早朝の涼しげな空気の中、何人かで朝稽古をしていた時だった。慌ただしく靴を鳴らしてやってきたのはグィネヴィアで、打ち合いの中を物ともせずやって来て、ぐっと詰め寄ってきた。あまりの剣幕に、こちらの方がたじろぐ。
「ちょっとアーサー!朝から稽古している場合じゃなくてよ。魔法使いの居場所をようやく突き止めましたの」
「普通朝だから稽古するんだろ!…えっ?…今なんて」
「んもー!耳の穴かっぽじってよくお聞きあそばせ!!」
モードレッドが模擬剣を収めて、やれやれと明後日の方向を向いている。この湖の管理者たる姫君の荒唐無稽な所作にはだいぶ慣れてきたつもりだが、さすがに今回のような場合はきちんと叱らねばならない。
やりましたわ!と言わんばかりに誇らしげな顔をしているのはいいのだが、きちんと言葉を選ばないとへそを曲げるのは目に見えている。
他にいたのはコンスタンティンやトールにガレスだが、総じて気づかないふりをしていた。ここに来てそんなに間もないコンスタンティンでさえもグィネヴィアのことをそれなりに理解しているようなのがなんだか笑えてしまう。
「…アーサー?どうしましたの」
「いや。あのさ、怪我するからさ、ほんとにいきなり入ってくるのはやめてくれ。たまたま当たらなかったから良かったものの…お前、お姫様なんだぞ?」
「…むぅ。うっ、えっと…ええ、気、気をつけますわよ!だから話を聞きなさい!」
深呼吸をして、ゆっくり目に喋ったのが意外に功を奏したらしく、機嫌を損ねることはなかった。それに気づいた周囲の空気が何となく柔らかく落ち着いたのは、気のせいではなかっただろう。
*
食パンを丁寧にスライスしていくのを、横でニムエがまじまじと見つめている。あまりこうして誰かにじっくり見られながら調理することがないので緊張してしまう。うっかり手でも滑らせやしないだろうか。ゆで終えていた卵の殻を彼女にむいてもらいながら、私はすっすっと包丁を動かしていく。
「はー、切れます。薄いです」
「そうだよ、サンドイッチ作るから。その卵は殻がむけたらそっちのボウルに入れて…」
「スプーンで、つぶします」
「うん、その通り!」
掃除のやり方を教えたり、こうして料理を教えたりとなぜか先生なのか母親なのか、姉なのか良くわからない立ち位置にいる。切ったパンの枚数を数えて、後もう一斤いるかなと思いつつ、考えるより手を動かせ、ともう一本切った。その後はひたすらバターを塗って、卵をつぶしていたニムエのボウルに塩コショウを一振りする。塩もみの済んだキュウリだけをはさんだシンプルなサンドイッチと、ハムや卵などを挟み込んだものと二種類作って、パンの真ん中で半分に切って、重ねてしばらく馴染ませる。ニムエはバスケットを持ってきて、そこにペーパーを敷いてからサンドイッチを一つ一つ置いていった。
「食べる。食べられない。ティタ、困る?」
「んーこれぐらいなら多分みんな平らげてくれると思う。多分」
「次は、お菓子。食べる。…違う、作る」
「あはっ!じゃあ、ティータイムのお菓子もまた作ってみようか」
私の言葉に素直に頷いて、埃をかぶらない様にと丁寧に白いハンカチを被せている。
*
誰かのお腹が鳴ったのが聞こえて、皆が動きを止めた。トールは気づいていないようだし、コンスタンティンは無心に素振りをしている。となると、私たちではないんだなとアーサーたちへと視線を向けると、グィネヴィアがほんのりと頬を染めていた。
「あっははは!ガレス、相変わらず面白いねー、グィネヴィア様」
「…トール…たまに心配になるけどね…」
「湖の管理者とは面白いものだな、ガレス、トール」
「別に受けを狙ってはいないと思うな、コンス…」
そばにいたアーサーとモードレッドの二人は、気を利かせたのかそうでないのか、聞こえてない振りをしていた。それは間違いなくベストな行動だったと思う。ふぅ、と息を吐くと話し声がどんどんと近づいてきた。ここにやってくるというのなら、きっとティタかフェイ辺りだろう。
「あ、いい匂いしますよ。なんだろ。わーい」
トールがそう呟いて、急いで剣をしまい込んで走っていった。その先には案の定ティタがいて、もう一人はニムエが珍しげに辺りを見渡しながら歩いている。もう一度グィネヴィアたちの方を見ると、やはり彼らもお腹の音には気づいていたのだろう。心底安堵しているのが伺える。もしかすると、この城―いや、ブリテン最強はグィネヴィアなんじゃないかと、そんなことが頭を過ぎる。
*
サンドイッチを皆で分け合っていると、フェイがグィネヴィアに向かって「探しましたよ!」と駆け寄ってきた。ある程度はグィネヴィアが先に僕たちに魔法使いの居場所や目的をざっと説明してくれていたものの、フェイだけは大きくため息をついていたのだった。
「…ゴアって、ユリエンスが治めてた街だろ?街はともかく城や砦はモーガンが破壊してたじゃないか」
「アーサー様、マーリン様の知識や技術、魔法があれば施設の機能などを回復させるのは造作もありません」
黙々と行儀よく座って食べていたコンスタンティンも、何かを思い出すように視線を下げつつ頷いている。もう一人はどうか、と視線を向けると、こちらはこちらで「私も、作った」とガレスやトールに暢気に報告している。その一方で、そういえば今朝方はラーンスロットがいないことにも気がつく。彼にも用事の一つや二つあるだろうが、ここにいないのが珍しいことには変わりない。
「どしたの、モードレッドまで渋い顔してるよ」
「ん、そうかな…」
ティタに声をかけられて、少しだけ笑って見せる。頭一つ分くらい背の低い彼女は、ただ、僕を穏やかに見ている。
アーサー達が決めることに基本的に反対はしない。あくまで僕自身に課せられている"審判役"の領分を越えることはしない。するつもりは、ない。余計な心配をかけるつもりもないので、ふと思い出したように、話を変えてみた。
「そうだ、ご馳走様、ティタ。サンドイッチ美味しかったよ」
「ほんと?ニムエにも言ってあげて!きっとすごく喜ぶよ」
「ははは、そうだろうね。あっちを見てると、何だか楽しそうだ」
何かを感じ取っているのか、ティタは押し黙っている。上手く誤魔化せる事が出来ればと思ったけれど、それもどうやら、難しいらしい。ティタに「手を出して」とだけ言う。「なに?」と素直に差し出されたその手を、右手で取り、左手で包むように重ねる。
「やっぱり小さいね、僕より」
「…えっ?あっ、…うん。うん、そうだね…」
*
少し離れたところでティタさんとモードレッドさんが話しているのが見えました。フェイさんの説明もあらかた終わって、「さてどうしようか、な」とアーサーさんが言っています。これまでの経緯からすると、私たちの王様の取りそうな行動なんて、すぐにわかりそうなものでした。けれども、彼の口から出てきた言葉は、次の進軍の話ではなくて拍子抜けしてしまいました。
「それにしても、細っこいのにみんな良く食べるよなぁ」
「…ほほぉう、アーサー。私たちに喧嘩を売ってるね!」
「はい?!いや、結構あったのになくなってるなと思っただけだよ、ガレス!」
かちーんと何かいい音を鳴らしそうな勢いで、ガレスがすっくと立ち上がってアーサーさんに口を尖らせています。見ている側の私には、何とも微笑ましい風景です。
「仲良きことは美しき哉。そうだよねぇ、コンさん、フェイさん、ニムエさん」
「お腹一杯になった」
「…こ、コンスタンティンはマイペースですよね」
「おやつも、頑張る」
そんな会話を珍しく見守るグィネヴィアさんも可笑しそうに笑っていて、フェイも苦笑を浮かべた後、静かに目を閉じていました。たまに見かけるのですが、妖精としての演算機能を使う時に集中するからこうなるそうです。
ふわりと、私のポニーテールが風でなびくのが分かりました。地面に生えている雑草も小さくさわさわと揺れています。
戦うことしかできないからこそ、穏やかな風が吹いていて欲しい。それぐらいは願っていても、多分良いはず、です。
( 風 に 向 か っ て 走 る )
title /
サロメ
Run against the wind.
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