OK, what would you do?
さあ、どうする?
一人の女の子の部屋に今何人かが集まってきていた。一人部屋なんてそんなに大きく造られているわけではないから、人数が集まるととにかく狭い。
「ウィル、果物有難う!あの子達も喜んで食べてたよ」
「見た見た。無表情である意味すげぇわ!」
嬉々として俺に報告してくるのはティタで、この部屋の主だ。ここ数日は本当に入れ代わり立ち代わり人が出入りしているらしい。
ちなみにこいつの部屋を使っているのは、しばらくの間だけでも静かに過ごさせようと考えたかららしい。こんなに人が溢れていては、あまり落ち着けそうにもない気がしたが。そんな俺の表情に気が付いたらしく、ティタも苦笑いしている。
「コンスタンティンとニムエ。次の王様候補と魔法使いの妖精さんってやつか」
「あ〜…うん、そういうことだよね」
「おーい、ティタ…ってウィルじゃないか。どうしたんだ?」
「おうよ、アーサー。何か他にいるもんないかと思ってな」
「…あはは!ティタもだけど、ウィルも大概世話好きだよなぁ」
にかっと、おどけて両手を挙げるアーサーだが、こいつには言われたくない。ぺしっと軽く頭をこづくと小さく「いてっ」と呟いている。そもそもこの兄妹の世話好きっぷりは、度が過ぎているんじゃないかと思う。
「ま、俺はちょっと外に出てくるからさ。後は頼んだ」
「?うん。いってらっしゃいお兄ちゃん」
そういって手ぶらでさっとどこかへと走っていってしまった。ここのところ、落ち込まされたり励まされたりと忙しそうだが、ああして元気に走り回れるのはいいことだ。後から俺も謎のレポートとやらを見せてもらったが、ノーコメントとだけ言っておく。
しばらく部屋の周りにいた他の何人かとも話をしたが、あのレポートに関しては「内緒な」と口止めされていた。確かに、どこから漏れるとも分からないのは頷ける。読んだ後はフェイがどこか内緒の場所に隠したらしく、所在はもうアーサーもティタも知らないらしい。それでいいのか、とも思ったが多分いいからそうしたに違いない。
「で、他に何かいるのか?」
「んー、もっかい果物!私も食べたいから」
「…ははっ!色気よりなんとやらだな。もう少し動けるようになったら、一緒に出かけてやれ」
「あっ、それいい!そうする!」
喜ぶティタの頭を撫でて、幾つかのメモを貰う。本当に機嫌が良くて、ついついこちらも顔が綻ぶ。
「いやぁ、アーサーに一回なってみたいわ」
「…え、王様になりたいの、ウィルは」
「いやいやいや。違うな。…ま、行ってくるな」
「うん、いってらっしゃい!ありがと!」
こいつらを見ていると"お兄ちゃん"とやらになってみるのも楽しそうだと思うのだ。恥ずかしいので、もちろん口には出さない。さて、折角だし誰か暇そうなやつを探して荷物持ちでもさせようか。
*
部屋の窓を半分ほど開けて、空気を入れ替える。ウィルは「人多すぎ」と笑っていたけれど、実際に私の部屋に来る人の数なんてたかが知れている。お兄ちゃんやラーンスロット、フェイにモードレッドにガレスに、いつもの剣術面子に、他の派閥の友人たちが顔を見せに来てくれたりとそれぐらいだ。
それに、この子がどういう子かを説明したのはほんの一握りだけ。それ以外には、念のため"田舎からやってきた知り合いの女の子"と、なんとも作り話じみてはいたがそう説明をしていた。
「コンスタちゃん、起きないかな…」
ニムエはフェイの部屋に預けて、もう一人の―次の"戴冠作戦"であのおじいちゃんが王にしようと目論み造った騎士の女の子が私のベッドで眠っている。研究施設から戻ってきた後はずっと眠ったままだったから、ラーンスロットに私の部屋に運んできてもらった。何度か目を覚まして、その都度食事を取らせては眠らせた。実際には、食べたら電池が切れたかのごとく、またぱたりと眠ってしまったというだけなのだけれど、あどけない寝顔を見ているとなんとなくほのぼのとしてしまう。
ウィルにもう少しだけとお願いをした後は、一人ベッドのそばで本を読んでいた。
フワニータが「暇つぶしにいいから」と持ってきてくれたどこかの国のおとぎ話で、結構面白い。5冊のシリーズを紅茶片手に読み進めていたら、三冊ぐらいあっという間に終わってしまった。こつこつ、と控えめにドアをたたく音がした。開けようと立ち上がろうとしたら、くいっと何かに引っ張られた。
「…待って?」
あまりのか細い声にどこから声がと思ったけれど、私以外には彼の騎士の女の子しかいない。どきどきしながら振り向くとコンスタンティンはぱっと手を離し、体を起こして私を見ていた。
「…ここは、マーリンの施設ではないね」
「うん、そうだよ。コンスタちゃ…じゃなくて、コンスタンティン、もう動けそう?」
私が名前を呼ぶと、不思議そうな顔をして首を傾げている。お兄ちゃんは「さすが"王様"だけあって強かったよ」と言っていたけど、仕草はなんだか子供のようで可愛い。
「…私の名前を、知ってる?あなたは?」
「あ、そうそう。名前言ってなかったよね。私はティタ。他にもまた人が来るだろうから、その都度紹介するね」
「あ、ああ…その…」
何だろう、と続く言葉を待っていたけれどもそれ以上は続かなかった。よく考えたら、これまでずっとおじいちゃんの施設にいて、その上知らない人―私のお兄ちゃんだけれども―と戦わされて、挙句また知らない場所で寝ていた、となったら何を言っていいのかもわからないだろう。
私は簡単に、コンスタンティンがここにいる経緯を説明すると、納得したのか「そういうことか…」とだけぽつりと呟いていた。
「起きられる?もう少し横になってる?」
「…起きる。有難う、ティタ…」
「う、ううん!いいよいいよ!服持って来るから待ってて!」
そしてまた催促するかのように、こんこんとドアを叩く音がして私はそちらに向き直った。そうだ、誰かが来ていたすっかり忘れてしまっていた。
「コンスタンティン、ちょっと待ってね!ゆっくりしてていいからね!」
「…うん」
慌ててドアの方に走って、ノブにまずは手をかける。待たせてごめんなさい、と思いながらそろりと、ドアを少し開いた。
*
扉を叩いても返事がないところを見ると、話し声は聞こえるのでどうやら立て込んでいるらしい。さて、ウィルから「頼む」と言われて持たされたこの袋はどうしようか。後一回叩いてみて返事も何もなければ出直そう、と思ったところで薄く開いた扉から、碧い目がのぞいた。
「あ、モードレッドだ」
「…ああ、うん。やあ、ティタ…」
「あの子の様子見に来てくれたの?今起きてるんだけど…あ、ちょっと待って、今着替えの準備をしてて」
「いや、僕はこれを届けに…」
「これ?なに?」
「ああ、ウィルと一緒にちょっと見てきてね」
手持ち無沙汰に整理整頓をしていたところに、いきなり部屋に来たウィルががっちり肩をつかんで「でかけるぞー」と半ば引きずり出されるように連れ出されて市場へ直行。それなりに人も多く賑わっていた。喧騒の中を突き進み、食べ物や雑貨を値切って行く様は見ていて爽快だった。適当に後ろを歩いていたら、いつの間にか紙袋を両手に持っていたのだった。
「ラズベリーが今は美味しいってたくさん買ってたよ。…じゃ、コンスタンティンにも無理はさせられないから、また」
「えっ?あっ…うん、ありがと、モードレッド」
「どういたしまして、ティタ」
なぜだかよく分からないような、気恥ずかしさにそっと袋をティタに持たせて、一先ずこの場を離れることにした。
*
慌しく誰かが去ったのだけは分かった。この部屋の主であろう女の子―ティタが小さく肩を落として、どことなく残念そうな顔をしていように見えた。
もうそれほど、体は重たくない。
ただ頭がなんとなく、ぼんやりとしていた。ぐぐっと腕を上方に伸ばす。そう言えば、この女の子に雰囲気が良く似た少年と戦ったけれど、あれは誰だったのだろう。紙袋を手にしたティタに聞いてみたら「私のお兄ちゃんだよ。ごめんね」と返ってきた。そばのテーブルに袋を置いて、彼女は服を持ってきてくれた。
ベッドから出て袖を通してみると、柔らかなドレープの入ったワンピースだった。淡いベージュの生地で、裾の方には小花がふわふわと散らしてある。鎧も何もつけずにいると、肩も腕も軽くてなんだか自分の体ではないような気がする。
「…スカート…?」
「あれ?嫌だった?着てた服もそんな感じだったから」
「そうか、あんまり考えてなかった…」
ティタが近くにあった椅子を持ってきてくれて、私はそこに座った。テーブルの上には本が五冊あって、一番上の本には読み書けなのか、栞が挟まれていた。カップの近くにおいてある紙袋の中からは、なんだか甘い匂いが漂っている。そう言えば、何度か目が覚めては何かを食べて、また寝てを繰り返していたことも思い出した。ただの食いしん坊みたいで少し恥ずかしい。
それにしても、先ほどの人はこれだけ届けて帰ってしまったのか。入ってこなかったのを見ると、彼女の"お兄ちゃん"ではなさそうだった。
「はい、寝起きの一杯の紅茶だよー」
「ありがとう…」
「お砂糖とミルクはここね。お好みで」
「…あの、さっきの人は?」
「う、うん。帰っちゃった。ちょっと待っててくれたら話せたんだけどね…」
新しく置かれた、私の為の紅茶。砂糖を一さじ入れて、スプーンでかき混ぜる。くるくる回る水面に、ミルクを注ぐと一緒に円を描いていた。ティタは、別のお皿を持ってきて紙袋の中の何かを入れている。
「えーっと、それは」
「ラズベリーだよ。そうだ、ちょっとこれ食べたら、出かける?」
外に出ていいのか、と思って私は頷いた。ティタがにっこりと微笑んで、私にラズベリーのお皿を寄せてくれた。スプーンですくって、口に運んでいく。
*
声が聞こえて、立ち止まる。
手持ち無沙汰なので外の空気にでも吸いに行こうかと部屋を出て城内を歩いていたところだった。
「やっぱり、前いたところとは違う?」
「…全然違う。ここには、人が多い…」
「そっか、そうだよねぇ。おじいちゃんとこは人いないよね」
ティタともう一人、女の子の声だった。段々と声が近づいてくるところを見ると、こちらに歩いてくるようだ。少し待ってみると、「わ」と小さく声がしてぶつかった。反動でよろけていたので、手で支えた。
「ははは、ティタ。前は見て歩こうな」
「ご、ごめんね、ラーンスロット。大丈夫?」
「それはね。…ああ、その子はコンスタンティンか。もう歩き回っていいのか?」
「…えっと…確か貴方は…」
ティタの後ろに少し隠れるようにして、私を見上げている。魔法使いの研究所で会った―戦ったことは覚えているだろうか。それなら怖がられても仕方ない。敵意はないと示すために軽く両手を上げてみた。
「ラーンスロットだ、コンスタンティン。怯えさせたのなら、すまない」
「…!い、いや、気にしないでくれ。その、先日は…私の方こそすまなかった」
「こちらこそ、状況が状況だっただけさ。もう回復したんだな。元気になってよかった」
私がそう言うと、物言いたげに顔を上げてすぐに視線を落とした。研究所での一連の出来事を思うと、別段アーサーも私もこの子に対してなんら悪感情は抱いていない。軽く頭を撫でてやると、困惑した様子でいる。
「…変なところだな、ここは」
そんなコンスタンティンの呟きに、私とティタは思わず微笑んでしまった。
*
この兄妹は、割と妖精に好かれやすい、とは思っています。私も妖精なので、何か変なことを言っている気もしなくもないのですが、伝わるでしょうか。
「フェイ、いるかー?」
「はーい、アーサー様、どうぞ」
私の部屋もそれほど広くはないですが、充てがわれています。ベッドにソファ、食器棚に本棚など必要最低限の物がおいてあるシンプルな部屋です。
「眠たい、元気、疲れています?」
先日、マーリン様の施設から連れ帰ってきた二人の内の一人、ニムエが私の部屋にいました。淡いスミレ色のワンピースは、誰が持ってきて下さったんでしたっけ。あの子は窓際に立って、外をぼんやり眺めているようです。
ノックをした後に入ってきたアーサー様は、最近気に入られてしまったらしいチアリーを頭の上にちょこんと乗せていました。乗せざるを得なかった、と言うのが正しいところかもしれません。チアリーは満足そうに頭の上で鼻歌を歌っています。
「それは、応援?小さい、大きい?珍しい…?」
「〜!〜。〜?」
ぴょいっと頭から降りたチアリーは、すたんっと格好良くポーズをとりました。その後しばらくニムエと何か会話をしています。ひそひそ話のようでちょっと聞こえません。アーサー様は「面白いなぁ」と笑って見守っています。何となくその様子を羨ましいな、と思って見ていたら、私の視線に気がついたアーサー様は笑顔で私の頭を撫でました。いつもありがとな、と言葉を添えて。
*
「よーう!ティタ……っおお、お前コンスタンティンだよな。はははっ、良かったなー。街に出られるぐらいには動けるか」
市場を見た後は果物を押し付けて若人―いや、モードレッドに持たせたが、何の意味もなかったのだろうか。見ていてやきもきとさせられるが、世話を焼かずに自然に任せるほうがいいのかもしれない。
コンスタンティンが、ふぁ、と小さく欠伸をしている。あの施設の中でどんな風にアーサーと戦ったのかは知らないが、その姿はあどけない女の子そのものだった。
「すまん、自己紹介が遅れた。俺はウィルヘルム。ウィルでいいぞ」
「あ、ああ…うわわっ」
くしゃくしゃと頭を撫でてやると、慌てふためいていて面白い。隣にいたティタに窘められて手を止めるが、コンスタンティンはくすくすと楽しそうだった。どこへ行くのかと聞いてみたら、特に当てはないらしい。それならそれで構わないが、一応病み上がりなのもあるのであまり無茶はさせないようにと言っておいた。
「うん、そんなに遠出はしないつもり。その辺を散歩して帰るよ」
「おう、そうしとけ。…で、あいつはどうしたよ」
「あいつ?…え?」
そっと耳打ちしてみると、「ラズベリーはもらったよ」と本当に控えめに返ってきた。やはり余計なことをしてしまったのかもしれない。内心頭を抱えるが、過ぎたことは仕方ない、と思い直す。
「でも…美味しかったよ。ね、コンスタンティン」
「後でまた…食べる」
「…お前さん、食べるの好きなんだなぁ!」
素直にこくりと頷いた後に、はっとして首を全力で左右に振っている。表情も思いの外よく変わる、と少し安心してしまった。お人形さんではないようだし、これなら多分、問題なくこのキャメロットで過ごせるだろう。またね、と歩き始めた二人を見送り、腕を組む。
「とりあえずモードレッドに喝だな」
お膳立てしてみたのに何やってんだと思いつつ、それは俺もかと、思うのだった。
( 神 は 世 界 を 創 造 し た )
title /
千歳の誓い
God created the world.
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