皿の上の四本の脚




Prince×Sleeping Beauty








 週に一回、応接間から料理を運びこんで行う私達の遊び。
 鶫のグラタン、ベシャメルソース入りの軽いパイ、つやつやした腸詰肉、黄金色のスープ、砂糖で包んだアーモンド、薔薇香入りの葡萄酒。輝かしい食卓。
 赤ん坊がいるんだからたくさん食べるんだよと、彼は私の皿に食べ物を取り分ける。私は卵や砂糖を一杯使った甘い物が好きだけれど、王子様は肉や魚やパンのような力の付く物が好きだ。けれども皿に盛る時は区別せず、均等に美しく取り分けるようにしている。
 そうして私達は二人きりの晩餐を、寝室の小テーブルで行うのだ。この時ばかりはフォークやナイフが鳴っても気にしない。気にせず、どんどん食べる。順番も気にしない。デザートから食べ始めてもいい。だってこれは贅沢な遊びなのだもの。
 グリーンピースは悪夢を引き起こすと聞いたけれど本当かな、と彼が言った。今度はどうやら消化学についての本を読んだらしい。王子様は美食家で知らない国の料理を次々取り入れるので、この城の料理人はいつも新しい調理法を取得するのに大忙しだ。馴染みの薄い新大陸の野菜も積極的に取り入れているせいで、私達の事を未開な味に挑戦する命知らずな人間だと思っている人も多い。
 オードブルを食べ終えて葡萄酒で唇を湿らせる頃になると、私はどきどきし始める。ひっそりと舌で唇を湿らせて、タイミングを見計らい、思い切って台詞を言った。
 これって貴方と口の中でも、同じ味がしているのかしら?
 王子様はくすくすと笑って、そうだね、違うかもしれない、と意地悪そうに言う。だって僕の舌は特別制だからねと。
 雪白ちゃんに「旦那様が食人鬼って本当?」と無邪気に心配された事があるけれど、実際の所、彼の嗜好が本当は何なのか私もよく分からない。カニバリズムと言う言葉はどこか軽快な響きがあって、おどろおどろしい内容とは掛け離れて聞こえる。王子様の綺麗な容貌と相まって、それは丸っきり別物に感じられた。それに、彼が本当に人間を頭からむしゃむしゃ食べてしまう訳ではないし。
 多分、彼はとても口の感覚が鋭いんじゃないかしら。美食家な彼の事、林檎の皮の歯応えや半熟卵の精細な温かさなど、まざまざと感じ取っているのに違いない。だから彼は気に入りの物があると口と舌で確かめてみたいのだ。例えそれが人間であっても。
 やってみようか、と王子様が言った。僕の舌と君の舌が同じかどうか。ついでに本の内容が本当かどうか確かめてみよう、と。
 彼はソースで指が汚れるのも気にせずに、例のグリーンピースをひとつ摘んだ。落ちないように片手を添えて差し出されたそれを、私は笑い出さないように苦労しながら口を開けて受け取る。舌と前歯の間に落ちた物を包む込むように口を閉じると、王子様は椅子を動かして小さな丸テーブルを回り込み、膨らんだ私のお腹をそっと撫でてから体を押し付けてくる。ソースが付いた指を先に舐めてあげると、彼は満足そうに私の顔に手をかけてくれた。
 口移しのキス。言葉を紡ぐより大事な役目がある事を、私は彼の唇に教えられる。
 彼の舌が滑り込み、ゆっくりと私の口の中で獲物を探り始めた。けれどグリーンピースは小さすぎて二人で食べるには適さない。舌に押され、どんどん頬の奥に潜り込んでしまう。どうにも我慢できなくてくすくすと肩を震わせると、集中して、とたしなめられた。けれども彼も笑うような声音になっているから丸っきり説得力がない。
 私は途切れ途切れに息をしながら、舌を使ってグリーンピースを前に押し出してあげた。お互いの息が肺にまで届いて、とろとろと内側から煮詰められていくような心地がする。やがて王子様が顔を深く傾けてきたので、絡め合う舌に夢中になっているうちに飲み込んでしまった。あっ、と思った時にはグリンピースは私のお腹の中に消えている。
 王子様はくっついていた鼻を離し、失敗しちゃったな、と笑った。失敗しちゃいましたね、と私も頷く。今頃は赤ちゃんが食べているんじゃないかしらと推測を口にすると、王子様はくすぐったそうに目を細めてくれた。
 今度は彼の口の中で食べる。歯先で裂けるむっちりとした蒸し鶏。顔を傾けて彼にキスをすると、髪の間に手を差し込まれて引き寄せられた。舌を入れてみると、スパイスと肉の味が一杯に広がって自然と唾液が湧いてくる。料理は先程よりもずっと美味しくて、何より二人で食べるのには都合がいい。私はすっかり魅了され、一生懸命に舌を伸ばした。
 錯覚かもしれないが、やはり彼の口の中の方が美味しく感じられる。噛んで細かくしてくれた蒸し鶏を探し出し、ひとつひとつ掬い上げるようにして食べた。雛が親鳥から餌をもらうような格好で、歯と舌と肉と、それから唾液が奏でる官能的な音を聞く。私はお腹の底に熱が堪っていくのを感じながら、それを次々と飲み込んでいった。体中を触ってもらいたくてそわそわする。
 耳の裏を優しく撫でられて、思わず背中が揺れた。王子様の手は私の首筋をなぞり、裏返され、指の背で胸の谷間を辿る。身籠ってからは胸が張るようになったので触られると少し痛むけれど、肉の薄い場所から膨らみへと登っていく優しい接触は、淡くしびれる感覚を引き起こした。私の体は彼に可愛がられる喜びをとっくに知っているのだ。
 こうなると食事は中断。椅子から立ち上がった彼の膝が私の膝を割り、口の中に残っていた料理を飲み込んでから、なだらかに膨らんだお腹に口付ける。それから軽く唇を開き、頬を膨らませて息を吹きかけた。子供をあやすような愛撫。ドレス越しに吐息の暖かさを感じる。それから浅く歯を沈め、はむはむと甘噛みする感触も。
 赤ちゃんがびっくりしちゃいます、と忠告すると、両親が仲良くして喜ばない子供がいるのかな、と返された。
 ゆっくりと胸や腰を撫でられ、身をくねらせる。喘ぐ合間に口の中に残っていた食べ物を飲み込み、彼と一緒に葡萄酒を飲むと、もう熱くて堪らなくなった。
 彼は卵の殻を剥くように、汗ばんだドレスの裾をたくし上げる。閉じていた貝肉を揉み解され、私は小さく悲鳴を上げた。妊娠してから濡れやすくなったその場所は、彼の指に導かれて徐々にぬかるんでいく。私の内側はぐちゃぐちゃのスープのようになっていく。
 うっとりと吐息を漏らした時、太股に添えるように彼の腰が押し付けられて、その火花に目の前が霞んだ。一番敏感な箇所を触れ合わせる行為。
 股の間、お互いの気持ちのいいところを探り合って体を揺らす。赤ちゃんに万が一の事があってはいけないから中まで迎え入れる事はしないけれど、キスをして、前髪をもつれさせ、時々くすくすと笑って、お互いの喘ぎ声を引き出すのはとても素敵な時間だ。体勢がきつくなってきたなら隣の寝台に移動すればいい。耳朶に歯を立てられて囁かれる愛の言葉の数々に、食べたいくらい、の意味合いを私は確かに感じ取る。
 今では彼の気持ちがすっかり理解できた。たくさん頬張って、体の奥まで大好きな物で一杯にしたい気持ち。噛み締めて、味わって、自分の中に取り込みたいと願う気持ち。とても分かる。
 食卓の楽しみと官能は、私の心をふくふくと肥え太らせてしまった。子供の頃は食べ物で遊ぶなんて信じられなかったけれど、彼の真似をして舐めたり噛んだりしていると、この贅沢な晩餐を心底堪能している自分に気付く。
 骨まで食べられてしまいたい。髪も、肌も、胸も、お臍も、脚も、彼ならばどこだって。
 私達は喘ぎながら終わりを迎え、汗を舐めてデザートにする。そしてまた次の輝かしい食事の為に、ゆっくりと眠って消化していくのだった。






END.
(2011.08.29)

王薔薇は甘々で。ジム・クレイス『食糧棚』と言う本に、お互いの口でパスタを食べあう母娘のショートショートがあって、それに触発されています。


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