嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、もう何百回と繰り返したか知らない言葉を延々と頭の中でリピートし続ける。夢だと思いたい。夢ならばどんなにいいだろう。指の隙間からちらりと隣の様子を伺う。間違いない、知らない男が横たわっていた。
状況を冷静に確認してみよう。ぐるぐる回る思考回路を押さえつけるように目頭を押さえた。わたしと彼は裸で真っ白なシーツに横たわっている。床には脱ぎ散らかされた衣類たち、部屋の内装はいかにも怪しげなラブホテルのよう、極め付けに昨日友達と新宿の居酒屋に行ってから記憶がまったくない。

(ああ、完璧じゃないか。これではまるで、そう、漫画のようにわたしたちは共に寝てしまったようだ)

ともかく起き上がって着替えよう。体を動かすと猛烈に腰が痛かった。この男、酔ったか弱い女の子に何て仕打ちをしたのだ。そう思うだけでふつふつと怒りが沸いてくる。
ゴミ箱を覗けば、ゴムの残骸があったのは救いだった。少なくとも妊娠する危険性はない。ならばここでさようなら。気づかれないように出れば問題ない。
そう思って下着を着ようとしたそのときだった。

「おやおやおや佐藤さん、もう起き上がっていいの?」

思いっきり舌打ちをしたい気分だ。猫撫で声にぞわりと鳥肌が立つ。振り返れば細い体を見せびらかすように彼は掛け布団を押しのけこちらに手を振っていた。朝から嫌なものを見てしまった。ちくしょう、死にたい。

「佐藤じゃないけど…いいわ、わたしもあなたの名前を知らないし。いい?わたしたちは昨日会っていなかった」
「鈴木さんってお酒を飲むと変わるんだね。いやあ、実に可愛かったよ」
「…死ねばいいのに」
「物騒なことを言わないでくれよ。俺は素直に感想を述べただけさ」

殺気を込めて睨むもまったく意に介さずといったところか。顔はそこそこ、いや結構好みのタイプだがいかんせん性格に問題ありだ。飄々としていて茶化すのが好きらしい。困った男に捕まってしまった。

「お願いだからなかったことにさせてちょうだい。さようなら、バイバイ、もう二度と会いたくないわ」
「つれないねえ、高橋さん。俺はしばらく、永遠に、忘れられそうにもない」

口角を吊り上げて楽しそうに笑うこの男はわたしに近づいて、それから腕を引っ張った。距離が縮まり慌てて押し返すも、この細腕のどこにそんな力があるのかと思うほど強く抱きしめられる。

「ねえ、下らない押し問答は止めてさ、もう一度愛し合わない?」
「何を馬鹿なことを…!」
「人間は欲に忠実な方があるべき姿だと俺は思うんだ」

するすると男の手は徐々に下へ下へと伸びていく。思わず肩が跳ねてしまい、それに気づいた男は笑う。恥ずかしい恥ずかしい。でもこの男に抱かれてみたいと思う自分がもっと恥ずかしく思えた。繰り返し言うが、本当にこの男はわたしの好みだったのだ。

「渡辺さん、そろそろ名前を教えてよ」
「そちらから言うのが筋でしょう…」
「おっと。失念していた、俺の名前は」

だが彼の名前を聞いた瞬間に、罠に落ちたことへ気づいたのだった。


(100524)

臨也の名前が一度も出ない…だと?彼の縄張りは新宿なのでうっかりお持ち帰りされたいなぁ。

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