※トリップヒロイン
「おまえは…、なぜ人間なのだ」
苦虫をつぶしたような風間の珍しい顔になまえはぷっと吹き出した。
「どうしたんです?マリッジブルーですか」
「……意味は分からぬが察するに俺を愚弄していることだけは分かるぞ」
「いででで」
風間にぎゅうと両の頬を抓られる。鬼と人の力は違うのですから手加減してくださいよ、と言えば再び風間は物憂げに力を無くした。
明日、風間は婚儀を上げる。勿論、西国の頭領たる風間家に相応しい純然たる女鬼が選ばれたわけだが。
「そうなるとわたしはとうとう厄介払いされそうです」
「安心しろ。飼ったからには責任を持って最後まで面倒を見てやる」
「鬼は約束を守る、ですか?風間さんて変なところにこだわりますよね。だから風間家を捨てられない。そうでしょう」
彼にはしがらみがありすぎる。そして、捨てられないのだ。
だから彼は婚儀を承諾した。わたしが女鬼ならば、と風間は思ったのだろう。恨み言を呟きたいのはこちらだというのに。
「どうせなら、わたしのためにはぐれ鬼くらいになる度胸はないんですか」
「強欲な女だ。だが、そうだな、それも悪くない」
「……うそばっかり」
じわり、涙が滲み出てくる。あーあ、憎いほど綺麗な夜空だ、となまえはかぶりをふって見上げた。きっと戻ったらもう見られない。だからこそしっかり目に焼き付けておく。
この目の前にいる愛しい人も、もう見ることはないだろう。なんとなく予感がしていた。胸騒ぎ、と言えばよいか。明日になれば、どうせわたしがここに存在する意味も無くなる。
「どうして風間は鬼なんでしょう」
そんなの、きっと風間は何度も自問している。そして、わたしも。
(120310)
現代へ駆け落ちendのはずが…