貴方に捧ぐ魔法の呪文











不機嫌だ、不機嫌よね、不機嫌だべ。
周りの仲間たちがひそひそと小声で(けれど聞こえる大きさで)囁かれる状況で、私は戸惑うままに首を傾ける。
普段の差異から表情を窺うのではなく、誰がどう見てもメルヒェンの機嫌が損ねられているのだ。彼の座る長椅子の周りだけ、空気が重い。
何か粗相をしたかしらと思い返してみても、いつもと同じように生活していただけで当てはまる節が無い。
でも、もしかしたら。私が普段と同じ生活だとしていても、実はメルヒェンの嫌いな行動が含まれていて、今日遂に堪忍袋の緒が切れてしまったのかもしれない。

「ねえメル、」
「なんで黙っていた?」
「な、何を?」
「誕生日。どうして黙っていたんだい」
「……あぁ!」

それは話の流れ。つい先程まで雪白ちゃんや野薔薇ちゃんが誕生日には盛大なパーティーをするそうだと、そんな会話をしていたから。メルヒェンは何気なく訊ねて、私も何となしに答えた。
誕生日は、今日だわと。
その後から急に、メルヒェンの機嫌が悪くなったんだわ。

「その、忘れていたのよ」
「……忘れてた?」
「私はもう、雪白ちゃんたちのように若くはないし、祝うというよりも歳を重ねてしまった気持ちが大きくて…それに最近は、それどころじゃなかったでしょう」

幼少の頃から、祝う日ではなかった。私は一度、表舞台から姿を消した貴族の娘だから。成長した後には、お兄様が形式的に祝ってくださったけれど、それを喜べる年齢ではなかった。望まぬ婚礼が過ぎれば、今度は夢みたいに嬉しいメルヒェンとの婚礼が待っていて。忙しなく過ぎ去る時に、伝える暇もなかった。そういえば、形式の祝いはどうして歪なクーヘンだったのか、今でも解らないけれど。
遥か過去に想いを馳せるのは久し振りで、感傷に浸る前に腕を引かれた。バランスを崩す形で、メルヒェンの上へと倒れ込む。

「っきゃあ!?」
「今宵、エリーザベトの宴を開こう。使用人の諸君は、己の仕事を全うし不備のないように。幸いにして、この場には友人たちもいる。盛大なものになるさ」

凛と響くテノールの声が、唖然としていた使用人たちを動かす。仲間たちが揶揄いの声を上げるけど、メルヒェンは平然としている。まだ唖然としたままの私は、背中に腕が回されて立ち上がれない。

「ど、どうしたの?」
「君自身に祝う気持ちがなくても構わないよ。でも、僕が祝いたいんだ。大切なエリーザベトの、妻の誕生日だからね」
「っ……」

見栄を張っているのか視線を合わせてはくれなかったけど、赤く染まった耳と拗ねた声色で十分。
嗚呼、もう、メルってば!

不器用な優しさに甘えながら、私はもう少し我が儘を考えてみることにした。

「もしかして……誕生日プレゼントとかも、頼んでいいの?」
「っもちろんさ!何がいい?」

きらきらと瞳を輝かせて答えを待つメルヒェンに、私は“とっておきの呪文”を思い出した。
(赤ちゃんが欲しいなんて、だめかしら?)





2011*04*19

『えとわーるろまん』の時渡さんから誕生日に頂きました。ありがとうございます!も……だめ……メルベトが可愛すぎて死んじゃう……!


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