I hold prayer and take the sword.
祈りを抱いて、剣を取る。
「お兄ちゃん、正気?本当にいくの?」
身支度もそこそこに家を飛び出して、私は目の前に続く道をひたすら歩く一つ上の兄の背中を追う。ばさばさと音を立てて風にマントをたなびかせて、一体何を見据えていると言うのだろうか。自分の亜麻色の髪がふわりと舞い、一瞬視界を奪った。
「お兄ちゃんっ!」
「…聞こえてるよ、ティタ。ほら、荷物貸せ。持ってやるから」
「大丈夫…だよ、持てる」
「いいから、な?」
「ありがと・・・」
何度も何度も声をかけてようやく返ってきた言葉がこれだ。思わず嘆息してしまいそうになり、そんな私を見て兄は微笑んだ。私の返事を待つことなく手は軽くなった。それでようやく追いついて、ゆっくりと歩き始めた兄の隣に並んだ。
「お前まで来ることなかったんだぞ?」
「い、行くよ!もうお父さんもお母さんもいないのに」
「そっか、そうだな。そうだった…」
さんさんと降り注ぐ光は、私達を祝福しているのか。吸い込まれそうなほどに青い空を仰いで、どちらともなく口を閉じた。
地面をひたすらに踏みしめて、キャメロットという街まで行く。
数日前、剣を抜いて王になると言った時は、頭が茹だっているのではないかと心配になったぐらいだ。日々の糧を今その手にある剣で得てきたとはいえ、剣を抜く―それだけで王になれたら誰も苦労はしない。森を歩き、畑を通り過ぎ、変わって行く風景を見ながら歩き続けた。
「じゃあ、行ってくるな」
ぽんと軽く私の頭を撫でて、手を振ってまた、まっすぐ歩いて行った。行ってしまった。
キャメロットのお城の一角で、ポツンと一人取り残される形になって、私は広い大広間でとりあえず座ることが出来るところを探した。手が届かないほどに高い天井を見上げると、複雑な幾何学模様が描かれていたので、暇つぶしがてらにそれを数えることしかできなかった。
お兄ちゃん、と呼ぶと何も言わずに、笑って「待ってろ」とだけ言った後ろ姿を思い出す。私はただただ、せめて何事もなく兄が無事に帰ってきますようにと、それだけだった。
*
目の前に一本の剣が刺さっていた。
傍には、不思議な文様を身にまとった青い髪の少女がいる。抜ければ天国か、それとも地獄か。一つ下の妹がひたすら自分の心配をしていたっけ、とふと思い出して微笑んだ。
「…どうかなさいました?」
「いや。これを抜けばいいんだったか?」
青い髪の少女が表情を動かすことなく、頷いた。空気が乾いている気がする。この空間には、魔法で結界か何かでも作っているのだろうか、風もなく無音に近い。
「―ブリテン、の王」
別に王になりたいと願ってこの剣を手に取るわけではない。ただ、自分には譲れないものがある。守りたいものがある。ただそれがあるから、ここにきたのだ。
後ろで控えている少女に、振り向くことなく、剣に手を伸ばす。
「フェイ、俺に抜けるか?」
「貴方がそう願うのなら」
笑をみ浮かべているようだったがどこか作りものめいていて、寒々しい。でも、それがどうしてなのかは後から少しずつ知ることとなる。
じっとこの場所で考えていても始まらない。
目を閉じて、深呼吸しながら頭の中を空っぽにする。剣の柄をしっかと握り、願う。
守りたいものを守れる力を、この手に掴むと。
始まりは、一本の剣
The opening of the sword.
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