子供ではいられなくした




Marchen×Elisabeth







 気になっている事がある。下らない、我ながら俗物だと呆れてしまうような事だが。
「……その服、どうしたんだい」
「縫い付けてるの。釦が取れそうになっちゃって」
 仕立てが甘かったのかしら、とエリーザベトは糸を繰りながら首を傾げている。膝の上に広げられているのはよそ行きの白いドレス。細かく折り畳まれた布地の山に、銀針がちらちらと見え隠れする。
 せっせと縫い物に勤しむ彼女を見るのは珍しい事ではない。けれども刺繍でも繕い物でもなく、釦付けをしている場面を見るのはもう三度目だ。真珠色にきらめく貝釦、細工の施された銀の釦。くるみにべっこう。どれもこれも胸元の釦ばかり。
 エリーザベト、多分違うよ。仕立てのせいじゃない。普段から布地が張って、釦の糸が緩んでいたせいじゃないかな――。
 と、思い浮かんだ台詞をメルヒェンは喉の奥へ飲み込んだ。視線は無意識に妻の体の線をなぞる。女性らしい曲線の中、取り分け存在を主張するもの。恐らく標準よりは豊かであろう胸元が、ふるりと視界に割り込んでくる。
 何と言うか、大きくなったのでは?
 取り戻した記憶の中、そして幼少の彼女の似姿である人形。どちらも……つまりその、慎ましい体型をしていたのだが、初夜の床で彼女に触れた際、掌に受けたのは予想以上の重量を持っていた。すべすべした肌を持ち上げれば、忍ばせた掌が柔らかに沈む感触はどこまでも深く、外縁に指が届かないと驚愕した記憶はまだ充分に新しい。詰襟のドレスを着る事が多くて気付かれにくいが、実は彼女、たいそう魅惑的な造詣をしているのである。
 そして愛される歓びを知ったせいか、あるいは単に体質か。どうも最近その迫力に磨きがかかったようだ。ドレスの胸周りが窮屈そうになっている。彼女が本棚の前で何を読もうかと選んでいる時などは、胸の膨らみを使って広げたページを押さえ付け、両手に持った二冊の本を器用に見比べている場面があった。文鎮じゃないだからと笑うところかもしれないが、メルヒェンもそこまでさばけた男ではない。ふんわりとした小山が本の上に乗り上げ大きさを強調しているような場面では、目を反らすか本を持つ手助けを申し出るか、精々そのくらいが関の山だ。
「嫌だわ、太ったのかしら。替えの釦も失くしちゃったのに」
 しかも本人、無自覚らしい。エリーザベトは難しい顔で布地と睨めっこしている。メルフェンは言うべきか言わざるべきか迷ったが、外出中に釦が弾け飛んで妻の肌を他人に晒す真似は避けたい。断じて避けたい。結果的に、もう一度採寸し直した方がいいんじゃないかな、と忠告する事に決めた。
「採寸……?」
 最初エリーザベトは少し不思議そうな顔をする。だが、やがて意味に気付いたのだろう。ああそうね、ごめんなさい、ありがとう、と睫毛を伏せて早口で礼を述べると、何故か幸せそうにはにかんで。
「でも嬉しいわ。お洋服は合わなくなっちゃうかもしれないけど、いつか赤ちゃんが生まれたら、お乳を一杯あげられるもの」
 ごく真剣に彼女が放った台詞にくらりとする。
「…………そう」
「ええ」
「……そう、だね」
 全身全霊で自分との家庭を望む彼女を前に、羞恥とも歓喜とも言えない感情が湧き上がった。間の悪い相槌を打ちながら片手で目元を覆い、今が夜ではなくて昼間である事、そして寝台が近くにない事を少しばかり恨めしく思う。


(君が伏せた睫毛が僕を子供ではいられなくした)






END.
(2011.06.25)
keywoed...hmr
エリーザベトの隠れ巨乳っぷりが気になる。



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