Small talk ; 小話"If I were you..."
魔法要塞ゴアからキャメロットへと戻ってきた後、騎士たちは皆それぞれ散開していく。僕自身も部屋に戻ると間もなく、室内の空気はなんとなく重たく感じられてまたすぐに外に出ることにした。
街が暮れなずむ頃、水のさらさらと流れる音に惹かれてわずかに夕焼け色に染まる水路に沿って歩いていた。途中で橋に差し掛かったので、手すりにもたれ掛かってその場に佇む。おもむろに右手を上げて、自分の手の形を目で辿った。
―俺もあいつも、こんなでごめんな。モードレッド。
―いいよ、もう終わったことだし。君たちが砂糖より甘いのは今に始まったことじゃないから。
―…あー…うん。そう言われると身も蓋もないけどな…
―自覚してる分だけアーサーはましだとは思ってるよ、僕は。
―お、おう。なんだか返す言葉もない…
ユリエンス王の事を忘れさせるほどの勢いで魔女が好き放題をして去って行った後にアーサーに話しかけられた。あの時そうは答えたけれど、今思えば僕は僕でアーサーにもそうはさせたくなかったからこそ前に出ていたことに気付いた。そう思う分だけ、人のことなど言えず、僕もきっと甘い。
造られてからこれまで、この手で斬ってきた存在 の数など知れない。
あの魔女モーガンさえも戸惑っていたのだ。ティタとの間に何があったのかは詳しくは知らないけれど、きっと、あの魔女は―少女は、これまで人に何か優しくしてもらったことなどなかったのかもしれない。「南瓜か」と呟きながらも、それぐらいのことは容易に想像できた。
「眠い、かな…」
疲れているわけではなかったけれど、強いて言うならそんな気分だ。指の間からのぞく空はだんだんと夜の色へと変わっていく。
人の気配がして、開いていた手を軽く握りながら、腕をおろす。いつもと同じ慣れた気配だから気にも留めずに、小さく出た欠伸を手で隠しながら振り向いた。ふわりと、亜麻色の長い髪が揺れている。
「探したよ、モードレッド」
「…ティタ」
咄嗟に何を言ったらいいのか分からず、名前しか呼べなかった。膝に手をついて息を整えている所をみると、自分を探していたのか走ってきたらしい。
それにしても、いつもどうやって僕を見つけているのだろうか。ふぅ、と落ち着いたところで彼女はぱっと顔を上げて、一歩、二歩と僕のそばまでやってきた。いつもと変わらない真っ直ぐな空色の瞳と目が合ったので、尋ねてみることにした。
「いつも、思うんだけど」
「うん、なぁに?」
「よく、僕を見つけるな、と思って」
一瞬きょとんとしたティタは、「会いたかったから」とすぐに花が咲くような笑顔を見せて息を飲んだ。少し構えていたので呆気にとられながらも、先ほどの言葉を僕は反芻してみた。他意はないことは分かっている。ティタはまた、どこか悲しそうなそれでいて意を決した凛とした瞳を向けて、ゆっくり言葉を続けた。
「ごめんなさい、モードレッド。あの時、…駄目って、言って」
ハッとした。探していたのはやはりそのためだったかと、同じようにゆるく首を振る。あの時はそうすることが自分の役割だと判断しただけだ。右手を上げかけて、少し逡巡してから、下ろす。いつもならそれほど意識していない、剣を持つ側の手だと。そして改めて左手で、そっとティタを労わるように撫でた。
「…も、モードレッド、あの、恥ずかしい、よ?」
「……そうなのかい?」
「そ、そうだよー!」
僕は内心で首を傾げた。いつもいろんな人に頭を撫でられて、ニコニコとしているのをよく見るから、こんな反応が返ってくるとは思わなかった。ティタは軽く頬を膨らませながらほんの少しだけ身じろいで、僕の腕を柔らかに両手で掴んで下ろした。
「ふ、ははっ…うん、ティタ、意外だ。可愛い」
「え、なにそれ酷いな、もぉ…脈絡ないよ!」
その仕草につい吹き出してしまった。珍しくぷいとそっぽを向いて、むぅ、と唸っている。でもそれは多分強がりだと、僕でも何となくわかった。
「…ティタ、ちょっとだけ、だから」
一つ、深呼吸してからティタを引き寄せて抱きしめた。ティタが僕を見上げて驚いた様な顔を見せた。何か言いたそうにしたかと思うと、ぐっと我慢して、そのままぽろっと涙を零した。
最初は言葉にならない声。それが少しずつ、大きくなる。
「…う、ふぇっ…ご、ごめ…ごめんなさい…!」
「いいよ。泣きたいなら、ちゃんと泣いて、ティタ」
受け止めるぐらいしかできないけど、と目を見てしっかりと告げると、堰を切ったように泣き出したティタが、縋るようにしがみついた。優しく優しく、背中を撫でてやりながら、いつか同じ様なことがあった事を思い出す。あの時とは正反対で、とても不思議な気分だった。
If I were you...
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