て と て
" Once again, morning came. "
なんとなく窮屈だなと思いながら、ゆっくりと目を開ける。そして気がつく。私の手にある、誰かの小さな手。エレナやチアリーたちがこっそりとやってきたのだろうか。夜眠るときに鍵をかけていても、妖精たちにはなんの意味もないのか、部屋に入り込んでは時々すよすよと私と一緒に眠っていたりすることがよくあった。
今日はいったい誰だろう。赤い子と青い子は天真爛漫かつ屈託ない子達なので、二人して入り込んでいることもあった。ぼんやりとした思考のまま、小さな体を引き寄せる。もうそろそろ起きなくてはと思いながらも顔を近づけると、私は目が点になった。
さらさらと流れる黒髪は変わらないままに、ふくふくとしたほっぺたがほんのり桜色に染まっている。くぅくぅと静かに眠っているので、起こさないようにしなくては、とその一心で何とか声を出すのを堪えることができた。
「(…こ、この子はモードレッド…だよね)」
思わずぎゅっと抱きしめて、それから自分の格好に気がつく。やはりいつもの寝巻きとは違う。小さめの服だがふわふわとしたフリルやレースをたっぷりあしらっているところをみると、グィネヴィア辺りのものだろうか。多少きついけれども、何とかましなのはリボンなどですそなどを調整できるようになっている造りだかららしい。それでも、ちょっと体を締め付けて痛いことには変わりない。
腕の中で、もぞもぞとその子が動き始めた。ん、と手や足を伸ばしたりしている。様子を見ていると、私を見て首を傾げ、ぺたぺたと腕を掴んだり服を触ったりして、きょとんとしていた。
*
何やら記憶がはっきりしない。ただ、僕は湖で造られた騎士である事は理解していた。造られて目を覚ました時、傍らに魔女がいて、好奇心で彼女の手助けをした妖精が何人かいた事も覚えている。
「(…あったかい)」
造られてから僕たちは騎士として使われるためだけの、必要最低限の知識と戦闘技術を妖精たちから叩き込まれる。確か昨日も他の騎士たちと一緒に妖精に追いかけ回されていた記憶があったというのに、今なんでぬくぬくとシーツに包まっているのかがよく分からない。
そもそも、この暖かさはシーツからくるものではない。人の体温だ。抜け出そうにも抱きすくめられているので身動きが取れない。いくらか柔らかな感触にその人はどうやら女の人のようで、困ったなとは思いながらも動き出すのを待っていたのだった。
そして、ぎゅっと抱きしめられてまた目が覚めた。
暖かさのせいか、ちょっとまた眠っていたらしい。この小さな体はなんだか不便だ。そう思ったところで、あれ?と微妙な違和感を覚えた。もう一度、自分の手を見て頬をぺたぺたと触る。おかしい様な、そうでないような、よく分からない感覚に包まれながらも、僕がそろりと腕の中から見上げると、空色の瞳が淡く見えた。
「おはよう?」
「…お、おはよう?」
お互いに語尾に疑問符がついている。でも、ここで固まっても仕方がない。深呼吸をしてから、「離してくれないか」と言うと、「…うん」と消え入りそうな声が返ってきて、どうしてだろうか、少し胸が痛い。
まだ朝も早いのか、部屋の中は薄暗い。その人は僕をシーツでくるんと包んで先にベッドから降りていってしまった。僕もベッドから降りようとしたけれど、大きなシーツで手や腕にまとわりつく。何やら「あれ、ここおにいちゃんの部屋だ?なんで?」と聞こえる。ぱたんと何かが開く音がして、がさごそと動く気配がした。
「よし、着替えた!…おにいちゃんには後で説明しよう」
そんな声とともに足音が近づいてきて、シーツがぱっと剥ぎ取られる。カーテンも開け放ったらしく、先ほどより視界が明るい。先ほど着ていた服がどんなものか分からないけれど、今は少し大きめの白いシャツと、同じように少し大きめのカーゴパンツを彼女ははいていた。
「…おはよ、モードレッド」
「……え?」
出し抜けに名前を呼ばれて思わずぽかんと見上げてしまった。製造計画外の僕の名前を知っているという事は、この人は妖精なのだろうか。でも、妖精の割には隙だらけだし、何より彼女たち特有のどこか無機質なところがない。
「あの、君は?誰?」
「えーっと。ティタって言うの。モードレッドは騎士なんだよね?」
「あ、…うん。知ってるのか、僕のこと」
「全部は分からないけど、大体大雑把には知ってるよ」
「ティタ…ティタ?…。…僕…あれ?」
「なに?どうしたの?」
僕に目線を合わせるように屈み込んだティタに、寄りかかる。「えっ?」と彼女の慌てた声がしたけれど、体が上手く動かせなかった。
*
「い、いた!見つけた!おにいちゃんっ!」
ノックもそこそこに、返事も聞かずに扉が開いた。ここはラーンスロットの部屋だ。小さいティタに部屋を譲ったので、そのままこっちに来てチェスをするなどして夜を明かした。昨日の今日なので、現れた姿に少し残念な気もしなくもなかったが、まあいつもどおりで何よりだった。ラーンスロット同じことを考えているのか、苦笑している。
けれども、そんな暢気な気分も続かなかった。ティタが俺の服を着ているのはいい。ただ、ティタが抱きかかえている少年に目が留まる。黒髪の美少女と言ってもいいぐらいの少年はどこをどう見てもあいつを小さくした姿にしか見えない。
「…いやいや、夢だろ」
「アーサー、そんなこと言っている場合じゃないぞ」
先にラーンスロットが動いて、ティタから小さな少年を受け取った。ティタは大きく肩を上下させている。少年は―多分小さいモードレッドだろう。目を閉じたまま起きない。
「昨日の今日でこれか」
「え?」
「ティタ、昨日のことは覚えてるかい?」
「昨日?おにいちゃんもラーンスロットも…!ちょっと待ってね。えーっと…」
考えながらティタが言うのは、一昨日のことだった。一日すっぽり抜けている。それでも、「…あれ?」と首を傾げて不思議な顔をしている。それから、モードレッドの顔を覗き込んでまた、小さく唸っていた。
( また、朝が来たよ )
title / By myself.
Once again, morning came.
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