嫌な時に出会った。舌打ちがしたいくらいにどうしようもない状況に追い込まれている曹操軍の前に立ちはだかる男は、見間違うはずもない、趙子龍だった。颯爽と前の主(公孫讃)から譲り受けた白馬に跨る姿はあまりにも眩しい。けれどもその手に持つ槍はこちらに向かっていた。目が合ったときにあちらも驚いた顔はしたもののすぐに気を取り直し、我が主、曹孟徳様を見つめた。

「わたしが引き受けます、孟徳様はその隙に脱出を!」
「…任せたぞ」

孫呉の追手は撒いたというのに、なぜ劉備軍が?一抹の不安を残すものの、わたしは刃を抜いた。一騎打ちの誘いに応えて趙雲も前へ出る。
彼と出会った頃はまだ公孫讃の配下だったときだ。しかしお互い顔見知り程度で会話もそこそこ。それが趙雲が劉備の元へ行くと同時にわたしたちは敵になった。彼もわたしも前衛を任せられることが多いために何度も刃を交えている。敵になってからわたしたちはお互いをよく知るようになった。
時には罵声を浴びせたり、奇襲を仕掛けたり、下るように口説いたり、これほど好敵手と呼べる相手は他にいないだろう。だからこそここで果てるなら本望とも言える。

「どうした?ご自慢の涯角槍(がいかくそう)が震えているように見えるわね」

わざとあざ笑うように挑発するが、やはり乗ってはこない。むしろ彼の奥にいる部下たちの方が激怒していた。今にも飛び出しそうなのを趙雲は手で制して、再びわたしを見据える。
そして、何の前触れもなく懐へ彼は槍を繰り出した。危ないところでそれを受け止める。孟徳様から頂戴した剣が悲鳴を上げていた。九尺もある槍を振り回すだけある、と敵ながらも思わず舌を巻く。

「…早く後を追え」

鍔競り合いに突入した時、わたしにしか聞こえないほど小さく趙雲は耳打ちした。一瞬意味が飲み込めず、自分でも間抜けな顔をしたなと思うほど驚いた。後を追え?逃がしてくれるとでも言うのか。視線で物語ると趙雲は頷いた。

「敵のお前が何を世迷言など…、」
「いつまでも貸しを作るのは性分に合わない」
「…貸し?」
「忘れたとは言わせない、長坂の事だ」

走馬灯のようにその時の記憶が私の中にありありと思い出させた。長坂の戦いは民と共に逃げる劉備軍の追撃戦だ。仁王立ちする張飛に攻めあぐねて迂回したわたしの前に、赤子を連れた趙雲が現われたときにわたしが黙殺したことを貸しというのなら、それだろう。どこまでも義に篤い男だな、と呆れた笑みが浮かぶ。

「恩に着るよ」

戦場で微笑むなどこれほど死線を超えたわたしでもかつてない経験だった。わたしも、きっと彼もそうに違いない。もっと違う形で出会えたらどんなによかったか。彼に曹操軍へ下らないかと密書を送る度に心底そう思っていたことだ。
だけどわたしたちが仕えたい主は違う。それだけが違うのだ。お互いに譲れないことがあるからどうしようもないことはとっくのとうに分かっている。それでも願わずにはいられないのだ。

「きっとこれが恋慕というものかな、子龍」

孟徳様を追いかける最中で今頃軍師に謝っているだろうあの男に語りかける。返事はない、それが全ての答えだった。


(100302)

だからこれは夢か…!三国志はどうも戦闘や作戦などに走る傾向があるようです。戦場では心を押し殺して戦うけどその実両想い。ひとたび戦場を離れると親しい間柄でしか呼ばない字(あざな)で恋い慕う…報われない恋ってどうして浪漫があるのでしょう。ぶっちゃけエンパ5で戦に出るたびに趙雲が敵にいて、勝手に運命を感じたわたしです。
まあ趙雲がここで彼女に会って逃がすのも、この後曹操も関羽に会って逃げのびるのも、全て孔明さまの策です(赤壁演義仕様)



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