Even if I understand that I am incompatible.
相容れないと、分かっていても。
緑濃く深い森を抜けた先の、古びた遺跡を利用して使っているらしい魔法使いの研究施設がそこにはあった。警戒しながら扉を開けて入ったが誰もいない。かなり年月の経っている遺跡のようで、所々が風化して、一部壁が崩れていたりする所もあった。床を踏みしめると、場所によってはなんとも心もとない音を出して軋む。
そして今、遺跡内を歩いた先の目の前には華奢な容姿の妖精が一人佇んでいる。
紫水晶を思わせる瞳に髪。黒い三角帽子に黒装束は魔女を彷彿とさせるが、彼女はれっきとした妖精だった。一見すると、どこからどうみても普通の少女にしか見えない。彼女が手に持っているのは小型の掃除機に見えるのだが、目の錯覚だろうか。魔法使いはほうきに乗るというが、まさかあれがその代わりなのか。どこか無機質な雰囲気を醸して、夢見るような―…そんな表情で、気まぐれにこちらの様子を伺っている。
用心のために真っ直ぐ前を見据えたまま、後ろに控えている湖の騎士に声をかけた。
「…ラーンスロット、まさかマーリンの施設には掃除専門の妖精がいるのか」
「そんなわけないだろう、と思いたいが…どうだろうな…」
『お二方とも!その子がニムエです、マーリン様が造った妖精…です。みなさん、お気をつけて』
唐突に入ってきた通信が、短く告げた。
*
カフェでエレインのレポートを皆で見ている最中、一人思い巡らせていた。魔法使いが城にいないのであれば、当てがなくとも探すしかない。問いただすにも、本人に聞かないことには、どんなことも想像でしかないから意味がない。彼専用の研究施設もあると言うのを聞いたこともあったので、もしかするとそこにいるのかもしれない。
帰った後は早々にフェイに相談して、そこへ行くことを決めた。困った顔をしていたけれど、「わかりました」と急いで準備をしてくれた。しかし今回はそんなに人数は連れて行けない。他の王たちにも表立って相談できる内容でもないし、あまりに大勢で行くと怪しまれてしまうかもしれないからだ。
たまたま、疑問を持って魔法使いを探していたら、たまたま、魔女―エレインに会ってレポートを受け取った。そんな偶然が"たまたま"重なったからこそ、そう決めた。
「しかし、どこまでも食えない男だな、マーリンも」
「それは、今更だろう?」
「…ラーンスロットも、モードレッドも、意外と平気そう、だね」
ティタが二人に向かって問うと、口を揃えて「マーリンならそれぐらいやる」と意見が一致していた。それが皆の思い描く魔法使いの人となりと言うことだ。ガレスは黙ってミルクティを飲んでいたが、少し顔色が悪く元気がなさそうだった。隣にいたティタが気遣わしげに手を軽く握っている。
「ガレス?ガレス、どうした?」
「んっ?あっ、大丈夫大丈夫!平気だよアーサー。…ありがと」
声をかけたものの、空元気にしか聞こえないような返事は、なおさら心配だった。浮かべている笑顔も貼り付けたような感じで、力がない。それでも大丈夫と言い張るので、それ以上は強く言わなかった。
*
私が見てきた中で、その子は一番"人間らしい"妖精に見えた。
いつも一緒にいるエレナや、最近良く見かけるようになったチアリーなどは"妖精らしい"妖精の部類に入るだろう。キャメロットを出るときにフェイが何度も何度も「施設防衛のための妖精がいるのです」とは言っていたけれども、仕草も表情も女の子にしか見えない。
「…あの子、妖精なんだよね?」
「――!」
「油断大敵だよ、ティタ。むしろ警戒しているエレナのほうが正しい」
「モードレッド…」
エレナが思い切り首を振ってモードレッドの意見に賛成している。妖精たちは数も種類も減ってきていて、まず街中などでは見かけない。彼女たちの行動範囲は、気が遠くなる程の昔に比べたら、今いるような遺跡や森にほぼ限定されているけれども、その中であれば一方的な力を振るうことができると言われている。それは身を以って思い知らされた。
これまで何度か相対した、ブルーキャップやシシリアたちの事を考えると、それは頷ける。何より、今でこそこうして一緒にいるエレナもとても強かったのだ。
「アーサーは争いたくないと言っていたけど、かなり難しいだろうな」
「どうして?」
私の言葉に苦笑しながら、モードレッドはゆるくエレナに視線を向けた。そういうことか、と私は思い出した。私とエレナと変わらない―基本的に人と妖精は、言葉が通じないのだ。
*
壊れた窓から吹き込む風が、その妖精―ニムエの髪をゆらゆらとわずかに浮かせていた。まずは会話からなどと勧めたのは自分だが、それを実行しようとするアーサーは愚直としか言えない。本人は気負うことなく話しかけているのは流石だったが、聞こえてきた内容は目も当てられないほど酷かった。
「えーっと、ニムエだよな?」
「はい。知っています。ようこそおいでくださいました。アーサー様、歓迎、尊重します」
ここまでは特に問題なかったのだが、続けられた言葉はどこまでも"妖精らしい"言葉で、皆に戦慄が走る。
「―こちらへどうぞ、…殺しましょう?」
さも当然と言い放つニムエに、アーサーは開いた口がふさがらない様子だった。彼女もそんな風に表情を変える人間を見るのが珍しいのか、興味深そうに眺めている。それにしても、妖精ならプログラム通りに、すぐさま排除行動に出るはずだろうに、どうしたことか。運が良かったとしか言えないが、アーサーは一人頭を抱えて唸っていた。
「なあ、何でそうなる?!会話になってないだろ!おい、ラーンスロット!?」
「王よ、妖精はこれが普通だ」
「…えっ?ああ〜〜!そうか、確かフェイたちは情報伝達用の魔法を使ってるんだったか!」
彼女の耳には聞こえているのか、そうでないのか。それともただ、アーサーの言葉も私の声も、外から吹く風と同じでしかないのだろうか。その場から微動だにせず、ただただ無機質にこちらを見ている。
「…アーサー、ここで時間を食っている場合じゃないぞ」
「分かってる!あ〜…ごめんな、ニムエ。言葉通じなくて悪いけど…ちょっと通してもらうぞ!」
そこでようやくニムエが顔を上げる。彼女の中で敵か味方かの判別をしたのだろう。それにしても毎回思うことだが、戦う相手が最近はロット王を除けば全く苦手な―相性が悪いタイプばかりだった。それでもアーサーはいつも必要な時に剣を取るのは躊躇わないのには、感心した。
ニムエはアーサーの言葉に呼応するように、すっと持っていた掃除機の持ち手を天にかざしたかと思うと、幾つもの小さな光が頭上に生まれた。表情を変えることなく粛々と振り下ろし、容赦なく光が降り注がれていく。
先ほどまでアーサーがいたところには、幾つもの穴が生まれ、瓦礫となっていく。貴重な遺跡が穴ぼこだらけになっていく様は、ガラハッドが見ていたら阿鼻叫喚だっただろう。
*
なるべく傷つけないようにと、最初から決めていた。正直な所多勢に無勢にはなっていたものの、ニムエを含めて守るように戦っていた。彼女は"王"であるお兄ちゃんだけを狙い続けていたこともあって、それは思いの他容易だった。
皆のサポートを受けながら放たれ続ける幾つもの光弾をすり抜けていく。破壊された壁や床を利用しながら、ようやくニムエの懐に近づいた所で、思いっきり掃除機を持っていた剣で横から殴っていた。
鞘をつけたまま叩いていたので、さながら何かボールを打つように見えた。その場にいた誰もが呆然としている。低い所を飛んでいたので良かったけれども、ニムエは滑るように掃除機から落ちて、ごんと思い切り音を立てながら床に頭を打って気絶していた。たまたま落ちた所が、余り破壊されていなかった場所だから皆もほっとしている。
私は思わずモードレッドが止めるのも聞かず走っていた。床に横たわり目を回しているニムエを抱き上げて、軽く頬を叩いてみたものの、起きる様子はない。咎める訳ではないけれど、お兄ちゃんを見上げてしまう。
「起きない…、やりすぎだよー!」
「あ、いや、ティタ、あそこまでスカッと当たるとは」
「ほらほら。いいよ、私たちでこの子の面倒見てるから。起きたらまた同じこと繰り返しそう。アーサーはおじいちゃんのとこ…行って来て」
「…ガレス」
「余り大人数で行くのもどうかと思う。僕やウィルたちとで外を見てるよ」
「頼む、モードレッド。…ラーンスロット」
「ああそうだな、行こう」
*
遺跡のさらに奥へ奥へと進んでいった先の研究施設内部は外とはがらりと変わっていた。アーサーと二人でやってきたのはいいが、今は誰もいないようだった。がらんとしていて、ひやりと空気も肌寒い。薄暗く、私たちの見たことのない機械がたくさんあり、天井や床にたくさんの管やコード類が壁や床を始めとしてそこかしこに伸びていた。近くにあった配線を引っ張ってみたが、特に何も起こりそうな雰囲気はなかった。
「…しっかし、すごいなぁラーンスロット…?この設備は魔法なのか、それとも、昔の技術なのか…」
「そうだな、強いて言えば湖に似ていなくもない…かな」
上を見て下を見て、周囲を見渡しても、私たち二人にはとんとわかるはずもなかった。アーサーが唐突に「あ」と声を出して、近くにあった作業台へと走っていく。そして、何枚か重ねられた紙の束をぱらぱらとめくり始めていた。
「これも、前読んだ時のレポートの別のものか?」
「ああ、多分そうだ…読みたくないけど読まなきゃぁ…」
そして当然ながら、それを読み進めて私たちの表情が曇りだしていく。彼らしいと言えば彼らしいが、到底容認できるものではない。書き出しを少し見たが、ろくでもなかった。
「…ため息ついたら幸せが逃げるんだっけかな」
「王よ、時々面白い事を言うな」
「ん、…ラーンスロット、こんなの読んでたらさ、言いたくもなるだろ」
―"第二期戴冠作戦"は100万人の王を使う計画だが、これは失敗する
そこまでして自分以外の存在を物として扱う真意は何なのか。そしてそれが分かったとして、自分たちは彼を理解し、それを汲むことができるのか。
「ま、要するに俺たちを使って"王様ってこういうもの"って言うのを一般の人たちにイメージさせて、それで…そのコンスタンティンとやらを最終的にブリテンの王にして統治させたいと、そういうことかな」
私にちらりと目配せするアーサーは愉快そうに笑っていた。予想していた事はほぼ当たっていたと良い。今のこの状況も魔法使いの中ではあり得る事、想定内のことだったのだ。むしろ、これも計画の内のようだから必然の事なのだろう。
『ふむ、そこまで分かれば十分じゃろ、アーサー』
魔法使いの声が厳かに響き、音もなく入ってきた扉が閉められた。後方の扉は固く閉じられてしまったようで、室内の光源は機器類を動かしている淡い光だけになってしまった。アーサーは気にした風もなく、手元のレポートから視線を動かさない。
『知っているのはお主一人―…100万人いる王の内の一人が消えた所で支障はないしの。後は…ラーンスロット、よもやお主がついてきておるとはな。後はフェイが手伝ったのか?まぁ、これぐらいなら―』
言いかけた魔法使いは、少し考えるように言葉を切った。姿はなくとも、どこからか見ていることだけは分かる。ここはそもそも、魔法使いの施設であり、彼の城と言っても過言ではない場所だ。
「待てよ、マーリン。もうそれ以上言うな」
一歩進んできっぱりと、一点を見据えてアーサーが言う。そこに魔法使いがいるわけではないけれど。
そして、苦々しげに小さく小さく聴こえてきた。ラーンスロットもフェイもお前の玩具じゃない、とただそれだけが聴こえた。
コツン、と高い靴音がしばしの静寂を破る。
静々と現れたのは、プラチナブロンドのショートカットの小柄な美少女だ。柔らかなマルーンの色を帯びた鎧を着込んで手には丸い金属の板のような物を持っている。あれはもしかすると、円卓模型ではないだろうか。とすれば、彼女こそがレポートにも名前のあった彼の騎士なのかも知れない。目の前のアーサーは、相変わらずただただ前を見ている。
『実践訓練じゃ、コンスタンティン。―ブリテンの敵を排除しろ』
まるで人形のごとく、魔法使いに言われるがままに少女がすらりと剣を抜く。アーサーは何かを言おうと心持ち顔を上げて―逡巡しながらも剣を抜いた。
意識を失い、その場にくず折れそうになるコンスタンティンをアーサーが抱きとめた。手を出すなと言うから見守っていたが、危なげなく戦いは終わった。魔法使いもどこかで見ているはずだろうに、戦いが終わった後に施設の出口の扉を開けようとすると、呆気なく開いた。
「…っはー…っとに、疲れたー!」
「…ははは。私がこの子を運ぼう。しかし、どうする?」
「どうするも何も、連れて帰るよ。ニムエもだけど…マーリンの所には置いておけない」
「そう言うだろうとは思ったよ」
疲労困憊であろうアーサーから、コンスタンティンのほっそりとした体を受け取る。軽過ぎる体躯だが、血色は悪いわけではない。王として造られた分は、大事にされていたのだろう。せめてそれぐらいは、思っても良いだろう。目を閉じて、今は穏やかに肩を上下させている少女を見つめた。
自分自身が造られたものであり、この少女もまた同じ存在だ。
所詮は道具でしかないが、だからと言ってそれに甘んじていたいとは思わない。少なくとも自分たちのことを、一個の存在として認めてくれる者たちがいる限り。
「おーい、ラーンスロット。置いてくぞー?」
「ああ、分かった。今行く」
そしてまた、魔法使いの城であるこの遺跡には誰もいなくなり、がらんと静かになった。
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片恋的蜉蝣
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