Small talk ; 小話
"Wait you at the world end."
晴れると確かに朝、あの少年に断言した。
けれども、ここまで透明な夜空は、このブリテンでも早々見られないだろう。
息を飲むほどの、星空。
それは、ずっとずっと、手の届く事のない遥か遠く。
空の記憶の端に滲んでいく、星の光。
ここ数日、数多くいる王の一人であり、友人でもあるアーサーは連戦ゆえなのか、それとも別の理由があったのか、たまに暗い表情を浮かべていた。11人の支配者とやらの騒動も一段落ついたが、ブリテンにおける問題はそれだけではない。そもそも外敵と戦う為に王や自分たちをあの魔法使いは用意している。全ての問題が片付く日など来るのだろうか、はなはだ疑問だった。
だからこそ、気分転換に星でも見ろと勧めてみた。上手い具合に聞きつけたウィルがあれよあれよとアーサーを乗せてしまった。それで一日かけて準備して、今こうして剣術の城の面子が集まってお酒付きの夜のお茶会となっているわけだ。
「Twinkle, twinkle, little star ―……オリオン、こんばんは!」
「ああ、ティタ。こんばんは」
人が集まっている場所から離れて、何を見るともなく、頭上の星を数えていた。
不意に聴こえてきた、幼子のための歌。名前を呼ばれてゆっくりゆっくりと振り向くと、昼日中の空色の瞳と目があった。長い髪が、子馬の尻尾のようにふわんと揺れている。
「オリオン、昼間はありがとう。…ほんとは、怖かったから」
「ああ、見つけたときは肝を冷やした」
「うん…そだ、これ。飲み物もらってきたよ」
両手に一つずつある小さなタンブラーの中身は、大きめの氷が一つ二つ浮かべられたとろりとした琥珀が混じる乳白色。一つ差し出されて受け取ったものの、かすかに香るアルコールに眉を寄せた。
「ありがとう。ティタ、これ中身は聞いたか?」
「ウィルがミルクティって言ってくれたよ?」
「…そうか。ティタはまだ飲んでないか」
「うん。一緒に飲もうと思って」
先に飲むから、と断ってから口に含む。紅茶の味もするが、思った通りこれはお酒が入っている。買出しのときに店のマスターとカウンターでなにやら悪巧みをしていたのを思い出した。瓶のラベルも見た気はするが、名前が思い出せない。リキュール類はそれ程アルコール度数が高いわけではないから、こうやって割れば心もち度数は減るものの、ため息をつくしかなかった。
「…ティタは飲めるか」
「え、何その質問…まさか」
タンブラー片手に肩をすくめて見せると、小さく「あちゃー」と口元に手を当てている。一見すると本当にアイスミルクティにしか見えないので、うっかりアーサーなどはすぐに騙されて飲みそうだ。ちらりと彼女に目をやると、手の中のタンブラーを軽く睨んで考えあぐねている様子だった。
「無理はしなくていい。そっちも飲もう」
「大丈夫だよ。多分飲めるよ」
「……多分な上に、そんな台詞じゃ飲ませられないな」
迂闊にこの子を酔っ払わせるわけにはいかない。大体なんでティタにカクテルなど渡したのかが見当がつかないが、ウィルが何やら画策したのだろう。何を目論んでいたかは知らないが、俺のところに来てしまったのでそれが崩れ去っている事を願いたい。
「オリオンは、星の人なんだよね」
意表を突かれて、思わず星とティタを交互に見た。両手の中にあるグラスに口をつけている。無礼講と言うわけではないが、何かをしようという気も無いので大丈夫だろう。ティタの言葉を借りて、敢えて「多分」と言っておく。
ゆったりと顔を上げて、グラスを持ったまま空を示す。とは言え、今の季節柄自分たちの星座は空には、ない。
「そうだね。正解と言うわけでもないが、間違っているわけでもない」
首を傾げてこちらを見つめ返すティタには、どう説明したものやら。そもそも俺自身も、湖がどのように自分たちを造っているのか、詳細などは全く知らない。こうして今ここにいる以上「どうやって造られたか」などが分かったとしても、さして今後の稼働に劇的な変化があるわけではない。
微妙なニュアンスを感じ取ったらしく、ティタはからんとグラスを回した。見れば半分ほど減っているが、意外と平気そうな顔をしていた。それでもまあ、兄が弱いのでいきなり倒れるかも知れないから用心はしておく。
「そういえばね、オリオン。グィネヴィアがちょっと言ってたんだけど」
「うん?…彼女が言うと何か嫌な予感しかないな」
「…今度、オリオンと同じように、星座から騎士を造るって」
「そうなのか。…そうか」
見上げた夜空に浮かぶ星を、幾つか結んで自分の中で形作る。さて、どの星が、ここに降りてくるのか。
彼女が知っていると言う事は、多分兄であるアーサーもその事は知っていそうな気がした。微かに、震えるような声で「ごめんね」と聞こえたのは空耳などではない。
「ティタ…そこまで気負わなくてもいい」
「そんなこと、…そんなこと、ないよ」
「いいんだ、気にするな」
アーサーやティタが思う以上に、俺たちは感謝をしている。
たとえ生まれ方が違ったとしても、変わらないものがあるのだとわかったから。
戦う為だけの道具として造られている事は、騎士である以上―ここにいる者は受け入れる事ができなくても、理解はしている。
人である事、騎士である事。
お互いに疑問を持ちながらも、何度も何度も繰り返し問い続けていたが、全てが終わるまできっと答えは出ないだろう。そしてその終わりすらも来るのかどうか。
宥めるように頭をそっと撫でながら、自分のグラスに口をつけるともうほとんど空になっていた。氷だけが、まだ溶けきらずに形を残している。
「オリオンは確か、もっと寒い季節に見えるんだよね」
「季節がもう少し巡らないとな。ティタ、それもう飲めそうにないか?」
「後ちょこっとだから飲みきっちゃう。ありがと!飲んだらあっち行こっか」
「ああ、そうだな」
思い切り良く煽ったので一瞬焦ったが、顔色は変わっていないので安堵した。少し先を歩き始めたティタを追う。まだまだ、夜は長い。
( 世 界 の 果 て で 待 っ て い る 。)
title /
BLUE
Wait you at the world end.
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