花だよね」「それでも、今日は貴方だけの為の薔薇ですよ」花の中の花を胸に飾る人。献上された薔薇を活け、臣下は微笑む。


【烏:盗賊s】
夕陽を遮るほど上空を覆っていた群れも、いつしか姿を消していた。「烏でさえねぐらに帰るのに…」焚火に枝をくべてイヴェールがぼやく。「野宿だなんて」「あんな群れなら、寝るにしても窮屈だろ」「まあね」街から街へ獲物を求めて。羽根を休める場所ばかりが多い旅。


【次:奴隷部隊】
風を待つ間の暇つぶしのはずが、気紛れな参加者のおかげで、いつしか本格的なものに変わっていた。「……手合わせって言うよりタイトルマッチだよな」「練兵と言いなさい。閣下からの有難い剣術指南です」挑戦者を蹴散らして、船上に立つ狼は口の端を上げる。「さあ、次は誰だ?」


【笛:オリオンとエレフ】
山奥で生まれ育った友人は口笛も知らなかった。「そんなものに頼らなくてもミーシャは来てくれた」「はいはい」知っておくと便利だぜ、と教えた音色が、今、鳴っている。「上手くなったじゃん」反撃の合図。物陰から弓を構え、少年は追っ手に向かって矢を放った。


【森:テレーゼとメルツ】
塗り潰したような夜の森にいると、我が子と同じ鮮やかな黒の世界が見えた。「ムッティ、ふくろうが鳴いてる」「そうね、どこかしら」「左の方……ほら、今、飛んだよ。きっと鼠を探してるんだ」ざわめく梢、虫の羽音、些細な音を聞き分ける耳。きっとこの子は良い音楽家になる。


【底:冬兄の童話】
採掘者達に伝わる怪談話だった。独りで作業していると、この世のものではない物音が聞こえ、いつしか穴の先が冥府に繋がっているのだと言う。(それならそれで結構だ。母さんにノエルの結婚報告をしてやれる)真っ暗な穴の底で、男は不意に、教会の鐘の幻聴を聞いた気がした


【暁:メルベト】
私の家には本が溢れていて、夜のお話は父が、朝のお話は母が物語る習慣があった。「童話の良い所はね、エリーゼ」ベッドに座って母が言う。「めでたしめでたしで終われるよう、私達が続きを考えていいところにあるの」そうして母さん達は結婚したのよと、秘密めかして。


【宿:征服者達】
上陸休暇の時くらいは、と海に面していない部屋を取ったのだが、潮騒の音は常に離れなかった。ひたひたと打ち寄せる水音。「昨晩、夢を見たよ」イドルフリートは語る。「井戸の底で美女達に囲まれる夢」「海どころか煩悩も船に置いて来れなかったようだな」コルテスが頷いた。


【人:Roman一家】
「生まれる時も一人、死ぬ時も一人だなんて言うけれど」主が呟く。「僕の場合は、君達がついているから寂しくないね」ふたりの人形は顔を見合わせて「駄目ですわ、最初から当てにしては」「孤独の中でこそ人の温かみが分かるのですよ」と言う。手厳しいなぁ、と主は笑った。


【体:盗賊s】
剣を置いて出歩くと、身が軽くなったぶん左右のバランスが取れない気がした。「じゃあ、代わりにこれ持ってくれよ」渡された紙袋。都合のいい荷物持ちかとイヴェールに文句を言えば「ご馳走なのに」とワインボトルを見せられる。体は正直なもので、それでバランスは元に戻る。


【紐:奴隷部隊】
部隊の将だと言うのに、彼は時折ふらっと姿を消す。「泉の、月を見てきた」心配するので控えてくれと咎めても、返ってくるのは短い言葉。「……水面を斬っても月は斬れないな」独り言のような呟き。狼の首に紐はつけられない。誰も彼の孤独を、手繰り寄せる事ができない。


【流星:レオンティウス】
権威を示す為に歴代の王達を真似るようにと忠告され、まずは庭園を作らせた。幼い頃に憧れた憩いの場。馬を走らせ、歌を口遊んで花を摘む、幼いきょうだい達の夢。「……実際は、誰かの兄にも弟にもなりきれなかったが」天を仰ぐと星が流れ、またひとつ、獅子の空が暗くなる。


【無垢:ノエル】
盥回しにされた親戚の、従兄弟だか何だかの部屋から聞こえてくるラジカセの音だけが教科書だった。覚えたフレーズを口ずさんで歩く昏い通学路。飴玉のように歌を舌先に転ばせて、ここではない何処かへ心を飛ばす。音楽だけが忠実に、自分の代わりに『愛して』と叫んでいた。


【仮初:人形と策者】
『メル、ソノ話ノ続キハ?』雨混じりの雪が井戸を濡らす。幕は落ち、愛した人も土に還ったのに、壊れた人形は傍らのそれに気付かない。彼女の子守りを引き受けたのは再演を望む衝動そのもの。次の薔薇が咲くまでの戯れ。「勿論、それはまた別の物語に続くのさ」男は笑った。


【依存:Roman一家】
粉砂糖に角砂糖、蜂蜜にメイプルシュガー。マシュマロ入りのココア、バターたっぷりパンケーキ。「ムシュー、最近ちょっと多すぎません事?」「準備するのは楽しいですけれど」かいがいしく双児が零すのもおかしくて、人恋しい季節には、甘くて明るいものが欲しくなる。


【烙印:シャイライ】
悪戯な風が砂よけの布を払うと、あらわになった髪を見て、少女を異形と罵る者達がいた。人の身から堕ちたのだと。「でも私、この色を気に入ってるのよ。貴方と一緒に燃えてるみたいで」案じるように見下ろす悪魔へそう微笑む。烙印は契約の証、永遠への誓いなのだから。


【逢瀬:青髭と賢女】
雪の夜。簡単な変装だと言うのに喜ぶ様子は無邪気そのもので。「……今日だけは君の伴侶でなくて良かったと思う」この子に夢を見せるのが容易いから。そう呟いて男は寝付いた子供の銀髪を撫でた。青髭のサンタなんて世界でうちにしか来ないわねと、賢女もまた微笑んでいる。


【喧騒:ノエル】
自分に向けられる声は全て棘のあるものだと思い込んでいた。耳に差し込んだイヤホンの、そのボーカルですら煩わしく感じた絶望を忘れない。その頃はインスト曲ばかり聞いていたーー誰かに向けて自分が歌い、割れんばかりの歓声に涙ぐむ事になるなんて、思ってもみなくて。



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