Rebo誕




 6月某日、城の一室にて。

 季節感を無視した真緑の針葉樹が、もさもさと揺らされながら室内に運び込まれた。大理石のホールは結構な広さがあるとは言え、その存在感たるや異様である。巨大な樹木を肩に担いでやってきた赤髪の悪魔の登場に、テーブルに合わせて椅子を配置していたエレフセウスはひくひくと自分のこめかみが動くのを感じた。

「……おい、シャイターン。どうして樅の木なんだ?」

 今日は特別な日。サプライズの会場設営に追われているのは似て非なる男衆である。元を辿れば同じ王から生まれた存在だが、どうも統率が取れていないのが悩みの種だった。『誕生日おめでとう!』の横断幕を張ろうとしていた冥王は天井に頭をぶつけて悶絶しているし、天秤イヴェールはテーブルクロスの裾に躓いて転んでいるし、イドルフリードはあちこちを引っ掻き回して去ってゆく。地味に盗賊イヴェールも会場設置に参加しており、各地から運ばれてくる伝言や花束を受け取ったり戦力になるのだが、こちらはこちらでマイペースに自分の作業に励んでおり、あまり関わってこようとしない。

 シスコンを除けば比較的常識人に分類されるエレフが突っ込み役となって場を取り仕切っていたが、愛妻家を除けばやはり常識人に分類されるべき悪魔まで奇行に走り始めたのかと思うと、頭が痛くなったのも無理はなかった。銀盤本編では折々に顔を覗かせ痛烈な一言コメントを残していった突っ込みの有望株ことメルヒェン・フォン・フリートホーフも、先程から「あ」とか「う」とか呟いて自分の作業に集中しているだけで周囲の様子には無頓着である。ひらひらした色紙で飾り用の花を作っているのだが、さほど器用ではないのに几帳面なのか、思い通りにならなかった花をくしゃくしゃに丸めて床に放り投げていた。明治の文豪かお前は。

『……エレフ』

 呼び止められた悪魔は振り返り、どすんと樅の木を置いた。同時に梢の中から小鳥が飛び立ち、二匹のリスが枝を走り抜け、カブトムシが床に落ちる。どれだけ新鮮な木を伐採してきたのか。もしやお化け樅の木ではあるまいな、とエレフの目が遠くなる。

『誕生日と言えばこれではないのか。西暦生まれの主人を祝う為のものだと、そうライラが言っていた事があったが?』

「いやいや、そっちの主じゃないだろ!それにお前がそれを持ってくると侵略者側に肩入れしたようになるだろうが!イベリアの歴史が書き換えられるだろ!」

『……そうか。何かと混同していたのかもしれないな。すまない』

 悪魔は神妙な顔をして軽く頭を下げた。思ったより素直な反応が返ってきて驚く。エレフはぐっと言葉に詰まった。

「……ああ、知らなかったのならいいんだ、うん」

『片付けた方がいいか。邪魔だろうか?』

「いや……別にそこまでは。せっかくだから飾っておけばいいんじゃないか。見た目も派手になるし」

『分かった。では飾り付けておく』

 彼は頷くと挽回を図るように樅の木をセッティングし始める。エレフは内心で驚愕した。真面目!強面なのに真面目!その真面目さと優しさを感じ取ったのか、いつの間にか肩にリスが飛び乗って戯れている!さりげなく床に落ちたカブトムシを拾って枝に戻してやるところなどは慈愛さえ感じる!

『我も手伝おう。高いところの作業なら得意であるぞ』

 ようやく悶絶から立ち直ったのか、冥王が申し出た。悪魔が一瞬びくっとするとリスたちも同時にぴゃっと飛び上がる光景はアニメ映画のようで実に微笑ましかったが、いつまでも構っていられない。脚立いらずな二人組にツリーと横断幕を任せ、エレフは自分の作業に戻る事にした。

 と、厨房へ続く扉の前に真っ白いドレスを着た令嬢の姿を見つける。エリーザベトだ。女性陣と他のメンバーは別室で料理の準備をしているはずだが、こちらに何か用事なのだろうか。エレフが椅子を持ったまま声をかけようか迷っていると、恋人の姿を見つけてメルヒェンが勢いよく立ち上がる。さっと踵で失敗作の花々を蹴り、取り繕って見せるのも忘れない。

「エリーザベト、どうしたんだい?」

 物珍しそうに部屋を覗き込んでいたエリーザベトは、メルヒェンに見つけてもらってほっとしたのか、両手に持っていた大振りなケースを差し出した。かちゃかちゃと硬質な音を立てるそれは、どうやら食器類が収められているようである。

「銀食器が間違って紛れ込んでいたみたいなの。確かこっちでセッティングするのよね。届けに来たわ」

「そんな……呼んでくれたら取りに行ったのに」

「ううん、私がやりたかったの。料理はあまりできないけど運ぶくらいならできるから。それに、メルにも会いたかったし」

 うふ、とエリーザベトは笑う。メルヒェンが黙り込んで顔を赤らめ、しばし彼らの周囲は散らばっていた失敗作の花々も赤く染まるローゼンガルデン的な微笑ましさを演出したが、エリーザベトが差し出した食器ケースを受け取った途端、がくんとメルヒェンの体が沈み込んだ。

「け……結構重いんだねっ!」

「そう?ずっと磔にされていたせいかしら。ちょっと腕の筋肉がついたのよ!」

 エリーザベトは可愛らしく両手を曲げ、えいやっと伸ばして見せた。その間、メルヒェンは両手をぷるぷる震わせながら食器ケースを持ち上げている。普段は人形以上の重いものを持った事がない青年だ。ぎっしりと詰め込まれた銀食器はそれなりの重量があるので辛そうである。エレフは同情した。こればかりは頑張れと素直に言える。頑張れ。

「いやはや、ご苦労だったね。大皿はともかく取り分ける為の食器はこちらの管轄だろうに、どこの低能がそちらに置いていったのだか。全く気の利かない人間がいたものだ。これらは後で我々が責任を持って配膳しよう。テーブルマナーも知らない野蛮な連中がほとんどだが、まあ、そう難しい事じゃない。私から彼らに伝授しようではないか。それより厨房の様子はどうだね、皆上手くやっているかい?」

 ひょいとメルヒェンの肩を腕を乗せながら登場したイドルフリードが、長台詞と共にエリーザベトへ笑顔を送った。先程からこの男、あちこちに顔を出しては冷やかして回っている。しかし幸か不幸か有能なので、所定の場所に所定のものを運び、悪魔と冥王のところに行っては斜めになった横断幕を水平にするよう指示を出し、イヴェールが踏んづけたテーブルクロスの埃を払い、それなりに働いていた。重さをかけられて足を踏ん張っているメルヒェンの肩で頬杖をつき、イドルフリードは余所行きの笑顔でエリーザベトに話しかける。

「ええ。双子ちゃん達とライラちゃんがいますし、男性の方々も皆さん手際が良くて。料理係とケーキ係と、後は確か…焼き菓子係に分かれていますけど」

「ほう、それは見物だ。私もちょうど手が空いて暇をしていたところでね。それにいくら城内とは言え、女性を一人で帰すわけにはいかない。ちょっと一緒にそこまで――」

「駄目だ!」

「何考えてるんだお前!」

 差し伸べかけたイドルフリードの手をガッと掴み、メルヒェンとエレフが同時に突っ込んだ。その剣幕に銀食器の重量でさえ振るわせる事のできなかったエリーザベトの肩がびくっと震える。当のイドルフリードは涼しい顔で二人を見つめ、抜け抜けと口を開いた。

「何って、エリーザベト嬢を送るだけの簡単なお仕事だが?そして厨房に咲き乱れる花々に挨拶をして愛でるだけの簡単な――」

「駄目だ!」

「ここにいろ!」

「……やれやれ」

 その反応も予想済みだったのか、イドルフリードも軽く肩を竦めただけであっさりと身を引いた。メルヒェンは慌ててエリーザベトに早く帰るように促し、少しばかり天然の入った聖女様は「賑やかで楽しそうね」と見当外れなコメントを残して穏やかに去っていく。よろよろと銀食器をテーブルに置き、「これを持てるなんて男らしい……!」と変なところで恋人にときめいているメルヒェンを横目に、イドルフリードはエレフに大袈裟に愚痴り始めた。

「全くもって納得がいかないね、何故この割り当てなんだい。男女比がおかしいぞ、ナンセンスだ。何も取って食うわけではないのだから、少しくらい花をこちらに回せばいいものを。そうは思わないかね?」

「やかましい黙れ」

「君達ならばともかく、未だ私はどの地平線にも属していない。よってどこに移動しても咎められる筋合いではないはずだ。少しくらい厨房で女子会に参加するくらいの自由は」

「やかましい黙れ」

「それに私は君の妹君に結局会えないままだったからね。この機会にお近づきになってもいいのではないかと」

「やかましい黙れ」

「君、語彙がそんなに貧弱では知性を疑われるぞ。せめて最後まで聞きたまえよ。共にバロックを転がり落ちて融合した仲だろうに。言うなれば私は君であり、君は私だ。つまり君の妹君は同時に私の妹君でもあ――」

「やかましい黙れ殺すぞ。それに、ライブネタは新規ローランにとって訳が分からないだろうから控えろ」

「ふむ、しかし内輪ネタの豊富さがこの国の魅力の一つであると思うがな」

「やかましい黙れ」

「……ループは止めたまえよ、ループは」

 イドルフリードは嫌そうに眉を寄せたが、知った事ではない。先程まではエレフも妹と引き離されて不満に思っていたが、今となっては結果的にこの男からミーシャを守る事が出来たのだと安堵せずにはいられなかった。何しろ一万人の観客を扇動して「おっぱい」を連呼させた人物である。たわわな妹の胸元を見たらどんな反応を示すのか、考えるだに恐ろしい。

「ねえ、テーブルクロス敷き終わったんだけど、次は何をすればいいかな?」

 ぴりぴりした二人の空気を読まず、天秤イヴェールが走り寄ってきた。陛下の第一家臣を名乗るだけあってその忠誠心はすさまじく、さながら尻尾を振る大型犬のようなありさまである。テーブルクロスが上手く敷けた事に対する「褒めて褒めて」オーラを盛んに発していた。エレフは気圧されたが、イヴェールの頭に付いているものに気付き、更に目が点になる。

 先程までメルヒェンが作っては破り作っては破り、と繰り返していた紙の花飾りを、どうしたわけか頭の左右にちょこんとくっつけているのである。まるでお遊戯会の子供のような格好だ。本人は気付いていないらしく、ふわふわした銀髪の上に二匹の蝶が留まったように見えた。きちんと青と紫で朝夜カラーに揃えているのが小憎らしいが……おい、誰の仕業だ。仕方がないのでエレフが無言でぺいっと剥がしてやると、隣でイドルフリードが残念そうに舌打ちしたので、多分犯人はこいつなのだろうと推測した。おそらく作業に夢中になっているイヴェールの隙を付き、そっと乗せたのだろう。何て奴だ、小学生か。

「あれ。どうしたの、これ?」

 剥ぎ取られた花を見て、イヴェールが丸く目を見開いた。いちいち説明するのも面倒だったのでエレフは事務的に「銀食器が届いたから先にセッティングしておこう」とだけ言う。ところでイヴェールが天秤と盗賊の二つに分かれていて、どうして穴掘りお兄様がここにいないのか気になったが、そんな事を言えば自分も「エレフセウス・アメティストス・黒エレフ」と三パターンに分かれなければならないので、そこはあえて触れない事にした。イヴェールは花が気になるようだったが「陛下が来る前に終わらせないといけないぞ」と発破をかけると俄然やる気を出して食器ケースのところに行き、持ち上げたところでやはりよろめいていた。今更ながらエリーザベトの磔刑で鍛えられた上腕二等筋に感服する。

 しかしまだ騒動は終わらなかった。イヴェールが食器を並べ始めると、イドルフリードが「ふむ、少し染みがついているぞ。他と取り替えよう」とテーブルクロスを引っ張ったのである。ここでも無駄に器用な航海士、皿どころか乾杯用のワイングラスとシャンパングラスも倒さずにやり遂げた。イヴェールは「ああっ、せっかく綺麗に並べたのに!」と頭を抱え、『何だ、余興の練習か?』と冥王や悪魔まで面白がる始末。メルヒェンは未だ花作りに精を出しており、盗賊イヴェールは一言も台詞を言わないまま少し遠くで傍観していた。

 これだけ似て非なる人物が揃うと書き分けの為にそれぞれの性格が誇張されがちだが、これは酷い。エレフは言葉を失くし、痛烈に人員不足を実感した。突っ込み役、どこからか湧いて出てこないものか。そんな彼を「閣下……」と物陰から見つめる人影があったのだが、それもまた待望の突っ込み役ではない。過去のライブで一度似て非なる人物として扱われたのだと主張して無理やり会場設置組に入り込んだオルフことオルフェウスだった。エレフは一度視線を感じたが、これ以上誰かに構っている余裕はなかったのであっさりと無視した。よって、これ以上彼の出番はない。

 そんなこんなで統率の取れないメンバーだったが、主への忠誠心と感謝の気持ちを形にすれば何とかなるもので、しばらくするとそれなりの体裁は整った。



* * * * * * *



 斯して、宴の準備は整えられた。

 似て非なるの者達は、偉大なる王の為、その持てる力を存分に振るい。そして、その支えとなるべく集いし面々も、想いはただひたすら敬愛すべきかの人の為に。

 冬を冠する青年が赤色を腕に抱き、その両脇を固めるのは双子の人形。盗賊の二人は、どこか他人事の体で。だが意識はしっかりとこちらに向けられている。
 後ろに控える赤き悪魔のその腕には、炎と契りし娘がかの王に献上する為の補糖を抱え。
 紫眼の青年は、星見の乙女、弓使いの青年と共に祝いの西洋菓子を前に並び立ち。その後ろには雷獅子と不遇の蠍、そして子供達の姿が。佇む忠犬二人はそんな彼等に付き従うように。
 謎の航海士は皮肉気に口元を歪めながら。だがその眼差しはどこか穏やかで。
 屍揮者たる青年が、馴染んだ指揮棒を手に聖女と視線を交わす。
 扉の向こうから響く靴音に、皆が一様に瞳を輝かせた。

 屍揮者の青年は緊張に顔を強張らせながら、ゆっくりと指揮棒を掲げた。

「さあ、敬愛すべき国王陛下にご登場願おうか!」

 両開きの扉がゆっくりと開き、その向こうに待望の人影が見える。

 さあ、お誕生会の始まりだ!!




END!
(2012.06.19)
先輩とのコラボ作品でした!厨房サイドの様子はこちらから!


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