Small talk ; 小話"Life goes on."
「うんうん、可愛い可愛い!妖精さんたちはほんと可愛くてうらやましいよ」
ニムエの煌くアメジストの様な、さらさらとした髪をブラシで梳きながら、ユーニアは上機嫌だった。私は付き添いでやって来ていたけれど、褒められて満更でもないらしいニムエの表情は見ていて可愛らしかった。
「私、そういうの、わからない」
「いいのいいの!分からなくてもいいの!私がより綺麗に可愛くするからご心配なく!」
「あ、えと、その」
「あははっ、ニムエ、大丈夫だよ。ユーニアの腕は確かだから」
それは本人も分かっているので頷いているものの、ただ、ユーニアの勢いには少し押され気味らしく、両手が小さく上下に泳いでいる。鏡台の前で大人しく座ってくれてはいるものの、緊張が度を越したらその内魔法でも詠唱するんじゃないだろうか、と思ってしまった。
嬉々としてメイクをし、服を選ぶ。何度か同じような経験をした身には、見ているとなんとも面映いものだった。けれど、これはこれで魔法の一種かもしれない。やや照れながらも困惑しているニムエは、「わかりません」「変です」と言っていた。
「で、これらの妖精語をアクティブに捉えたら、"恥ずかしい"ってことでいいんだよね、ティタ」
「うん、そうだと思う」
「あ〜、なんでコンスタンティンも連れてきてくれなかったの!楽しみにしてたんだよ!」
「んっ?コンスタちゃんは騎士らしく"鍛錬に励む"とか言ってラーンスロットたちとよく出かけてる」
「勿体無い、それは勿体無いよティタ!」
私に言われましても、と返しても神妙な顔つきで言うのだから、多分本気だ。見かけたら問答無用で向かって行きそうな気がする。それでも手はきちんと動いているところがさすがメイクアップアーティストたるところだろう。髪も綺麗にゆるくサイドアップにして、アクセサリーをつけて満足そうにしていた。
「はい、お待たせ。おしまいだよーニムエ。さあティタや皆と遊びに出かけておいで!」
「…遊ぶ?出かける?」
「外に出ようって事だね」
「んー…。ティタ、ユーニア。命令に、ない、こと…簡単じゃ、ない」
おずおずと立ち上がったものの、やや俯きがちにそう言うニムエに私たちは顔を見合わせた。ふむ、とユーニアは手早くメイク道具を片付けて、「私も着替える」とクローゼットから別の服を選んで素早く着替えた。
待っている間、私はふと気が付いた。フェイもそうだけれども、つい忘れそうになる。どれだけ見た目が私たち人間に近くても彼女は"妖精"なのだ。どうしても基本的には行動原理を入力されているらしいから、動きもそれに沿ったものになる。少し考えてニムエに顔を寄せると、淡くはにかんでいた。
雑踏を皆と一緒に歩く中、むむむむむ、と唸っているのはニムエだった。私はラーンスロットの背中を追い、ニムエが私の後ろを付いて回る。ユーニアはいつの間にか合流していたトールやリールドと、フィッシュアンドチップスを摘まみながら話に花を咲かせていた。どうやら、彼らは彼らで先ほどまでは自主練をしていたらしい。それが終わって昼食にと出かけようとしたところで出くわして、そのまま一緒に出かけていると言うわけだ。
「あー、私は割と妖精には好かれないようでね」
「え、どうして?」
「そうだなぁ、私が…まあ、そういうことだから」
「今ものすごーく端折ったね?…うん、でも、女王様…最近どうしてるかなぁ」
「はははは!ま、あの人は誰かに心配されるほど柔ではないだろうさ」
でも、さしもの異界の女王もその言葉を聴いたら喜ぶだろう、と微笑んでいた。肩にそっと華奢な手が乗せられて軽く振り向くと、ラーンスロットに威嚇するような声音を出している。折角可愛くしているのに台無しだなと暢気に思ってしまった。
「が、がおー!」
「ははは、妖精ニムエよ。別にティタをとって食いやしないよ」
「食べ物じゃないしね」
「ん、はははは!…ま、そうだがね」
「ラーンスロットさん、どこ行くんでしたっけ?」
「さあな。ただぶらついてるだけだが」
「あっ!俺ちょっとあそこの屋台見てきまっす!」
「リールド!財布なしで行ってどうするの!」
ニムエの小さな咆哮を皮切りに、わっと皆が集まってきた。トールもニムエの上に被さるように抱きついてきてよろけてしまい、目の前にいたラーンスロットに皆して抱き留められる格好になった。
「…姫様方よ、少々お転婆が過ぎるぞ?」
「うー!」
「あはははー。ラーンスロットさん、こういう時は"役得"って思うところですよ!」
「トール…もっと女性らしい言い方をしなさい」
「あ、あのぉ、それはいいから。わ、私潰れる…ニムエもトールも…ちょっと離れて…って、ら、ラーンスロットまで力入れないのー!苦しいよ!」
よくわからないままお団子のような状態になっていて、ユーニアに助けを求めようとしていたら、視界の端でリールドを追いかけていくのが見えた。カエルが踏み潰されるとはこういうような状況なのだろうか。
ふぅ、と大きく息を吐いて顔を上げると楽しげに子供っぽく笑うラーンスロットと、相変わらず口を尖らせるニムエの顔が横にある。トールはトールで「うふふ」と何やら悪巧みをしていそうな声が聞こえてきたけれども、まあいいか、と私は苦笑するしかなかった。
Life goes on.
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