Small talk ; 小話
"Make my words."
とたとた。
そんな小さな足音に気がついてぐるりと部屋を見回しても誰もいない。
少し目線をあげてみる。天井に何かいるわけでもない。
少し目線を下げてみた。床に何もいるようには思えない。
でも、何か視線を感じるのは間違いない。けれども、この部屋にねずみなどの小動物が入り込めるとは到底思えない。
「ラーンスロット、どうかした?」
「あ、ああ…?いや、今何か…錯覚、か…?」
ティタに名前を呼ばれてはっとした。今、何かテーブルの下を走っていった気がする。今は、アーサーの部屋でお茶の用意をしている。他には何か特にしようと言うわけではない。ただ、こんなに静かに時間が過ぎていくのは、この兄妹たちに出会った頃を思い出して、少し懐かしかった。
部屋の真ん中にある簡素なテーブルの上には、真っ白なテーブルクロスが引かれて、その上には数人分のカップと、小さなティーポットが置かれている。お茶請けも今日は簡単なもので、スコーンとクロテッドクリームと数種類のジャムを添えて用意されていた。
「お兄ちゃんもフェイもすぐに戻ってくるって言ってたから、先に食べてて?」
「有難う。でももう少し私も待とう」
ジャムはブルーベリーとオレンジのマーマレードと、淡いピンクのジャムだ。最後のジャムは何で作っているのだろう。三つ目のジャムに手を伸ばそうとすると、ひょっこりと青い影がテーブルの下から出てきた。
エレナほどではないが、それは小さな小さな、生き物だった。
青い髪を高い位置でポニーテールにし、耳の辺りの所からは角のようなものが生えている。服も青く、淡く青い羽もあるようだが、どこか硬質な板で出来ているようにも見える。もしかしなくても、先ほどから感じていた視線は、この子からか。
「…しかし、妖精なのか?」
「えっ、ラーンスロット、なになに?あっ、可愛い!」
「―…!」
「おっと、エレナ。落ち着け」
髪も目も服も青いその小さな小さな生き物は、私たちには見向きもせずに、必死にテーブルの上によじ登ろうとぴょこぴょこジャンプをしていたが、手が届かないらしくうな垂れてこちらを悲しそうに見上げた。
これはいけない、と直感的に思った。
何がとは言えない。ただ、やってきたティタの方をちらりと見ると呆然と立ち尽くしている。そして、私とエレナを交互に見比べて「この子も妖精?」と幼い子供のように声を弾ませていた。…こうなると思った。でも、正体がわからないので近づくにも近づけないのだろう。
「あらあら、珍しい子がいますね。…まだ、この子たちもいたんだ…」
その言葉に、二人して振り返る。フェイが何冊か古びた本を抱えて優しく目を細めていた。その青い生き物は、ふにゃっとした笑みを浮かべて挨拶をするかのようにこくりと首を傾けた。そして、にこにこと笑みを浮かべて、フェイに駆け寄り足元にぴったりと纏わりついている。
「フェイは、この子を知っているのか?」
「はい。この子はチアリーと言う妖精です。他にも似たような子がいるんですよ」
「へぇ、ラーンスロットでも知らない妖精がいるんだな」
「お兄ちゃん!」「アーサー!」
軽い足取りでやってきたのはアーサーだ。ひょいと子猫を抱き上げるようにして近くの椅子に座らせて、にかっと屈託なく笑った。先ほどの様子を見ていたのか、スコーンを半分に割り、クリームとジャムを塗って取り皿にのせ、チアリーと呼ばれた妖精の目の前に置いた。アーサーに向かってぱあっと顔を輝かせたチアリーは、フォークを掴んでスコーンと格闘し始めた。エレナはティタの肩の上で、じいっと様子を伺っている。それがあまりにも神妙な顔つきなので、つい口をついて出てしまった。
「ふむ。エレナとチアリーで何か起こるのかな」
「…え、ええっ?!何言ってるのラーンスロット!?」
「ふふっ、ティタ。それはないでしょう。…………ええ、多分」
この場にいた皆が、「多分」と言う一言に突っ込んだはずだ。フェイはどこ吹く風と言った顔で別のテーブルへ本を置いて戻ってきた。チアリーはいつのまにかフォークを置いて、もこもことスコーンにかじりついている。口いっぱいにほお張っているのはいいが、ピンクのジャムやスコーンのかけらがぽたりと床に落ちた。
「…あ、ああ、そうだ。結局あのジャムが何なんだと私は思ったんだっけな」
「あれは薔薇のジャムだよ。俺、花びら取りに行かされたし」
「え、お兄ちゃんも興味あるって言ったから…つい」
「お茶に入れても美味しいですよね、ティタ」
フェイは綺麗なタオルを持ってきて、チアリーの口元を拭っている。ティタは手近な布巾で床を拭き取っていて、見事な連携だった。折角だしと自分もスコーンに薔薇のジャムを少しのせてみた。そうしたら、まだ手には残っているというのに小さな妖精はこちらを見上げていた。
「…それを食べ終えてからにしなさい」
「…〜〜!」
「大丈夫だよ、まだあるからね」
ティタが宥めるように言い含めると、こくこくと激しく上下に首を動かしている。その後に、エレナにも丁寧に声をかけている。そのうち、アーサーやティタの部屋周りはこうした小さな妖精だらけになるのだろうか、とそんなことが頭をよぎった。カップに紅茶を注いでいたアーサーが、やれやれと呆れていた。
「一つ聞くけどさ。ラーンスロット、…お前今何考えた?」
「ああ、ここも意外とファンシーな部屋になるのかな、と思っただけだが?」
「…俺の部屋よりはティタの部屋の方がチアリーもあいつも喜ぶって…」
気持ち悪いだろ、と言われて手渡されたカップを受け取る。考えてみても、見た目にあまり宜しくない。エレナが羽を羽ばたかせてとチアリーの所に飛んでいって、ジェスチャーで何か指示をしている。にぱっと笑うチアリーを見て、体は自分の方が小さくともお姉さんのような心境になったのかもしれない。ティタが嬉しそうに少し離れた所で、フェイと二人で見守っていた。
Make my words.
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