フェアリ*ティル | ナノ


The mysterious sense that I feel nostalgic for.
懐かしいような、不思議な感覚。


本日の仕事を追えた後、城内の庭に置かれているベンチに腰掛けてゴルマネント先生から渡された本を広げていた。真っ青な空は見ていて爽快だけれど、その反面で照りつける日差しが肌を刺す。

だんだん暑さに負けそうになって集中力がなくなってくるのが分かる。暑い、とこぼした所で天気が変わるわけでもない。きりのいい所まで読み進めた後、移動しようかと考えていたところに、さっと視界が暗くなった。


「や、ティタ」
「あ、モードレッド。どしたの?」
「いや。君の姿が見えたものだから」


ゆっくりと顔を上げると、少し間をおいて「…来てみた」とベンチの背に手をついて影を作るようにモードレッドが私を見下ろして目を細めていた。


「暑いだろ、ここ。頬が赤い」
「来た時はそんなに暑くなかったんだけどなぁ」
「ずっといたら倒れる。ティタ、あっちに東屋があるからそっちへ行こう」


そういうや否や、ベンチに置いていた本をさっと持って歩き出したので、その後をついて行く。東屋の中のベンチは、屋根がある分だけひんやりとして座ると気持ち良い。目の前には城付の庭師が丹精込めて育てた花が咲き乱れていて、入り込んで来た子供達がかくれんぼか何かをして走り回って遊んでいた。


「ティタは魔法を勉強してるんだって?」
「うん。まだ始めたばっかりだから付け焼刃もいいところだけどね」
「でもゴルマネント女史は褒めてたよ」
「そ、そうなの?!ほんと?嬉しいなぁ」


左隣に座っていたモードレッドに思わず大きな声を出してしまった。

遊び回る子供達の声や、水路の水がさらさらと流れる音が緩やかに聞こえてくる。薬を作ったり傷の手当をするのはこれまでもお兄ちゃんがよく傷だらけになって帰って来ていたから、それには慣れていた。人づてに言われると、気恥ずかしいけど嬉しいものだ。


「魔法もいろいろあるからね。こっちの見ていない本、見てもいいかい」
「いいよ。あっ、もしかしてモードレッドは魔法も出来たりする?」
「?ああ、まあ少しなら」
「…さ、さすがはモードレッド…!」
「さ、さすが?何が?」


きょとんとしている所を見ると、自分がどれくらいすごい騎士なのか自覚していないのだなと改めて思う。そう言う所はなんだか可愛いなと笑っていると、不思議そうにしながらも本をパラパラとめくり始めた。まさかあのスピードで読んでいるのだろうか。

しばらくモードレッドの手元に釘付けになっていたけれど気を取り直して、次の時に教えてもらおうと思っていた分からない所を聞いてみると「それかい?ここは…」とすぐに明確な返事が返ってきた。ここはこう考えてみて、などとアドバイスまで出てくるものだから感嘆する。


「たまにで良いから、聞いてもいい?」
「僕でわかる範囲なら、でよければ」
「いいの?ありがとう!」


*


南瓜が幾つか食べ頃になっているから取りにおいでと知り合いの農家の人に言われていた。お兄ちゃんも割と頻繁に城下町や近くの村々をよく見回っているから、「俺も言われたよ」と嬉しそうにしている。昔から南瓜は二人して大好きだったりするので、なおさらだ。


「俺も畑には後で行くけど、ティタのことだから何か作るんだろ」
「そうだね、お兄ちゃん何が食べたい?」
「そうだな…プディングとかパイとか。ありきたりか?」
「ううん!いいよ作る作る!任せて」


考え出すと食べたくなってくるものだ。任せるよとだけ言い残して、お兄ちゃんは王様業のためにどこかへと言ってしまった。その後姿を見送った後、農家のおじさんもいつでも好きな時においでと言ってくれていたから、時間のある今の内に行っておく事にした。かごを持って柔らかな日差しの中を歩いていると、だんだんと青々と葉が茂るかぼちゃ畑が見えてくる。これだけ一面のかぼちゃ畑と言うのもなかなか壮観なものだった。


到着した南瓜畑には、先客がいた。ぶっきらぼうだけれども可愛らしい仔猫の様な女の子だ。

大きなフードのついたぶかぶかのローブを身に纏い、鋭い目つきで私を睨みつけていた。金色の髪を、頭の高い位置で綺麗に結い上げている。たくさんの玉を宝飾品に使っているのがなんだか印象深い。


「何見てんのよ、あんた」
「うん、可愛いなと思って。南瓜と貴女を」
「…け、見物料とるわよ」
「そうなの?じゃあ、南瓜一個どうぞ」
「えっ?うそっ、くれるの?ここ、あんたの畑なの?!何者よ…!」


今日南瓜畑に来ている経緯を話しながら手近にあった形の良い南瓜をヘタの所で切り、差し出すとその子は顔を輝かせた。渡した南瓜を大事そうに麻袋にしまい込んで、うっとりしている。よほど南瓜が好きらしい。この子に食べられるなら本望だろう、とのんきに考えてしまった。


「…ありがと。でもこれぐらいで私は懐柔されたりはしないんだからね!!」


お礼を言いたいのかそうでないのか。ほんのり頬を染めながらぐいぐいと詰め寄られて、私は苦笑しながらもジリジリと後ずさる。この子も私たちみたいに昔に何かあったのかな、とそんな事をふと思う。そう言えば持ってきた鞄にはお菓子と薬の包みも少し入れて来ていたから、それも取り出して女の子の手に握らせた。


「何よこれ」
「お薬というか、煎じ茶とでも言うのかなぁ。栄養価はあるから、良かったらどうぞ。クッキーも入ってるよ」


その子は包みを怪訝そうな顔をしながらも受け取ってくれた。南瓜はともかく、薬は流石に怪しかったかもしれないと反省する。袋から一つクッキーを出してぽいっと口に放り込んで「…悪くないわ」と呟くのが小さく聞こえて、ちょっと嬉しくなった。袋の中身をもう少しだけ開いて、その子は何かを考えているようだった。


「…あんた、名前は」
「私?ティタよ」
「ふぅん。光栄に思いなさい、ティタ。あんたの名前、覚えといたげる」


この冬の魔女様がね!とそれだけ言い残した彼女は、ふん、と鼻を鳴らして高飛車に言い放ち、すぅっと消えてしまった。まるで最初から夢だったのだと言わんばかりに。


「…あ、でも私は名前教えてもらってない…」


待って、とも言わせてもらえなかった。
目の前には生い茂る南瓜の蔓に葉と、一望できる景色はもうそれだけしかない。いなくなったのは仕方ないから、持てそうな数だけ南瓜を収穫して帰ることにした。




どこか遠くで少女が呟いた。手の中にある小さな包みのクッキーをもう一枚かじりながら、一緒に入っている薬草の茶葉を見つめて。


「……やっぱりこれ、姉様の薬に…似てる…?何者なのよ、あの子」



*



別の本を手に取ったモードレッドにちらりと視線を向ける。そして、以前話してくれたくれたことを思い出した。彼は、全ての王ととある一人の魔女の因子で造られたと言っていた。


魔女の因子があるからこそ魔法を使えて理解できるのかもしれない。でもそれは、彼自身の気持ちとはまた関係ない。ただ、彼が持つ力の内の一つと言うだけだ。


「ところでね、モードレッド。明日は皆で南瓜料理を作るから食べに来ない?」
「ふふっ…いきなりだね?分かった。行くよ。アーサーの部屋でいいのかい?」
「出来たら呼びに行くから、のんびりしてて」
「そっか。じゃあ、待ってるよ」

午後からもまだ時間があると言っていたので、モードレッドに課題を見てもらえないかと頼んだら二つ返事で引き受けてもらえた。

平和な時は本当に街も城も人々も穏やかだった。

出来れば、大事な大事な、優しい人たちが戦わなくても済むように、こんな時間が長く続いてほしいと、私は願う。



( ニ ャ ー と 鳴 く )
title / 空合



Mew.


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