Is it necessary?
それは、必要なこと?
二人の騎士がぶつかり合う。
私はグィネヴィアにお茶を入れる傍らで、彼らの様子を見守っていた。今はまだ言葉だけを戦わせているからいいけれど、そのうち剣を抜いたりはしないだろうかと冷や冷やしている人たちも多いだろう。
その騎士たちは、ラーンスロットとガウェインだ。
様々な面でぶつかり合い、時には剣をも交えるいわゆる"ライバル"、そんな間柄らしい。こうして何人もの王が立つ前は、そこまで仲が悪いわけではないとも聞いたから、それを思うと少し寂しいものがあった。
「派閥が違うのも…争いの内にありますかしらね」
「…そうだね。剣術の城、技巧の場、魔法の派…」
カップとソーサーを手にしたグィネヴィアが、頷く。
剣術の城を代表する騎士がラーンスロット、技巧の場が彼ガウェイン、そして魔法の派は紅一点のガラハッドだった。私は以前の事を思い出してため息をつく。そして、ざわつく周囲を見渡して気がついた。モードレッドの姿がない。いつもは気が進まないものの「審判役、なんて仰せつかってるからね」と公式非公式問わず、なるべく目立たないように壁の花に徹しながらも場の何処かにはいると言っていたのだ。
「ティタ、きょろきょろして、どうかしまして?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
「そ?…それにしても、貴女メイド服も似合いますわねぇ」
「うっ。着せたのはグィネヴィアでしょ」
「そうですけどね。話の行方が気になるかと思って…」
「ふふっ、わざわざ呼んでくれて有難うね」
見上げるグィネヴィアに返事をしながらも、今朝方少し寒かったことを思い出す。身体がほんのり熱いような気はしたけれど、仕事には支障が出るほどではなかった。気付けと言う程ではないけれど、ぺちりと軽く頬を叩く。
それにしても、ガウェインやガラハッドに感じる苦手意識をどうにかしないといけない。
いつかの事はもう済んだことだ。それに彼らの言い分だってもっともだから、申し訳ないと思うところもある。"もし"出会う事がなければ、私たち兄妹二人して彼らと同じことをした可能性はないとは言えないのだから、一概に彼らを責めることなどできない。
「駄目だなぁ…」
「んもう、何がですの?」
「うん、よくわかんないんだけど」
「…。まあいいですけど。でもいい加減あの二人を止めないといけませんわね。埒があかないわ」
二人の騎士に視線を投げながら、コトリとカップをテーブルに置いた。私はふわふわとした思考の中でいてくれないかな、とここにいない騎士の姿をまた思い巡らせる。私自身よく分からない感情を持て余している気がしていた。
本当の所は今日のこの会合は参加するつもりは全くなかった。11人の支配者の事がようやく終わったのだし、皆で外敵に本腰を入れていくのだろうと思っていたからだ。
「ここにいたか、グィネヴィア。お、ティタ…今日は珍しい格好してるな」
「アーサー、ティタにそんなこと言う暇あったら、あれ、なんとかなさい」
「おいおい、あれ扱いかよ」
すっかり侍従が板についてきたな、とお兄ちゃんが笑う。グィネヴィアの好意ゆえのご指名なのもあるので、なおさらきちんと仕事をせねばならない。他にも騎士や王たちは居たけれど、さしもの彼らもあの二人の仲介に入るのは難しいようだった。それは、何万人もの王達が手出しを躊躇うほどの力を持っているとも言い換えてもいい。
お兄ちゃんたちも話し合いを始めたこともあるし、一度他のテーブルも見て回ることにした。
「…アーサー、あの子、具合悪かったりしますの?」
「…いや、今朝方…うーん、ちょっと涼しいとか言ってたけどなぁ…」
*
同じ事を繰り返すガウェインの相手をするのもいい加減疲れてきた。
騎士にはそれぞれ役割がある。それを持たされて造られるのだ。個々人として違うのだから、性格も考え方も違う。それも当然の事だろう。
前回の戦いの時に外敵を退けた事もあり、その勢いのままガウェインとしては打って出よと言う。そして、私自身はキャメロットの騎士であることの意義を唱えている。我々はあくまでブリテンを守るためにいるのだと。後の一人、ガラハッドだけは沈黙を守っていた。彼女は基本的に遺跡探索などを主にしているので、必要がない限りは戦う事を選びはしない。根本的に戦いそのものには興味がないと言うことが、今は有難かった。
「(こんな風に言い争っていても、仕方がないのだがな…)」
気づかれない様に、一人静かに嘆息する。今この場にいる多くの者が、剣術の城と技巧の場との争いと見て注目を浴びているのもわかってはいるが、ここは引けない。引けば相手に賛同した事になる。
「臆病風に吹かれたのか、ラーンスロット!!」
「…何とでも言えばいい。私は無闇やたらに血を流す事が良い事だとは思わない」
「それが臆病だって言うのが何で分からない!!」
がなり立てるガウェインを手で制する。他の王たちは私たちに圧倒されているらしく、一言も発していない。ただ遠巻きに見守っているだけだ。その中でも、何人かのメイドたちは何事もないかのようにテーブルを回り、給仕を続けているのは何とも滑稽なものだった。
「……?あれは…」
「どうしたよ、いきなり。…?」
「ああ、いや。何でも、ない」
軽く睨めつけられたからといえ、同じ騎士同同志。特に怖いとも思わない。憮然とした面持ちのガウェインを横目に、ふらりとトレンチを片手に食器を集めているティタに目を留めた。
それにしても、手を取り合う事の難しさを実感しながら、唇を噛む。
もう一度、先程のテーブルを見た。何枚か増えたソーサーを器用に持っていたティタが、不意にこちらを向いた。パチリと目が合い、彼女が柔かに微笑む。今の言い争いを見られているのは正直な所罰が悪い。どうにかしてさっさと収めたいところだ。
「…何とか止めないとな、この馬鹿を」
「……おい、ラーンスロット。馬鹿とは俺の事か」
「ん?何も言ってないぞ。ま、建設的に話し合おうじゃないか」
魔法使いが―…マーリンがいない。
ただそれだけの事だと言うのに、呆気なくキャメロットは瓦解し、王や騎士たちはこんな風に争いを始める。これでは11人の支配者の時の二の舞だと言う事を皆は理解しているのだろうか。これすらも魔法使いのシナリオであったとしたなら、と考えて頭を振る。老獪な魔法使いだが、そこまでするとは思いたくない。
小さく手を振ってまた仕事を続けているティタを見送り、また目の前の騎士に向き直る。
争うために私たちは、いるのではないのだ。
(し あ わ せ の た め の ふ し あ わ せ )
title /
ACHE
Unhappiness for happiness
prev - next
top