フェアリ*ティル | ナノ


Small talk ; 小話


"I don't mind being alone."



左腕が軋む。付け加えると、目の前の椅子に座っているティタから向けられる視線も痛い。咎めるような視線ではないけれど、どうにも落ち着かない。何か言ってくれればと思うのだけれども、そういう時に限って言葉がないので、苦笑してしまう。

何を言おうかと思案していたところに、ティタの柔らかな手が、僕の左腕を労わるように撫でた。幾つか出来てしまっている擦り傷に消毒が塗られてじわりと染みる。痛む左腕に手早くするすると丁寧に包帯が巻かれていくのを、ただ眺めていた。


「モードレッドは騎士なんだし、運動神経いいのは知ってるけど」
「…うん」
「怪我は少ない方が…良いな、私」


私もやっぱりお兄ちゃん並みに無茶とか勝手言ってるよね、とティタが小さく呟いたのが聞こえた。左腕に添えられていたティタの手を、右手でそっと触れる。


「…無茶では、ない、かな」
「…え?」
「心配かけて、その、ごめん」
「…!え、えっと、その、あ、…ううん」


*



たまたま、だった。いつもならこんな間の抜けた事はしないのだけれど、起こってしまった事は仕方ない。




街を歩いていると、小さな少年が一人わんわんと泣いていた。誰もがその子を避けて歩く中、声をかけて話を聞いていると、空を指差しては泣きじゃくっている。ポケットからハンカチを取り出して手渡してやりながら、たどたどしい言葉じりを整理して鑑みるにどうやら近所の雑貨屋でもらった風船を離してしまったらしい。

大泣きしている少年の頭を撫でながら、天を仰ぐ。ずっと泣いていたのだから、もう飛んで行ってしまったかもしれない。建物でも何でもいいから何処かに引っかかっていれば、と思うけれどぐるりと見渡したところでどこにも見当たらなかった。


「あーっ!おにーちゃん、あそこ、あれ!あれ見てっ」


弾かれたように顔をあげた少年の視線の先には、街の中にある背の高い木があった。それは見上げるほどに高い木で、かなり上方にぽつんと小さな青い点があるようだった。


「よく見えたね。あれかい?」
「うん、あれ!あれ、僕もらったの」
「そうか。私が取ってくるから、ここで待ってるんだよ」


見つからないと思っていた物が見つかって嬉しいのか、少年は興奮した様子で、コクコク小さな頭を振っている。その微笑ましい様子にもう一度、見上げる。あのぐらいの高さの木なら、登って取るぐらいどうという事はない。幸い今は人通りが少ないからと、木に登って上方まで上がっていったは良かった。城の上階から眺める景色とはまた違うな、とそんなことを考えながらようやく風船まで手が届きそうだ、という所まで来て慌てた。珍しい果物か何かだと思ったのか、鳥がそれを啄ばみそうになっていたのだ。咄嗟に左腕を伸ばしてそれを庇い、右手で紐を掴んで風船を手繰り寄せる。後は体勢を崩したままになり、足を滑らせて落下と言うわけだ。


「(まさかそれを見られてるとは思ってもいなかっただけだけど)」


木々の枝に体が少し打ち付けられるが、戦場に比べれば、これぐらいの事はなんでもない。風船を割らないようにと抱き込むようにしながら、着地点を考えていると「おにーちゃん!」という声と「モードレッド!?」と二つの声が下から聞こえてきた。その時はさすがにしまったなと、それだけ頭を掠めた。

風船は死守してだんっと音を立てて着地する。その時足が少しジンとしたぐらいだろうか。

何か袋を抱えて走り寄ってきたティタは泣きそうな顔をしていたし、少年はおろおろしながら「おにーちゃん!」と慌てふためいていた。ほんの少し痛むかな、と腕に目を向ける事なくただ少年を安心させるように微笑んで風船を手渡す。


「おにーちゃん、ありがと!」
「どういたしまして。もう離してはいけないよ」
「うん!僕、もう離さないよ」


少年はにっこり笑って僕にぎゅっと抱きついた後、そのまま何処かへ走り去った。きっと家に帰って行ったのだろう。さてここからどうしたものかと、僕はティタに微笑みかけた。


「どこか買い物に行ってたの?」


僕の言葉に虚をつかれたティタは、素直に袋の中身を覗いている。そして城下町のいくつかの店の名前を挙げた所で、ようやく気がついたらしい。


「そ、そうじゃないそうじゃなーい!もう、モードレッドまでそういう風にはぐらかすなんて」


パタパタと僕の肩についていたらしい木々の枝や木の葉を払った後、ちらりと左腕に目を留めて、その後ティタは僕の右腕を掴んだ。手当するからね、と強く言われて冒頭に至る。


*



ほんの少しだけ顔を寄せると、「何?」とキョトンとした顔をしていたので「何でもないよ」と微笑む。


「有難うティタ。なるべく、気を付ける」


安心したように、ティタも微笑む。

そう、彼らの願いは自分にとっては無茶でも何でもない。一度、死を覚悟した―あの時死ぬはずだった僕には、きっと、必要な鎖なのだ。



( ひ と り ぼ っ ち で も か ま わ な い )
title / Wanna bet?



I don't mind being alone.


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