君に酔う月に酔う









 思えば、夜の褥でメルが度を越した事はなかったわ、とエリーザベトは回想する。
 やや唐突に迫られた事はあったけれど、媚薬騒ぎの時も彼は素面でいようと努めていたし、酒に飲まれて破目を外す事もなかった。一歩引いているように見えた事もあったけれど、いつだってエリーザベトの身を気遣ってくれたのは確かで、だからこそ安心して全てを預けられたのだ。注ぎ込む愛を、外側からすっぽり包んでくれる彼に。
 だからこの状況は凄く珍しい。珍しいから、戸惑った。
「エリーザベト」
「ん、ぁ……」
 甘い、酒の匂いがしていた。それは縺れ合う唇と舌からも伝わってきて、こちらまでくらくらしてくる。反射的に逃げようとする体を押さえ込まれ、やんわりとシーツに縫いとめられると、エリーザベトはやり場のない期待と羞恥で背筋を波立たせた。
 彼は先程からエリーザベトを賞賛する言葉を惜しみなく振り撒いている。綺麗だ、とか、素敵だ、とか――情熱的な声をたっぷりと浴びせられて既に夢見心地だった。夫が酔っていると気付いていたので、せめて水の一杯でも飲ませてやって、二日酔いにならないように休ませてあげたいと思うのだけれど、その気遣いも当の本人の手によって断念しかけている。
「メル、ねぇ、ちょっと待っ――」
 背中から抱きしめられ、首を捻って口付けに応じている為、制止の声も絶え絶えになった。普段のメルヒェンなら顔を上げてきちんと耳を澄ませてくれるだろうけれど、制止の声ごとキスに飲み込まれてしまう。顔が見えないのが嫌で今までは避けていたが、耳元でひっきりなしに彼の吐息が聞こえ、ぎゅっと腰や胸元に腕を回された体勢で首筋を甘噛みされると、自分がすっかり彼の持ち物になったようでどきどきした。
「や……っ、あ、あまり噛まないで……っ」
「変だな。もっと噛んで欲しいように聞こえる」
「んぅっ」
 喉が震えて声が上ずる。エリーザベトが肩を縮めて身を捩ると、腰に回った腕に力がこもり、更に近くへと抱き寄せられた。
「じっとして……離したくない」
 きゃー!と内心で叫ぶ。ときめきで死ぬ人間がいるとしたら自分が最初の一人になるかもしれない。とても心臓が持ちそうになかった。嬉しさと恥ずかしさで背中がむずむずする。
 酔っ払うとだらしなくなる人間が大半だが、どうした訳かメルヒェンは普段よりも目が冴えているように見えた。その癖、口調は熱っぽい甘さに満ちているのだから堪らない。
「気持ちいいみたいだね……肌が赤い」
「やだ、メル、言わないで」
「綺麗だよ。隠さないで、僕に見せて」
「……っ」
 こんなに真っ直ぐに言葉を届ける人だっただろうか。確かに幼い頃に出会った彼は素直な少年で、思うままに言葉を重ねる人だったけれど、大人になって再会した彼はいつも控えめで不器用な愛し方をしてくれた。だから今こうして背中がむずむずするのは、初恋だった当時のメルに再び出会った気がするせいかもしれない――。勿論、どちらも恋しい人に違いないのだけれど。
 貴公子ぜんとした夫の手つきはどこまでも優しいのに、そこから生み出される心地よさはむしろ怖いくらいだった。尖らせた舌で耳の中をねぶられると、意識の底まで彼の吐息で染まる。エリーザベトは何とか目を開けて抗おうとしたが、薄い衣越しに片胸をやんわりと包み込まれ「君が僕の肘を触って、掌にぴったり収まる感覚が好きだと言っていたけれど、多分こういう気持ちなのかな」と押し上げられると、言葉にしがたい羞恥で目尻が潤んだ。どう反応していいのか分からない。
 普段とは違う手順で事が進んでいく。何だかよく分からないうちに全身から力が抜けてしまって、気がついた時にはとろとろになった場所に指を這わされていた。ひきつった声を上げて顔を埋め、シーツにすがって身悶える。
 浅く潜った指は徐々に深さを増し、不意に引き抜かれると、代わりに夫の熱が穿たれた。足先まで真っ白な光が走る。甘やかな重みに苛まれてエリーザベトがびくりと体を揺らすと、もっと奥まで入らせて、君を感じさせてと低く囁かれ、ああ私、本当にときめきすぎて死んでしまうかもしれないわ、とおぼろげに思った。




END.
(2012.02.21)




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