「問おう。貴女が私のマスターか」

少し垂れ目がちの優しげな双眸がこちらに向けられる。甘いマスク、ほどよく鍛えられた体躯、極め付きにチャームの泣き黒子、誰もが目を引く色男と言って過言ではない。思わずなまえは見惚れたが、すぐに正気を取り戻した。魔術師たる者、この程度の誘惑に負けては聖杯など手に入れることも叶わないだろう。

「ええ」
「では、契約は完了だ」

拍子抜けするくらいにあっさりとした返答に肩透かしを食らったものの、男、フィオナ騎士団随一の戦士、『輝く貌』のディルムッド・オディナは傅いた。

「騎士として貴女に、主に聖杯を捧げんことを誓う」
「……期待しています」

ようやく搾り出せた声は自分でも分かるほどに掠れていた。勿論彼は騎士道に則って、ただ忠誠を貫こうという意志を示しているに違いないのだが…、まるでそう、深窓の姫君を扱うかのような彼の仕草にどきりとしてしまう。生れてこの方、魔術師としてならば当然であったが、女性としての対応をされた試しがない。
そう、だからこそ戸惑うのも仕方が無いことと言い聞かせる。

「契約は済んだか?」

背後から不機嫌な声が問いかけた。時計塔の講師、ロード・エルメロイと持て囃される、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ。なまえの師でもある。名門アーチボルト家は当然聖杯戦争に選ばれてたるべきなのに、令呪はなぜかなまえの右手に宿った。系譜を辿ればなまえの家系は確かにアーチボルトの血が入っていた。だからこそ魔道の素質があるに違いないが、だからといって何もなまえを選ぶ必要は無い。
最初こそ師に譲る方針で打ち明けたが、逆に激昂されてしまい、なまえがマスターとなる羽目になった。そうはいうものの、隙あらばこの格式もプライドも高いケイネスは他者からマスターの権限たる令呪とサーヴァントを奪うつもりだろう。弟子の手前、それを横槍するような真似は彼の沽券に関わるからしないのだ。いずれ聖杯戦争の全体像を把握すれば……、師と敵対することも念頭におかねばならない。だからこそ真名は伏せておいた。

「今しがた、無事終えました」
「よかろう。ならばさっそく策を講じねばなるまい。くれぐれもアーチボルト家の威信にかけて、聖杯を勝ち取ることを忘れるな、我が弟子よ」
「重々承知しております」

さっさと工房に向かって歩き出すケイネスの背を見送りながら、まずはこのサーヴァントとの情報交換をせねばなるまいとなまえは向き合う。

「まずは、よろしくと言ったところかな。私の名前はなまえ。貴方はディルムッド・オディナで間違いないわね、ランサー?」
「はい、我が主よ」
「召喚されたからには貴方にも聖杯に託すそれなりの理由があると推察しますが」
「主の疑問は尤もなところです。俺はひとえに果たせなかった忠誠を貫くことだけを望んで限界しております」
「……では、私を主として、私に聖杯を献ずる、それが貴方の願いと受け取ってよいかしら?」
「相違ありません」
「それを聴いて安心したわ。存分に働いてもらうわよ」
「主の為にこのディルムッド、喜んでお仕えします」

胸に手を副えて会釈する姿は、燕尾服を着ればさながら執事のような振る舞いだ。実に忠実な僕たる男である。よいサーヴァントを得たことに満足しながらも、さて、どうするかと今後の対策に思案した。彼の宝具を最大限に活かさない手がない。魔力を絶つ『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』、与えた傷が治癒するのことのない『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』。使い方次第では、必殺の剣に匹敵する。ただ、彼は騎士道を重視するようだから尋常な勝負でなければ、自尊心を傷つけることになるだろう。正攻法がもっとも威力を発揮できるかもしれない。

「……主?先程の方を追いかけずともよろしいのですか」

ディルムッドの問いかけにハッとなる。ここで考えていても詮無いこと。

「そうね。急ぎましょう」

部屋を出て行こうとしたところで、ディルムッドがすかさず前に立った。ご丁寧にも扉を先に開いてくれたらしい。どうにも主に接しているというよりは、どこか女性に対する騎士のようだ。さしずめレディーファーストといったところだろう。やっぱり調子が狂うサーヴァントだわ、となまえはひとりごちた。


(120315)
多分続きます

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -