「テストの答案返すぞ〜」
教員ののびやかな声が教室中に響く。それは優秀な生徒にとっては今か今かと待ち構えたものであり、不真面目な生徒にとっては死刑宣告に等しかった。ちなみに、なまえにとっては前者である。
国語、94点。二問のミスが悔やまれるが、クラス上位なのは間違いないだろう。現に、周りの女友達は「なまえちゃんすごーい!」と口々に褒め称えてくれる。軽い優越感をひとしきり満喫した後に、わざわざ席を立って、ある男に近づいた。
「宮地!いくつ!?」
そう、宮地清志、我が天敵よ。決してルビは友ではない、ライバルだ。この男、バスケ部に所属しているため脳筋かと思えば、存外成績は良い。いつしか定期テストでは点数を聞きあい、クラス順位を争う仲になっていた。
「98点」
「うあああああ」
ブイサインのにっこり笑顔で答える宮地の前に、なまえは机に崩れ落ちる。初戦から負け続きだ。現在三科目の答案が返却され、その差11点。非常にまずい。
宮地も計算しているのか分かるようで、自身の答案をひらひらと翳しながら「このままだと、俺の圧勝だな?」と勝ち誇ったような顔をする。無性にそれがイラッとして、口より先に手が出た。
「……ってえ、この暴力女!刺すぞ!!」
「宮地のくせに生意気なのよ」
彼が繰り出す蹴りをひらりと交わして自身の席に大人しく戻る。何が刺す、よ。そっちこそ暴力に訴えているじゃない。とはいえ、狙い済ましたように外していたが。そういう、女の子にはさりげなく手加減しているところが、また腹が立つくらいにイイヤツなのだ。
「宮地くんまたいい点数取ったの?いいな〜、今度勉強教えてよぉ」
後ろから聞こえた甘ったるい声になまえはどきりとする。ふわふわとしてかわいいクラスの女の子。意図してか知らずか、その強請る口調は間違いなく男心を擽(くすぐ)るだろう。
「え?あ、まあ、部活が忙しくないときならな」
宮地の照れたようなはにかみ顔を尻目になまえはため息をつく。
そう、宮地清志、我が思い人よ。一向に素直になれない、おまけにかわいげもない自分の性格を恨んだ。男の子のようなやり取りは出来ても、あんな風に男女のどきどき感など一欠けらも私たちにはない。唯一勉強だけが彼を振り向かせることが出来る私の材料だ。それだって、彼のバスケに対する情熱を考えれば限りなく少ない割合だ。
「バスケ、か……」
宮地のように運動も勉強も両立できるほど出来た人間ではない。悲しいことに、なまえは運動音痴であった。陸上も球技もマット運動も全てダメ。どうやったってバスケなど出来るはずがない。いや、いっそ鑑賞に徹底して話をしてみるとか?
そうやってブツブツ悩んでいたせいか、バスケ、という単語を宮地は耳聡く聞きつけたらしい。
「なに?おまえバスケ興味あんの?」
意外そうな声色で、しかし表情は輝かせながら尋ねてくるものだから、なまえはつい首を縦に振ってしまった。
「だったらさ、今度練習試合あるから見に来いよ。土曜日な」
「う、あ……うん」
「あと差し入れ」
「はあ?欲張りすぎ」
「持ってこなかったら、轢いてやるから覚悟しとけよ〜」
物騒な宣誓をされたというのに、心拍数は上がっている。上がりすぎて苦しいくらいだ。
(金曜日にはスーパーでレモンを買いに行こう…)
後日宮地が練習中に吐き気を催し、トイレに引きこもったのはまた別の話。
(130108)