君を、愛してる








1.君との恋を、
(青髭と賢女)

 馬鹿げている。ふざけている。有り得ない。考えられない。言霊の力を借りて、幾度となく否定し続けた。どうして、だなんて考えたくもない。それなのに、嗚呼、人間という奴は実に単純な生き物だ。
「ッ!」
「っ……」
 掠めただけだ触れてなどいない決して唇が柔らかかったなどと。真っ白に停止した思考が回り始めると、途端に身体中の血液が逆流してくる。
 まさかぶつかった偶然だなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるものか。いつもならば刺のある言葉を矢継ぎ早に紡ぐ彼女が、沈黙するこの空間が居た堪れない。顔を赤らめて俯くな。
 あぁ頼むから何か話せ。いっそのこと罵倒してくれ、でなければ。
「あれ?ムッティもおじさまもどうしたの?顔、真っ赤だよ!」
(作為も悪意も知らぬ子は、心から心配するものだ)


2.ふたりの時間を、
(ルーナとエンディミオ)

 はやく大人になりたい。見た目ではなくて、こころが大人になって欲しい。あなたと釣り合う女性になりたい。つよく願うのは、叶わないことを知っているから。でも、願わずにはいられない。
「ねえ」
「なんだい?」
 見送る背中は大きくて、だけど寂しげに見えてしまうのは何故だろう。振り向いた彼を前に、私は士気を上げるための言葉を探してみる。だけど浮かぶのは真逆の言葉ばかり。
 いかないで、ここにいて。困らせるだけの本心を隠して、私はどうにか唇を開く。
「あの、」
 ちゅう。意を決して上げた顔、その額に落とされた接吻け。瞬きを繰り返す私に、鮮やかな笑みが浮かべられた。
「行ってきます」
「っ!!……行ってらっしゃい」
 見通されていた。私の不安を、私の独占欲を、彼には全て手に取るように解るのだろう。真っ赤な顔で手を振る私に、彼も大きく手を振り返した。
(おかえりと君が言ってくれるから、旅立てるんだよ)


3.泣き顔さえも、
(童話と聖女)

 泣かせたくない。この気持ちに嘘はない。きみが苦しんでいるなんて僕も苦しいし、きみが悲しいのならそれ以上に僕は悲しくなる。それほどまでに心を占める、きみという存在。
 けれど一方で、その美しい涙を眺める高揚感は無くせない。痛みではなく悲しみではなく、その涙は僕を失うかもしれないという恐怖。嗚呼、たまらなくいとおしい。きみの中に住まう僕を追い出してしまいたく、きみの中に棲まう私に喝采を贈りたい。誰でもない、あの衝動でもない。他ならない、僕という存在にきみが囚われている。
 この苦しさを、この喜びを、果たして何と表現しようか。

「泣かないで、エリーザベト」

(この声が、きみに届くことはないのだろう)


4.この痛みまで、
(青髭と先妻)

 純白を染めるのは一筋のアカ。それは純情を捧げた証。それは純血を交わした誓い。欲望の儘に暴いた肢体と、不釣り合いな清らかな涙。そして、微笑。息さえ奪い、絡めた綾取りはほどけない。穿つ欲望に、お前は声ではない言葉を紡ぐ。うれしい、と。
 それが恨み言であれば、私はどれだけ救われただろう。お前は当然、私が声を拾ったことなど気付かない。絶頂の果てに眠りに堕ちたお前は、私の亡くした筈の魂を貫いた。背中の鈍い傷みが、やけに熱い。
 真似事に手を伸ばし、柔らかな頬を撫でてみる。ひどく温かなそれに、私は怯えることしか出来なかった。
(失いたくない等と、二度と思いたくはなかったのだ)

5.それでも君を、
(青髭と先妻、上の続き)

 馬鹿な人。私を理由にしないでちょうだい。あなたは臆病者なのよ。信じて祈って、それからどうしたの。神は無慈悲で、戦わない者に微笑むことはないわ。己の出来うることを遣りもしないで、嘆いているんじゃないの!
「ッ…………夢、か」
 それにしては、やたらと鮮明な内容である。懐かしい君に叩かれた背中が、痛む気さえする。
「あなた、おはようございます」
「……」
 あれだけ乱暴に抱いた翌日にも関わらず、妻はしとやかな笑みを浮かべた。私たちは互いの痛みをひた隠して、これからを生きていくのだろうか。
 何もしないで嘆いていないで、今出来うることをしなさい。それが。それが私の、愛した貴方だわ。
「っあなた?」
「……私は、赦されてはならないのだ」
 吐き出したのは変えられない過去への憎悪。何一つ説明すらしていない独白を、妻は黙したまま耳にする。本来の私など、臆病者でしかない。拒絶される痛みよりも、孤独で生きる方がいい。大切なモノを失う痛みは、もういらない。
「だからお前は、」
「でしたら、最期はあなたの手で」
「……何」
「私はあなたを愛しているわ。だから、全てはあなたの召すままに」
 愚かな女だと罵られようとも、私はこの愛を否定しない。昨日の悦びは、単なる衝動でないの。女が愛して欲しいのは肢体ではなく、魂。昨夜のあなたが苦しんでいたのは、こうして今も悩んでくださるのは、それは。
 あなたが少しでも、私を愛してくれているからだわ。
 妻の言葉に、私は何も返せない。否定することは容易の筈だが、拒絶できなかった。抱き締めたのか、抱き締められたのか、どちらともなく腕を回した。互いのぬくもりを感じて、暫しの夢をみる。

 愛するその人の手で、せめて祈りを終わらせて。




2012*04*22
(お題:確かに恋だった)

『えとわーるろまん』の時渡みくりさんから、またもや誕生日プレゼントに頂いてしまいました!何と言う破壊力のある詰め合わせでしょう……!私の好きなカップルばかりなのは勿論ですが、この濃度に凝縮して短文に仕立て上げる手腕、お見それしました……!個人的には貴重なルーナとエンディミオを見られて特に幸せでした、ありがとうございます!


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