フェアリ*ティル | ナノ


Can do it now.
今、出来ること。



前日、会合用につまめるお菓子を作ってくれとお兄ちゃんに言われて、いつもより少し早起きして厨房へ来ていた。まだ誰もいないのでとても静かだ。並行して朝食も作らないといけないので、オーブンに火をいれながらいくつかお菓子のレシピを思い返す。手早く器具や材料を出しているところに、遠慮がちなノックの音がして振り向くと、フェイがひょっこり顔を出していた。


「おはようございます、ティタ。私も手伝いますね」
「おはようフェイ!助かるよー、嬉しい。ありがと!」


流しで手を洗ってテーブルの上の材料を眺めているフェイの姿を見ながら、思わず頬が緩んでしまった。作る種類は少ないけれど、なにぶん量が多い。人数が多くて賑やかなのはいい事だけれども、作っても作り足りないというのは呆れを通り越して笑えてくる。今回作るのが、全部生地を作ってしまえば、あとは焼きっぱなしのレシピとはいえ、だ。


「これは…材料からして定番のブリテンクッキーと、もう一つは…ん?オートミールに干し葡萄、ドライフルーツ類、蜂蜜に…そうですね、これはフラップジャック、ですか?」
「おっ、ご名答ー!さっすが、フェイ。よく分かったね」
「これでも伊達に、妖精してませんから」


よく分からない台詞だったけれど、なんとなく説得力があったのでそうなんだ、と頷いてしまっていた。


「おっはようティター!あ、フェイもおはよう!」
「おはようございます。ガレスじゃないですか、どうしたんです?」
「うん、私も手伝おうと思って来たの」


昨日言ってたでしょ、とニコニコしながら腕の裾をまくっている。戦力が増えたな、と私も気合が入ってきた。ガレスも可愛いエプロンをつけて「さあやるぞー!」とフェイと一緒に張り切っていた。三人なら、後一種類ぐらい何か作れるかもしれない。それともいっそ、乾き物ばかりよりは果物の方がいいかなと思い巡らせる。


「そだそだ、フェイ。紅茶の葉まだあるかな」
「買い置きが確かあちらの棚の奥に。ティタ、今から淹れるんですか?」
「ん、アイスティーもちょっと用意しておこうと思って。話してると部屋暑くなるでしょ、いつの間にか議論が白熱して」
「…それは否定できません、ね…」


会議の様子を思い出したのか、バターを切り分けていたフェイが手を止めて苦笑いしていた。ブリテンクッキー用の小麦粉やバターなどの材料を量る傍ら、テーブルの端にちょこんと茶葉を出して置いてくれていた。


「ティタ、フラップジャックはもう全部材料混ぜたし、天板に伸ばして先に焼いちゃうよ?」
「ありがと、任せたー」


いいってことよー、とノリのよいガレスの声。クッキーも生地を混ぜたら今日はシンプルに切って焼いてしまおう。


*


会合というにはささやかだったけれど、マーリンやグィネヴィアも交えて次の予定を考えるという名目で話し合いをしていた。何人か他の騎士や王もいて、テーブルにはなぜかきちんとお茶とお茶請けまであった。何となくお茶会の様相を呈していたので、最初ふき出しそうになった。


「ふふ、お菓子があるなんて嬉しいですわね!」
「(…冗談で言ったのに、本気で作るとは思わなかった)」
「わしの前にも出してあるから頂くが、よいのかアーサー?」
「ああ。気にせず食べてくれよ、マーリン。その方がティタも喜ぶから」


機嫌良さそうに紅茶を口にしているグィネヴィアについ微笑んでしまう。作った本人はどうやら今は片付けに必死になっているらしい、と朝から一緒にいたガレスやフェイから聞いた。いつもと同じように朝食まで出してくれたから、今度時間があるときに何か街で買ってきてやろうか、と周りの様子を見ながら考えていた。


「…アーサー様、緊急です」


ふいと、隣で書類を纏めていたフェイがわずかに顔を上げた。表情こそ冷静ではあるが、心なしか声が震えている。他の騎士たちもいる手前、俺にそっと耳打ちしてきてくれたけど、つい声が出てしまった。フェイは驚いて目をまん丸くして固まっている。


「ラーンスロット、皆、出られるか?外敵がソールズベリーに出現した」
「アーサー様、あの」
「こういう時は行くか行かないかの二択だろ?マーリン、止めるなよ」
「止めはせぬよ。ソールズベリーはわしらにとって必要な街じゃからの」


一気に周囲が騒然とする。隣で口をパクパクさせているフェイをぽんと撫でた。状況がどうなっているかを促すと、眉間にしわを寄せて「急いでください」と告げられた。あまりに急な襲撃のため、避難も間に合わないかもしれない、と言う。慌しく騎士たちが動き出す。


*


グィネヴィアが、急ごうとする私たちを止めたかと思うと、「11人の支配者の軍も出てきているようですわ」と眉を寄せていた。フェイと二人で話し出したかと思うと「ブランデゴリスの野郎ですわね」と苦々しげに言う。魔法でも使っているのだろうか。


「アーサーよ、もしかすると外敵の軍勢を利用して街を潰す気かもしれんぞ」
「まずは手前にはだかるブランデゴリス王を撃破しないことには、ソールズベリーには辿り着けませんわ。とにかく急ぎなさい」
「…なんで、なんで、いつもそういうやり方しかないんだよ!」


テーブルをどんと勢いよく叩くアーサーに驚いて、私は慌てて嗜めた。


「あわわわわ、アーサー、落ち着いて。怒るのは後でも出来るよ。とにかく準備して出よう?」
「…はー。ごめん。そうだよな。ありがとな、ガレス」


頷いたアーサーが部屋を出て、他の皆も続いて出て行った。私はそれを確認して、ささっとテーブルに残っていたお菓子を手近なレースペーパーに包んで袋に入れる。道中のお供にするのだ。近くで、くすっと笑う声が聴こえて振り向くと、既にアーサーと一緒に行ったのかと思っていたラーンスロットに、頭を撫でられた。


「ははは、えらいぞガレス」
「ふぇっ?あはは、ラーンスロットにほめられちゃった」
「全く、折角のお茶を台無しにしてくれるとはな。さ、私たちも急ぐぞ」
「ラーンスロット様、ガレス。ここは片付けておきますので、…お願いしますね」
「分かっているよ。後はよろしくな」
「いってくるね、フェイ!」
「ええ、皆様、ご武運を」


きっとまた、ティタも一緒になってこの部屋を片付けて私たちの帰りを待つことになるのだろう。街と、そこにいる人たちを守り切ろう。そしてまた、このお城に戻るのだ。


*


夕暮れ時だから、世界が赤いのか。それとも、自分たちの血で赤いのか。きぃん、と剣が弾き飛ばされ、離れた地面に突き刺さった。


「…あんたが欲しいのは、玉座だけなんだな…」


アーサーが、大男―いや、膝をついて蒼白になっているブランデゴリスに剣先を向けた。彼の軍勢はさほど強くもなく、散り散りになって今や殆ど兵士たちは残っていない。日頃の友人の姿からは想像出来ないような、哀しい目をして呟いたのがいやに戦場に響いて寒々しさをいっそう増す中、誰しもが押し黙っていた。


「行ってくれ。あんたを斬る時間も惜しい」


一言も発することなく、僕たちの前から文字通り無様に逃げ去る男の姿に目もくれず、アーサーは「行こう」と踵を返した。とにかく夜になる前にソールズベリーへと急がないといけない。例え、…間に合わなくとも。


「アーサー、通信来てるんじゃないか」
「え?すまないな、モードレッド」
「『嘘…』」
「どうした?どうした、グィネヴィア?」
「『お兄ちゃん、前見て!』」


弱々しいグィネヴィアの声に突如割り込んできたティタの叫び声。アーサーをはじめとした騎士たちが、一斉に街の方へ見て息を飲んだ。あれはただ夕闇に雲が霞んでいるだけなのか、それとも戦火から生まれた煙なのか、判別がつかない。


「―!」
「『アーサーよ、外敵の上陸を確認した。現状、被害状況などは分からん。ソールズベリーへとにかく向かってくれるか』」
「『お兄ちゃん、…お兄ちゃん!』」
「『アーサー様…!』」
「あぁっ…!分かってる」


見ているんだな、と思いながら剣を鞘にしまう。剣を持つ王と持たない王と、それに巻き込まれる民衆。先ほどの彼は、―ブランデゴリスは、王と呼ばれながらも、何のために剣を手にしていたのだろうか。


*


辿り着いた時には、そろそろ朝日も昇ろうかという頃だった。明け方の街には、特に目立った外傷は見られず、馬から降り立ったアーサーは酷く安堵していた。


「…ラーンスロット、ここがソールズベリー、だよな?」
「ああ。夜通し走ったからとはいえ、間違っていないよ。しかし、確かに煙はあったからな。ちゃんと被害状況などは確認しておかないとな」


私がそう言うと、真摯な様子で頷いている。少し散策してみたものの、本当に外敵が上陸していたというのが嘘だというぐらいに、朝の静けさに包まれていた。


「『皆さん、あそこ…』」


突如入ったフェイの通信に、アーサーが顔を上げた。フェイの案内する方へ行くと、街の離れの所に外敵の兵器の残骸が転がっている。あれを見る限り、やはり外敵は来ていたのだろう。さすがにこのあたりは少し外壁が壊れたりもしていたが、民家などには影響はないようだった。


「おうさまだ…」


朝の支度に出てきたのだろうか、一人の少女が家屋から出てきてこちらに走り寄ってきた。アーサーはその子に挨拶をしながら、話を聞いている。


「…来るのが遅くなって、本当にごめん。でも、怪我とか被害とか少なくてよかったよ」
「いえ、なんともなかったから、大丈夫です」
「しかし、一体誰がここまで完膚なきまでに外敵を叩き壊したのか、それは気になるところだな」
「ロット王が来てくれて、この街を助けてくれたんです」


その言葉に、皆が一様に驚いた顔をしている。ロット王は「11人の支配者」を束ねている者だからだ。その時を見ていたのかは知らないが、少女は高揚した様子で勢いよく話し出した。


「―そんな所で話し込む暇があるとはな」


マーリンの声を掻き消すように、ロット王その人が現れた。相手の方が剣を取るような素振りを見せなかったので、しばらく成り行きに任せて見守ることにした。アーサーは歯噛みしながらも、ロット王に素直に言葉を続けていた。


「…経緯はどうあれ、街を守ってくれたことには感謝するよ」
「礼には及ばん。サフォークの街の借りを返した、ただそれだけのことだ」


エクスかリバーこそ抜けなかったものの、王としてはまともな思考を持っているらしい。口を挟むことなく見ていると、どこからともなく現れたブランデゴリスが問答無用でロット王に切り伏せられた。


「(…仕方ないと言えば仕方のないことだが)」


激昂しているアーサーを見据えた。ロット王と同じように甘いとも思えたが、その反面で彼らしいとも思えた。少し離れた所から、モードレッドも彼らのやり取りを注視している。

騎士道を叩き込まれた私には、ブランデゴリスの思考などは唾棄すべきものでしかない。それを更生できるかというのはやってみないとわからないが、感覚としてはまず無理ではないだろうかと思ってしまう。


「剣がなくとも―我らの双肩にはブリテンという国と民の命運がかかっていることを自覚している」


そこで会話は終わったようで、マントを翻してロット王は去っていった。動けないでいるアーサーに声をかけるともなく、ただ彼が動くのを待つ。


「俺が甘いのなんて、そんなことぐらい分かってるさ…」


振り返ったアーサーの言葉に私は驚いたけれども、すぐに思い直す。以前自分たちの境遇についても「ありふれた」と言えるぐらいなのだ。客観的に物事を見ることが出来ていない訳ではない。


「なあマーリン、追撃はしないけど、いいか?」
「『ふむ。どうやら魔女が一枚噛んでおるようじゃからの、索敵が上手くいかんし…もう帰って休め』」
「珍しいこと、言うな。雨でも降るのか?」
「『魔法を使えば、それぐらいは造作もないが。やってみせようか』」
「あははは!そっか。ありがとな、マーリン。ま、街も無事だったし。少し休んだらすぐ戻るよ」


そこで通信は切れた。ふぅ、と一息ついたのが聞こえてきてようやくそこで声をかけた。振り向いたアーサーは、先ほどのマーリンとの会話で少し元気が出たらしく、幾分か表情が明るかった。


「それでも理想は忘れないというわけか、アーサー」
「うわ。ラーンスロット、聞こえてたのか。…王様なんて飾りでしかないしさ。せめてそれぐらいは持ってたって構わないだろ?」


そう言ってのけるところは大したものだと感心させられる。その反面でこの面立ちを見ていると、まだ年若いことを思い出す。軽く頭に手を置いて撫でてやると、決まり悪そうな顔をしながら噛み付かれた。


「…ラーンスロット、頭撫でるのはティタだけにしといてくれよ!」
「ははははは!うん、すまない。ついな」
「ついって…なんだよ?!」
「おーい、アーサー?どうする、帰るのか?」
「ああ、すぐ行くよ。…ったく、子ども扱いするなって言ってるじゃないか」


足元に伸びる影を見て、朝日が昇り始めたのに改めて気がつく。他の騎士に声をかけられてアーサーは返事をして、「帰るか」と笑っていた。誰もアーサーを子ども扱いしないなら、せめて私だけでもそれを忘れないで年相応の少年なのだと見守ってやりたい。その背を見送りながら、少しだけ目を閉じた。



( 公 平 せ よ )
title / BLUE



Do me justice.


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