フェアリ*ティル | ナノ


Please I ask, and do not be afraid.
どうかお願い、怖がらないで。



「久しぶり、なんて言いたくないですねぇ」
「再会しても嬉しくないってやだよねぇ」


長いポニーテールを揺ら揺らとさせながら、トールがガレスにあれこれと話しかけている。平穏な日々など、そう長く続かないのはどうしてだろうか。それを問うのも今更なのかと思いながらも、纏わりつく潮風を振り払うように海岸線の先を見据えた。

ここはブリテン北方のノーサンバランドの海岸線だ。

フェイとグィネヴィアから外敵が出現したと報告があり、慌しくキャメロットから出てきた。ここ数日は平和すぎるほど平和だったと言うのに、皆の空気は当然ながら一変する。それぞれの鎧を着け、剣を取る。それが、自分たちの本来の役目なのだと誰しもが思ったことだろう。


「雲が、出てきてるね…」
「ティタ、お前はちゃんとカーネリアンたちと後ろにいろよ」
「うん…お兄ちゃんも無茶しないでね」
「皆がいるし大丈夫だって。そんなに心配するな」


出てくる前に多少の情報は聞いてきたものの、今回は一等級の「ドラゴン」が多数配備されていると言う。これまで何度か対峙してきたが、一回の戦闘で出てきた数は一桁台ぐらいだ。それを上回る大規模な布陣を敷いてきているが、引くわけにはいかない。


「ティタ、見つけた。こっち…連れてくよ、アーサー」
「ああ、フワニータ、ありがとな」


戦場には全くといっていいほど似つかわしくない、ひらひらとしたフリルやレースのネグリジェの上に、柔らかそうなカーディガンを羽織った魔法使いのフワニータがティタに飛びついていた。周りにいた騎士たちが彼女たちを見て、少しばかり相好を崩している。

後ろから軽く肩を叩かれて振り向くと、湖の騎士が思案するような視線と共に、小さく呟いた。


「…モードレット、出てくる前にマーリンを見たか?」
「いや、見てないな。そうか…僕も気になっていたけど、ラーンスロットも見てない、か」
「アーサーは気にするなとは言うが、ね」
「その分、僕たちが見ていれば良いさ」


全くいつもの事ながら困った―世話の焼ける王様だ。楽天的なのか、それを顔に出さないだけなのかはわからない。一番前に立って、波が作る細かな細かなさざなみを見ている。

遥か水平線が、暗い。


*


波の音がやけにうるさく耳につく。小島ほどはあるのではないかと思う巨躯のドラゴンが10や20では下らないのだ。戦う前から怯む兵士も少なからずいたが、それも致し方ないことだろう。こちらが内部抗争にかまけている間に、外敵側もドラゴンの制御技術などを進めていたと言うことなのだろうから。


「アーサー、どうだ」
「なんだ、ラーンスロット。まさか湖の騎士ともあろうものが怖気づいたとか言うんじゃないだろうな」
「ふっ…そんな減らず口を叩けるのなら、大丈夫か」
「ああ、大丈夫だよ。死ぬ気もないし―…このブリテンの地を踏ませる気もない」


背中に負う、剣をすらりと抜く。それは数多くあるエクスかリバーの内のひとつ。どれだけたくさんの数があろうとも、その存在はやはり人の心を奮い立たせる。


「俺たちが止めなきゃ、誰が止めるんだよ。そうだろ?」


てらいのない言葉に、ひたむきな笑顔を向けられた。
だからこそ皆、この少年についていくのだろう。自分自身も、含めて。





一匹、また一匹とドラゴンを仕留めていく。

剣戟と怒号と咆哮とが混じり合う。確実に相手の数を減らし、なるべく自分たちの数は減らさないようにと全体を見渡しながら剣を振る。中長距離の武器の援護もあり、魔法も飛び交う。

一度波が引いた所で、態勢を整える。治療が必要な者たちがいれば下げて、ざっと布陣を敷きなおしていかねばならない。休む間など当然ないが、ドラゴンたちの相手をするよりは遥かにましだ。


「っ…はぁ、はぁ…意外と、やれる…もんだなぁ」
「アーサー、ラーンスロット、ちょっと後退しなよ。ほらこれ飲んで」
「っぷはー、…さんきゅ、ガレス。おかげでまだやれる」
「…うわ、そんなつもりじゃないのに。アーサーもどこかの騎士様に似てきたみたいだね。ティタが聞いたら憤慨するだろうなぁ」


ランスを持ったままくすりと笑って、ガレスがこちらを見返してきた。確かに多方面から様々なことを言われるが、気にしてはやっていられない。遠くから、誰かの叫ぶ声が聞こえる。どうやら相手は、少しばかりの雑談の時間もくれないらしい。


*


真面目に魔法を使うと疲れる。静かに静かに息をすぅと吸い込み、ゆっくりと吐く。

海岸線の様子を見ながら、今回は補助魔法を中心に使っていた。離れているとはいっても、やはり戦場には変わりはない。後方からの援護もそれなりに難しいことを改めて実感する。用意してもらった小さなテントにクッションを持ち込んで、そこに座り込んで作業を続けていた。私の周辺だけ、薬草や紙、石などが無造作に転がっている。


「フワニータ、飲む?」
「うん…ありがと、ティタ…あ…ゴルマネント、また、ドラゴン動き始めてる…」
「あら、そ?にしても、フワニータが真面目に起きてるなんてねぇ。青天の霹靂?」


ティタが持ってきてくれた甘いココアを飲んでいると、一緒に魔法を構築していたゴルマネントにぽむぽむと軽く優しく頭を撫でられた。返事の代わりにぷっくり頬を膨らませる。終わったら気が済むまで寝るからいいのだ。視界の遠くで、ドラゴンが見事なまでに真っ二つにされて、海の中に消えていくのが見えた。

一般の兵士だけだったら、当にこのブリテンは各国に蹂躙されているだろう。

だからと言って、私たち騎士だけがいたらそれで良いのか。それは違う。私にとっては同じなような気もするけれど、違うような気もした。怪我をして、ここに運び込まれる兵士や騎士。休ませる必要があれば休ませて、まだ戦えるのであれば、送り出す。そこに違いはなくて、私が首を傾げているとまた、ゴルマネントが苦笑を浮かべていた。


「こら、フワニータ。あまり難しいこと考えないのよ。今は、私たちが出来ることをなさい」
「…ん、うん」
「あの…先生、でもなんだか、お兄ちゃんたち押してるみたいですよ…?」
「そうね、初めこそこれまでの感覚で、皆後手後手だったみたいだけれど。対処に慣れてきたのかしら」


前線に出ている騎士たちの補助だけでなく、以前のサフォークでティタに使ったような魔法で、視界も共有しているから皆も今の戦況に少なからず驚いているようだった。ばたばたと足音が響いて、新しい包帯や薬を持ってきたフランシースがここではない遠くを指差す。彼の外敵率いるドラゴンたちは、こんなに弱かっただろうか。


―アーサー!この隙に乗じていくぞ!
―分かってる!もう一踏ん張りだ、皆よろしく頼む!


士気を上げるように剣を高く掲げたアーサーは躊躇うことなく、一番に走る。弓が刺さり、剣が突き立てられ、のた打ち回るドラゴンたちの咆哮は、ここにまで聞こえてきた。


*


意気揚々と戻ってくる騎士や兵士たち。一部の騎士たちはそれでも何かを懸念してか、表情がいまいち明るくない。返ってきた皆の手当てをしていたけれど、一緒にいたカーネリアンやガーネットが、「出迎えてあげて」と言ってくれたので素直に甘えた。

探していると、何人かの騎士が「まだ海岸線の方にいる」と教えてくれた。

空は相変わらずどんよりと曇ったままだ。海岸線に沿って走っていくと、お兄ちゃんはラーンスロットや何人かの騎士たちと話をしている。足音で私に気づいたのか、ゆっくりと振り返って微笑む。そんな顔を見せられると、私も笑顔で返すしかない。


「おかえり、お兄ちゃん、皆!」
「ただいま、ティタ。…っとにもう、やなこと考えた。駄目だな、俺も…」
「アーサー、私のランスちょっと持って」
「ん?ほい」


ありがと!と言いながらお兄ちゃんにランスを手渡したガレスが、私にぎゅっと抱きついた。私は少しよろめきそうになりながらも抱きとめる。ラーンスロットやモードレッド、ウィルやシーザーたちと目が合う。皆の、どこかやり切れない、寂しげな笑顔に胸が締め付けられる。


「ガレス…?」
「あはっ、何でもないよー」
「じゃあ帰ったら聞く」
「…う、ティタ厳しいなぁ…」


それでも、しがみついたままなのは何かあったからに違いないのだ。外敵やドラゴンたちを撃退した後にグィネヴィアやフェイからの通信があったのは、私たちも見ていて知っている。話の内容は、周囲の歓声に紛れて聞こえなかったけれど、きっとその時に何かあったのだと思う。


「大した事じゃない。どこにでもあることだよ」
「モー君!それでも…それでも、悲しいよ」
「…緊張感ねぇなぁ、その呼び方」
「ウィルも大概だと思うけど」
「ほらほら、ガレス。ティタが潰れるぞ」
「だ、大丈夫だよ、ラーンスロット…そっか、なんとなく分かった、かも」


ごめん!と言い切って体を離したガレスも、私を安心させるためだろうか、にっこりと笑った。でもやっぱり、どこか悲しげだ。歩いてきたラーンスロットの手が伸びて、さらりと頭を撫でてくれた。その手が離れた後、私は空を見上げた。深く重たいこの曇天はいつ晴れるのだろう。


「ったくよー、お前ら辛気臭いぞ。考えすぎるな!」
「そうだよ!うじうじしないの。外敵は逃げたし、皆無事だし、今はそれで十分だよ」
「―…そうだな!とりあえず帰る!そうしよう!」
「おお、そうしろ、アーサー」


ウィルが発破をかけるようにお兄ちゃんの背中を叩く。元気付けるように、ロビンも大きく声を揃えた。


「…マーリンが、どうでるか、だな」
「どしたの、モードレッド。帰ろ?」
「そうだね。帰ろうか」


一番後ろにいたモードレッドが、立ち止まって海を見つめていた。声をかけると、なんでもないと言うように首を振る。それなら良いのだけれど、と私も同じように黙ってしばらく見つめた。そうすると、こほん、とわざとらしい咳払いが一つ。


「あ…うん。その、ティタ、ほら、置いてかれる」
「う、うん?…うん、分かった」


確かに皆が歩き出し始めている。さっきとは打って変わって、何かごまかすような照れ笑いを浮かべているのが気になる。けれども今は聞かないほうがいいのかもしれない。モードレッドに押されるようにしながら、少しずつ薄暗くなり始めた海岸線を後にした。



( おそらく、世界の真実はそれほど美しいものではないだろう )
title / 空橙



Maybe the world reality is not so beautiful.


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