なんというか、そう、折原臨也は珍しく言葉に詰まったのだ。
彼女とすれ違ったのは新宿駅東口改札を出てすぐのこと。雑踏の中を縫うようにして進む臨也は何気なく、いつもの調子で面白いものはないかと視線を泳がせていた。そこで名も知らぬ彼女を目に留めた瞬間に、臨也はこれまでにない高揚を覚える。
その感情は一種の一目ぼれに近かった。
なぜ他の目から見れば何ら変哲のない彼女(贔屓目からすればかわいらしいが)に臨也は引き込まれたのかは分からない。彼の辞書から引き出せば、一目ぼれとはさまざまな説がある。ひとつは自分と類似している型か、ひとつは自分とまったく異なる防衛遺伝子の型か、プロセスは分からないが彼女に魅力を感じたのはまず間違いなかった。

臨也は人間を愛している人間だ。彼は人間を等しく愛しているが、平和島静雄という人物に関しては例外としている。確かに彼は人間ではあるものの人並みはずれた腕力を持ち、それは想像を絶する破壊力を秘めていた。その点でもはや臨也の価値観から人として除外されているのかもしれない。はたまた彼個人のただ気に食わないという感情のせいかもしれない。
後者なれば、臨也が例外を新たに設けることは何ら不思議ではない。彼として人間、好き嫌いがあるはず。

要するに折原臨也にも一目ぼれは十分に起こり得る。
彼は即座にその感情を享受し、情報屋の名に相応しく彼女を調べることに専念した。つまりは尾行である。パルクールを取得している彼には造作もないことだ。

・・・・・
愛しの彼女は驚いたことに辺りを警戒しながらビル街の方へと小走りに駆けていく。表情は硬い。不安と猜疑心を見て取った臨也は、愛しの彼女が何者かに追われている(自分を棚に上げて)という可能性を見出した。注視すると自分の前方を歩く男、それも数名が、彼から見ればお粗末なほどの尾行をしている。

(これは都合のいい)

普通の人間ならば愛すべき人が被害に遭う危険性があるというのに、臨也は嬉しそうに笑んだ。確かに彼は普通で括るには一般人にあまりにも失礼だろう。お世辞にも凡人という言葉は似合わない。
とにかく彼はこれを好都合と捉えたらしかった。徐に彼女の方へと接近していく。

「ねえ、」

初対面にしては馴れ馴れしく、しかしごく自然に彼女の肩を抱いた。不意に声をかけられたことに驚いて体を一瞬震えさせる愛しの彼女が、臨也にはますます愛おしく思える。やはり自身の思ったとおり、彼女は俺が愛おしむべき存在だ。
仮にも眉目秀麗を体言した男を目の前にして彼女は反応に困った。

「君さ…つけられているでしょ?」
「!! なぜ」
「大丈夫。任せて」

自身もつけていたことをおくびにも出さずこの男は得意顔で、彼女をすぐさま誘導した。新宿を庭としている臨也にとって素人同然の男たちを巻くのはいとも容易い。見失い焦る男たちの走り去る足音を聞き、路地裏にて二人はようやく息を落ち着けた。

「俺は奈倉。危ないところだったね」
「あ、わたしは」

相手が名乗ったことでつられて彼女も本名を告げてしまう。臨也にはその名前に聞き覚えがあった。新宿を根城とする螢王組系を仕切る身内に同じ名前があるのを臨也はしっかりと記憶している。ここ最近目出井組系 粟楠会に近づき、彼女の父親は道元と将棋を打つ仲にまでこじつけたと聞いていた。おそらく跡をつけていた輩は同じ螢王組でも粟楠会に反発する者たちだろう。彼らの所持物には螢王組の紋が見え隠れしていた。
大方彼女を誘拐し、人質として同盟を破綻させる目論見に違いない。
即座に名前ひとつでそこまでの推量をした臨也は彼女にどう信用してもらおうか、と考え始めていた。ふと彼女の携帯に目を留める。堅く握りにめられたそれはチカチカとメールが届いていることを示していた。臨也は自分の携帯を眺めて、ああ、もしかしてと思う。

「もしかしてダラーズかい」
「奈倉さんも…?」
「これは驚いた。まさかこんなところで同胞と見えることが出来るとは!」
「わ、わたしもです」
「これも何かの縁、よかったら送らせてくれないか。この辺りはあまり治安がよくない。女性の一人歩きは危険だよ…今みたいにね」

有無を言わせぬ素早で臨也は彼女の手を取った。自分よりも小さな手に庇護欲がそそられる。童貞のように興奮が抑えきれなかった。

(ああ、ああ!なんて素晴らしい日だろう。人間は斯くも面白い。よもや一目ぼれとは)

どうしたら彼女は俺のものになるだろうか?首よりも夢中になれる存在に臨也は心踊り、スキップすらしたい気持ちであった。


(110308)

いざやさんの日

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