I wish that there is just small happiness.
ほんのささやかな幸せがあればと、願うのです。
買い物を終えて部屋に戻ろうと袋を抱えて城内をのんびりと歩いていた。窓際を歩いていると、穏やかな日光が暖かくて気持ち良い。開いている窓があったので、そちらへとふらふら引き寄せられてしまいそうになりかけた所で、遠くでかしゃーんと何かが割れる音が聞こえて、私は焦った。私の部屋はお兄ちゃんの部屋を通り過ぎた先にある。もしかしたらと思い、袋をぎゅっと抱きしめるようにして走った。
「お、お兄ちゃん?!どうしたの!」
「あ、やば」
「…はい、お掃除をしています。…いました」
「あははー…いいところに来てくれましたね」
ノックも忘れて部屋の戸を勢いよく開くと、盛大に花瓶が割れていた。中にいたのはお兄ちゃんとニムエとフェイだった。フェイが苦笑しながら花を拾い、お兄ちゃんが花瓶の破片を拾っては、近くに広げた紙の上に置いている。
「ニムエ、お前は動くな。お願いだから、動くなよー」
「は、はい。動く…いえ、私はここに固定されます」
「フェイもそれ拾ったら、危ないからどいててくれな」
「あちゃー…何してたの…?」
「「掃除」」
「…へ、へぇ」
二人の様子を見る限り、花瓶を割ってしまったのはどうやらニムエらしい。それ以上動かないようにと言われてぴたりと止まり、微動だにすらしないのは見事だった。フェイも手際よく破片にまぎれた花を拾いきって、その場を離れてニムエの手を引いた。私もソファの端に袋を置いて、二人のそばに行く。
「ニムエもフェイも怪我してない?大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ、ティタ」
「落とした、ごめん、なさい…」
「気にすんなって。次気をつけたらいいんだからさ」
余った紙でフェイの持っていた花を軽く包む。後で新しい花瓶を持ってこよう。そう思いながらお兄ちゃんに声をかけると、どうやら作業を終えたようで、丸い紙の塊が出来ていた。それを片手に持って、立ち上がって私たちに微笑んだ。
「捨てに行くついでに、手も洗っとくか。よし行くぞー」
「ええ、行きましょうか。ほらニムエも」
「返事は、はい」
「そうだ、私はちょっと新しい花瓶取って来るから」
*
テーブルの上に置かれた人数分のカップには、ほわりと暖かな湯気が立ち上る。落ち着くにはまず紅茶、と言うのはブリテン人ならではかも知れない。他の街から預かった書類を手にやってきていたラーンスロットもいるので、結構部屋が窮屈になってきた。
「ん?私の分はいいよ、ティタ」
「あ、ラーンスロット…別の用事あったの?ごめんね」
「…はは、いや、別にない。じゃあ、もらおう。ありがとう」
「どういたしまして!フェイもニムエもほらほら、座って座って」
「そうだ、この前マスターにもらったパーキンがあるから、今出すよ」
「お菓子…好き」
「あははは!それはちゃんとわかるんだな。待ってろ」
「二人ともお茶好きですねぇ」
ラーンスロットがフェイに資料を見せながら、何か手短に説明している。後で俺も見ておかないといけないな、と思いつつ棚から四角いブリキの缶を取り出した。ちなみにこのパーキンは、オートミールと黒糖蜜、ジンジャーを使ったケーキだ。マスターの好みでちょっと固めのビスケット風味にしてある。たまにしか行かないのに「土産だ」などと言って持たせてくれるので、結構缶もたまってきたな、と思う。受け皿を一枚出して、テーブルに置いて、缶のふたを取り適当に盛り付けて出す。
「でも、大分言葉は理解してくれてるような気がするんだよ、ニムエは」
「あ!私もそう思う」
「それでも、繰り返しになりますが、妖精としては基本的に会話機能はありません。対人言語機能・魔法はおまけでしかありませんから…ない方が使用に負荷はかかりませんし、本来の機能がきちんと発揮できるのですよ」
「そういうもんか…」
「そういうものだよ、アーサー。妖精に人の理を押し付けてはいけない」
「…ん、そんなつもりもないんだけど、さ」
ラーンスロットの言葉が聞こえたのか、ティタが俺の方をちらりと見て微笑んだ。部屋にいくつか置いてある丸椅子にちょこんと座ってカップを手にしているニムエは、のんびり一息ついているようで、少しだけほっとした。
*
「…ただ、対等にありたい、って思うだけなんだけどな」
難しいな、とアーサーが小さく言うのが聞こえた。手渡されたソーサーの上のカップの中は、柔らかく淡い黄色みがかった水色の紅茶がたゆたう。ティタが「ダージリンなのでストレートがおすすめです」と真面目な調子で言い、くすりと笑った。
「さっき買ってきたの。早速入れる機会があってラッキーだったよ」
「そうなんですか?はー、和みますねぇ…」
「ティタ、砂糖なしでも、美味しい」
「そう?ニムエ、ありがとね!」
いつの間にか、女の子が三人固まって世間話に興じている。約一名はフェイとティタの会話を必死に追っているようで、時折頭上にクエスチョンマークを浮かべているような顔つきだった。
「ま、掃除もおいおい覚えてもらうさ!今度はちゃんと説明する」
「おいおいアーサー、そっちの話か」
「いや。ま、それは半分冗談だけどな」
「…悪かった。先ほどの言葉は撤回する」
「何がだ?」
「"押し付ける"と言ったことだよ」
一瞬きょとんとした顔で、アーサーが私を見ていた。そしてすぐに「言ってもらわないとわからないこともあるから、むしろ有難いかな」と破顔一笑している。この鷹揚さは、こちらが見習うべきかも知れない。アーサーは気にせず、パーキンを二、三個摘んで口を動かしながら、持ってきた資料をぱらぱらとめくっていた。
*
「あの、アーサーさま?ところで、街の中央にある遺跡―見張り台代わりに使っているものについてですけど」
ラーンスロット様との会話が少し途切れたのを見計らって声をかけると、アーサー様は顔を上げて私を見、頷いていました。口の中にまだお菓子が残っているようでしたので、簡単にあの遺跡についての説明をします。あれは、"断絶の時代"に使われていたものであろうと、そうした大まかな推測にはなりますが、紅茶を流し込んで眉を寄せていました。
「妖精語は難しすぎるなぁ…」
「すいません、用途などもわかればもっときちんとした説明が出来るとは思うんですけど…」
「フェイ、それは今さらだ。断絶の時代のことなどわかる者など、もういないといっていい」
「ラーンスロット様…そうですね…」
「…。アーサー、ティタも、顔、黒い」
「…ニムエ、それは多分"暗い"が正解ですよ」
「むむ、難しい…」
ニムエの言い得て妙な表現に、皆が苦笑しているところに、大事なことをもう一つ思い出しました。あの遺跡では、王とエクスカリバーの成長データを集めていた事を伝えると、また紅茶を一口飲んでさらに渋い顔をしていました。ティタが「そこまで渋い顔しなくても」と嗜めています。
「あのさ…マーリンがものすごく何か仕込んでそうな気がするのは俺だけか…?」
アーサー様の言葉に、ラーンスロットも渋面になってしまいました。そして、二人して「他の拠点にも、同じ施設があったな」と相談を始めています。依然見たレポートにも、第二期戴冠作戦の事がありました。ティタがニムエに「何か聞いてた?」と問いかけていますが、ゆるく首を左右に振っています。私たちも詳しいことは知らないのですし、彼女も知ってはいないでしょう。必要があればその時にマーリン様からプログラムの入力・ダウンロードがなされるだけです。
「事実、仕組んでいただろう、アーサー。第二期の王たちの記録の全てが第三期に繋がる。よりこの国に相応しい"王"を作り出すために―コンスタンティンに全てを担わせるために」
「ラーンスロット…」
「まあまあ。俺たちが王になる前からこの遺跡はあるんだし、今とやかく言っても仕方ない。コンスタンティンはこちらにいるけど、あのじーさんなら計画の修正をしようとするはずだ。さっさと居場所を見つけて、なんとか話だけでも…しないとな」
「真面目、アーサー…」
そっとニムエの頭を撫でて「俺は俺のしたいようにしてるだけだから」とアーサー様は私を初めとした皆に笑顔を向けていました。それは何かを吹っ切ったように、清々しくて私は驚きました。ラーンスロット様がどことなく嬉しそうなのが、私の胸にも残りました。
「これが王の強みというものかな、フェイよ」
「そうですね、ほんと困った方ですよ…!」
「ははは!困ってるとは知らなかったな」
「もう、なんだか勝手なこと言ってる。ねー、ニムエ」
「ん、ティタ、わから…ない…」
「別にそれぐらいいいけど、俺」
アーサー様が皆に向かって、「ぼちぼち準備するつもりだからな」と、カップの残りをぐいっと傾けました。
それを見たニムエが一瞬、複雑そうな表情で視線を落としたのには、この時は誰も気づいていなかったのです。それがわかるのは、もう少しだけ―…先のことでした。
( で も 私 は 本 気 で す か ら )
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空合
But I'm serious.
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