フェアリ*ティル | ナノ


The creed that supports oneself.
自分を支える、もの。


警備兵と私たち騎士とではやはり力の差は大きく、水没大橋を越えてそこを守る結界を破壊した頃にようやく相手側である11人の支配者も軍を動かそうとしていた。


「『アーサーさま、魔法要塞ゴアを守っていた結界も解除されました』」
「ああ、一気に行くぞ。皆、よろしくな!」
「『お待ちなさい、アーサー。ゴア周辺では治めている王であるユリエンス以外にも魔女モーガンの活動が報告されています。十分に気をつけるのよ』」
「わかってるよ。何かあったらまた通信くれ、グィネヴィア」



要塞内を進んでいたところに、何か言い争う声が聞こえた。ちらりとこちらに目配せしてきたアーサーに頷いて返すと、そこにはユリエンス王と何人かの騎士たちがそばに控えている。私たちと同じように、もしかすると何か通信でもしていたのかもしれない。ため息をついたユリエンス王は諦めた風でもなかったが、微苦笑にも似た冷笑を浮かべていた。


「全く、水没大橋で沈んでいればよかったものを。でもこうしてエクスかリバーを間近で見られたのは良かったですね」
「はぁ?」
「だってそうでしょう。魔女が造ったのではない、正真正銘妖精が作り出した剣。失われた時代の技術―さぞかし解析したら楽しいことでしょうねぇ」


傍目で見ていても、アーサーが怒気に包まれていくのが分かって苦笑するしかなかった。我が王とは、どうしたって相性が悪いタイプだ。剣をぐっと握ったまま微動だにすることなく、ただ真っ直ぐに睨みつけていた。


「この剣はそんなことに使うためにあるんじゃない。だから…あんたには抜けないんだよ!」
「別に私自身でそれを抜く必要などはありません。そんなことに意味も意義も感じていませんので」


さらりとかわすユリエンス王が手を上げたと同時に、彼の周りにいた騎士たちが一斉に動き出す。彼自身はこちらに視線を向けたまま小さく口を動かしている。多分、魔法を詠唱しているのだろう。頭に血が上っていなければいいが、と目の前のアーサーに注意する。


「アーサー、魔法に気をつけろ。基本的にどうしたって私たちは魔法とは相性が悪い」
「分かってるよ!でも全員が苦手なわけじゃないだろ。あいつはこの剣が欲しいんだから、俺が先に行く。援護頼むな、ラーンスロット」
「…えっ?待て、アーサー!…ったく」


それだけ言い捨てて、馬鹿正直に真っ直ぐに手下の騎士たちに斬りこんで行った。手下と言ってもさすがに王直属だけあってか、これまでの騎士たちよりは手強い。全く困った王だと一瞬呆気に取られたが、そんな間抜けな面を晒し続けるわけにもいかない。


「帰ったら素振り千回ぐらいはさせないとな」


罰稽古を言いつけたとしてアーサーの場合は嬉々としてやりそうだったので、思わず口角が上がる。私は自分の体に力を溜め込むように、一つ、二つと息を吐いた。そして、妖精たちに教えてもらった、自分の中に在る風を、剣へと移すように意識する。そして、少しずつ剣を中心に風が吹き出し始めた。


「さぁ、私も…もう少し真面目にやるとするか」
「…え、ラーンスロット様!?」
「ははは、巻き添えを食いたくなければ、私の前に出てくれるなよ」


周りの騎士に注意を促す。アーサーには当てないようにゆっくりと移動しながら、風を纏わせた剣を一閃させた。


*



剣と魔法。このブリテンに在るもの。

それは分かっている。それはどちらとも必要な力であって、どちらかに優劣をつけるものではないはずだ。だから、剣だけでも、魔法だけでもきっとこの国は―もちろん、この国以外だって、治められるわけがないのだ。

瀕死のユリエンス王に構っている暇などはなかった。次は早々にこの施設一帯の始末をつけないといけない。


「よし、後はドラグーンファングとこの要塞の関連施設を破壊していくか」
「ああ。何とか終わっ―…」
「…たわけないでしょ、ばーか」


俺の言葉を、どこかで聞いたような気がする声が遮った。ラーンスロットや他の騎士たちも、どこから声がしたのかと剣を構えて辺りを見渡すが誰もいない。カツンと靴音が響いたかと思うと、目の前の空気が揺らめかせながらぶかぶかのローブを着た女の子が現れた。ふわりとローブの裾を浮かせて、気だるそうな視線をこちらに向けた。


「ふふっ…私のこと忘れたんだ。むかつくなー。前、名乗ったでしょ"冬の魔女"って」
「『あーーーーっ!!』」
「な、なんだなんだっ!?」
「『お兄ちゃん、その子、私会ったことある』」
「えっ?!いつだよティタ!!」


いきなりの通信の声には、現れた魔女自身も予想外だったようで、先ほどの私たちと同じようにあたりを少しばかり見回して、もう一度俺を睨み据えてコホンと一つ咳払いした。そして、「そっか、そういうこと?」とささやくように呟いた。

ローブのポケットからいくつか水晶か何かで出来た玉を取り出し、魔法を使ってぷかぷかと浮かせている。


「ふーん、でもわかんない。あの子は"アーサー"じゃないのよね?」
「ティタのことか?ああ、あいつは違う」
「そ、分かった。じゃ、南瓜の恩もあるしあの子は除外したげる」
「除外って…どういう」
「でもあんたは駄目。あんたと私たちは殺し合うの。生きて帰れたら、そうね。あの子に伝言してくれる?"おいしい南瓜だったわ"って」


そうだ、思い出した。確か俺もこの少女には以前南瓜畑で会った。一体どこの南瓜泥棒なのかと思って尋ねてみたら、「いいわよ、もう、一個持ってるもん!」とぷりぷり怒って帰って行った。その時確かに"冬の魔女"と名乗っていたのだけは覚えている。

ティタは可愛らしい子猫みたいな女の子に会ったとかそんな風に言っていたが、今目の前に居る少女にそんな可愛げは全くない。むしろ牙を剥く獰猛な野生の獣だ。

少女は―冬の魔女は、手にしているエクスカリバーを親の敵とでも言わんばかりの酷薄な瞳で見つめている。並の人なら、その瞳だけで射殺せそうだった。


「私の名前はモーガン・ル・フェイ。冥土の土産に教えたげる。…ティタも、聞こえてたなら、覚えていて」
「待て、待て待て待てって!えーっと、モーガンっ!」
「嫌ぁよ。何で私があんたの言うこと聞かなきゃいけないの?観念して殺されなさい―その剣ごと、ね!」
「「アーサー、避けろ!!」」


ラーンスロットと、モードレッドの声が重なって聞こえた。モーガンが浮かせていた玉から、突如氷の粒が生まれる。同時に周囲の空気も凍りつかせたのか、肌が冷たくぴりっと痛む。避けようにも、飛び退こうとするのと剣で顔を守るようにするので精一杯だった。

今さっきまでいた場所には、氷の粒の塊で山ができていた。モーガン自身も、自分の魔法で作った氷で少しローブが破れているというのに、こちらを嘲笑するかのように、壊れたような高笑いをあげ続けている。


「もう、ユリエンスもいないから、気兼ねなくドラグーンファングも撃てるわぁ。うふふふっ、ここまで近けりゃ外れないだろうし」
「なっ、自分諸共って、お前何考えてんだ…!」
「あははははは!あんたを殺すことに決まってるでしょ!」


自分すらもどうなってもいいのか、と思うと背筋が寒くなる。でも、ティタが会ったことがあると言うのなら、なおさら手にかけるわけにはいかなかった。


剣を持ったことを後悔したことはない。

モーガンは執拗に俺一人だけを狙い続けてくれたのは、ある意味助かったのかもしれないと考え直す。雹や氷柱が襲い掛かり、それを剣で弾く。時々避け切れなかった小さな氷解が肌を掠めて傷を一つ二つと作っていく。

さすがに"魔女"だけあって並の騎士以上に強い。これ以上どうしたらいいのかと迷いながらも攻撃を避け、聞いてもらえなかったとしても声をかけ続けるしか思いつかなかった。


「…アーサー、どいてくれ」


モードレッドが間に立ちはだかった。思いがけなく間に人が入ったことで、魔女も足を止めた。友人は黙ったまま魔女から視線を外すことなく、腰に佩いた剣に手を添えている。それは、如実に何かを語っていて、何も言うことが出来なかった。


「あんた…あらぁ、ふふ、姉さんが造った奴じゃない。そこのアーサーと一緒に消してほしいのなら、お望みどおりにしてあげる」
「出来るものならやってみればいい。僕はアーサーほど甘くない」
「『―だ、駄目、駄目だってば、やめてお願い、モードレッド!』」
「『こら、ティタ、貴女お黙りなさい!』」


グィネヴィアの声と、今にも泣き出さんばかりに痛切な―もしかすると泣いているかもしれない、ティタの声が響く。なぜかモーガンも、その声にはわずかばかり躊躇いを見せたようで、少し目線を上げて眩しい位に青い空を視界に収めていた。


「…ティタ、僕はそれでも―…」


ぽつりと言う言葉は聞き取れなかったけれど、モードレッドが剣に手をかけたのと、モーガンがこちらを見て、口を動かしたのは同時だった。少しだけ口を尖らせてため息をつきながら、浮かべていた小さな玉をローブのポケットに突っ込んでいる。


「…あーあ、いいわ。あれ、撃ちたかったけど、私一人だけ生き残ってもつまんないし。次に期待してるから、またやりあいましょ。ブリテンの災厄である私たち魔女の手を、楽しみに待ってなさい、アーサー」


言うだけ言って、魔女が居たその場所一帯を氷で固めつくして、それでも足りないと言わんばかりになお笑っていた。

モードレッドは動かない。追うまでもないと判断したのか、抜きかけた剣を収めていた。通信からめまぐるしく言葉が聞こえてくるが、消えて行く魔女の姿を、皆呆然と見つめながらその場に立ち尽くしていた。




「『…確実に11人の支配者たちの力は弱体しておる。ユリエンス王には逃げられたが、基盤であるこの要塞ゴアが失われたのじゃから、しばらくまともな活動は出来まいよ』」


静寂を破ったのはやはりと言っていいのか、マーリンの声だった。その後、ほかの騎士たちにもてきぱきと指示を出してさっさとキャメロットへと戻ってくるようにと言い、通信を勝手に切ってしまった。


*



モードレッドがアーサー様の前に出たとき、どれだけ彼女は必死だったか。


グィネヴィア様は、「こちらにいらっしゃいな」とティタを呼びつけたかと思うと、こめかみをぐりぐりとし始めていましたが、眉を寄せたままされるがままになっていました。そうかと思うと今度はすばやくむにっと頬に手を伸ばしています。


「この、お馬鹿っ!」
「むむぅ〜〜!ほ、ほめんってふぁぁ〜!」
「グィネヴィア様、ティタのほっぺたが真っ赤になってます!千切れますから!?」
「仕方ありませんわね!これで許して差し上げますわ」


今回の作戦が終わった後、マーリン様は次の計画を練るからと早々に退出して行かれました。

両頬を軽くさすったティタは、テーブルの上の片づけを始めました。作戦遂行に必要な資料の類はもうマーリン様が持っていってしまいましたので、カップやソーサーなどしかありません。部屋にはかちゃかちゃと食器の音だけが、響いています。


「貴女も顔が広すぎますわ?いつどこでどうやってあの魔女と知り合ったっていうのよ」
「この前、南瓜畑で。あの会話からすると、お兄ちゃんも一回会ってたのかなぁ」
「アーサーはいいですわ、貴女よ貴女!もう、この兄妹はどうしてこんなに甘ちゃんなの」


最後の台詞で見事に話が変わりました。トレイに綺麗に片付けられたソーサーとカップを見ながら、私はグィネヴィア様とティタを交互に見比べました。片やお姫様、片や平民。守る側であり、守られる側。比較する内容はたくさんあるので、考えながら言葉を続けます。


「でも、今回は…たまたまですけど、あの魔女はティタを気にかけてもいるようでしたね」
「そんなたまたまなんて毎回頼ってられません」
「…ごめんなさい、グィネヴィア、フェイ」


ティタも、多分理解しているはずなのです。そうでなければ、あんなに落ち込んではいないでしょう。消え入りそうな声で「皆にも」と聞こえたのは、間違いではなかったはず。


「ティタは、モードレッドにも、あの魔女にも、…戦わないで欲しいと思ったのですね」


私の方を見たティタは、悲しそうに頷いていました。彼女の兄であるアーサーも然り。そうでなければ、あんな防戦一方なんて戦い方にはならなかったでしょう。


「最初から本当に敵として出会っていたのなら、良かったのでしょうか?」
「フェイ、貴女たまに…核心をつきますのね」
「…初めて会った時には、ただの南瓜好きの女の子だったんだよ。名前は今さっき知ったんだけど」


帰っていくときに魔女とは言ってたけど、聞き間違いか何かだ思っていたとティタは苦笑しています。


「ティタ、まずはここを片付けましょう。それからまた、アーサー様や皆様をお迎えしましょう。今はそれがいいと思います」


グィネヴィア様とティタは二人して私をまじまじと見つめています。変なことを言ったつもりはなかったのですが、二人の反応を見ると少し不安になってしまいました。もう一度先ほどの言葉と自分の中のライブラリーに間違いがないか検索をしましたが、用途にもおかしい所はありません。


「ありがとね、フェイ」


そう言ったティタの笑顔は、まだいつもの笑顔には遠かったのですけれど、それでも元気づけることは出来たようでしたので私も安心しました。


あなた方兄妹が皆様方に願う様に私たちもまた、あなたたちに笑顔でいて欲しいと思っているのです。




( も っ と わ た し と 遊 ん で 頂 戴 、 ダ ー リ ン 。)
title / BLUE



Play with me more, darling.


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