こ こ ろ と こ こ ろ
" An event of the morning. "
小さな小さな女の子が、キャメロット城の長い廊下を走っていた。
ここは知らない場所だ。
朝起きて、いつもと違うベッドに寝ていたことに驚いたのも束の間、誰もいなくて不安になった。布団からよいせと抜け出してみたものの、着ていた服が大きくて落っこちそうになった。辺りを見回しても、着られるものは今着ているもの以外に見当たらない。靴もないけどないものは仕方が無い。もう一度ぐるりと部屋の中を見渡しても、見たことがない部屋だったし、外に出てみることにしたのだ。
そんな風に意を決して出てきたものの、朝早いせいか、どこを見ても人の姿を見かけない。挨拶などをするにも人がいないのだから、どうしていいものやら困ってしまった。
立ち止まり、自分の手を見る。いつもの自分の手だ。でも何となく違う気もする。おかしいな、と思いながらも何がおかしいのかはさっぱりわからない。
きゅっと手を握ってまた、歩く。お兄ちゃんはどこにいるんだろう。
*
「今日は、朝です。早起きです。だから、朝食を作ります」
やる事を口に出してみた。朝起きたら、皆で朝食を取る。今でこそ当たり前の事だけれども、ほんの少し前までは、魔法使いにただ使われていた頃には、考えられなかったことだ。
普段は掃除などをしていることが多いのだけれど、最近は「料理も覚えようか!」とティタやアーサーが言うので頑張っている。調理されたものをただ食べているだけだったので、たとえ上手にできなくても自分で料理をするのはとても楽しかった。
「…誰かいませんかー」
小さな声に私は立ち止まる。こんな朝早くから子供が城の中にいるなんて珍しい。食料などを届けに来た業者の子供だろうか。ふわりと自分の紫の髪の先が揺れる。何となく気になって、声の方へと歩いていった。
*
頭を抱えた。
こんこん、と朝も早くから部屋の戸を叩くのは誰だろう。着替えはもう済んでいたから「いいよ、どうぞ」と迎え入れると、そこには遠慮がちに顔を出すニムエとだぼだぼの服を着た小さな女の子の姿があった。
あれ、と目をこする。俺はまだ寝てるのだろうか。それとも夢をみているのだろうか。あの服は妹が着ているパジャマだ。それに、あの小さな女の子には見覚えがある。ニムエの表情は変わらないものの小さな女の子の手を引くその姿はぎこちない事この上ない。
「アーサー、私、夢?」
俺と小さな女の子を交互に見返して、首を捻っている。不安そうにしていたその子は服を摘んで、たーっと勢い良く走って来た。「お兄ちゃんだ!」と笑顔でいっぱいにして俺の所に、真っ直ぐやってくるので、やっぱりそうなのか、と手を広げた。
「…あれ?でも、お兄ちゃん…大きくなってる…?おかしいな…?」
女の子は、ほんの少し手前でゆっくりと足を止めて、首をほぼ垂直に上に向けて俺を眺めている。何だその面白い呟きは、と思わず笑ってしまった。
「大丈夫だよ。俺の方がちょっと先に大きくなっただけだから。ご飯ちゃんと食べてよく寝たら、ティタもすぐ大きくなるよ。それにしても、よくここまで来れたなぁ」
「うん、このお姉ちゃんが助けてくれたの」
「…お、お姉ちゃん…!」
滅多に言われることのない単語に、ほんのりと頬を赤くしているニムエが何度か繰り返している。
安心させるように言いながらよいしょっと抱き上げた。小さくなった分だけ軽い。小さなティタはぱあっと顔を輝かせてしがみついてきたので、背中を軽く叩いてやると、「きゃぁ!」とまた笑っていた。何だかこんな小さな妹の姿を見るのは、当たり前だけれどもかなり久しい。あの時は自分も小さくて、何をするにも二人で生きていくためにと、そればかり考えて、余裕など全然なかったことを思い出す。
「そっかー。お兄ちゃんだもんねー。先に大きくなるよね!」
そんな気持ちを払拭するような、可愛い声に顔が笑う。それにしても、これまたよく分からない納得をしているものだ。ニムエも聞こえたらしく、軽く吹き出していた。「高ーい」と嬉しそうにはしゃいでいるのが微笑ましい。
けれども、そうしてのんびりともしていられない。
「ニムエ、フェイを呼んでくれるか?」
「アーサー、この部屋?」
「いや、厨房に行こう。今日は俺が朝飯作るよ」
「分かった。すぐ、追いかける。から」
「うん、頼むな」
小さな小さな妹を抱っこしたまま、一先ず厨房に向かう。さて、今日は一体何を作ろうか。そんなことを考えるのも、ずいぶん久しぶりだった。
"こころとこころ"
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( あさのできごと )
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An event of the morning.
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