Small talk ; 小話
"It's the only thing for me that see your back."
「じゃあ、今日はここまでね。ティタ、課題これだけ出しておくから」
「はい、ゴルマネント先生!」
「…全く、パーシヴァルが勉強教えてっていうから天変地異の前触れかと思ったけど、ふふ、あなたを紹介されるとは思わなかったわ」
ニコニコと楽しそうに課題を受け取っている少女を見て、ゴルマネントは微苦笑を浮かべていた。数日前に「会ってほしい子がいる」と言う弟子のパーシヴァルのその様相は、初めて見たと言ってもいいぐらい必死だった。
自分で言うのもなんだけれども、パーシヴァルは高性能な騎士として作られた割にその反動ゆえか、どこかちゃらんぽらんだったり抜けている節がある。そんな弟子が唐突に言うものだから最初は冗談かと思っていたぐらいだ。
本来自分自身の弟子であるパーシヴァルは、人懐こいように見えてどこか人見知りするきらいがあるのに、この目の前の少女にはすんなり懐いてしまったらしい。
傍目には、どこにでもいる普通の女の子だった。どこがどう違うのかは、自分でも言い表せない。それがとても不思議だったけれど、数日接している中でなんとなく弟子の気持ちがわかるような、そんな気もした。
今教えているのは、治癒関係の魔法とそれに付随する薬の扱い方などについて教えている。思いの外筋が良かったので、教える側としても楽しくなってついついあれもこれもと言ってしまうので気をつけなくてはと思う。
「ティタ、でもあんまり根詰めすぎないのよ?」
「はい!…うん、でも楽しくて勉強しだすと止まらないです」
鞄にテキストやノートをしまい込んでいる姿を見ながら、それでも無理しないのよ、ともう一度だけ付け加えておく。この子に何かあったら、弟子がまた何事かと騒ぎ出すに違いないのだから。
「先生、これブリテンクッキーです。後でパーシヴァルと食べて下さい」
「あら、いつもありがと。あの子も喜ぶわ」
テーブルの上を片付けた後、ティタはさっと鞄から可愛らしい包みを取り出した。そう、こうやっていつもこの子は私とパーシヴァルにお菓子を持ってくる。ほんの些細なことだけれども、彼女にとってはどうも当たり前のことらしい。もしかすると、不肖の弟子は餌付けされたのかしらと思うけれども、案外当たっていそうだ。
時々一緒にお茶をすることも増え、その時に話をしていたらこの子の兄は剣術の城に属する王の一人である事は聞いている。けれども、ティタ自身はただの一般人でしかない。今となって魔法を学ぼうと思ったのはどうしてだろうと、ふと考えてしまう。
「…先生?ゴルマネント先生?」
「あらあら?ええ、何かしら?」
「次の予定と、予習しておくところはどこですか?」
何度か呼ばれて、ハッとした。真面目な顔でこちらを見つめるティタに、渡してあるテキストの自分のものを開いて、幾つかのページを示しておく。本当に勉強が楽しいらしく、自分の一挙手一投足に嬉しそうにしていた。自分が教えている魔法や薬草学などをきちんとすべて理解し、使いこなせれば一端の薬屋ぐらいは営める。でもきっと、この子の場合はそんな理由ではないのだろう。どんな理由かは分からないけれど、そんな気がした。
立ち上がって「今日もありがとうございました」と長い亜麻色の髪をふわりと揺らして、礼儀正しくお辞儀をしたティタは、部屋を出て行った。
ぱたり、と閉じられた扉をしばらくそのまま見つめる。部屋で一人、呟いた言葉が宙に溶けていく。
「…貴女まで、戦場に出ようとしなくても、良いのよ」
( 背 中 を 見 る こ と し か で き な く て )
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抗生物質
It's the only thing for me that see your back.
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