うららかな春の陽気にうつらうつらと広げた書物も霞んできた頃合に、目を覚ませとばかりけたたましい発砲が城内に響いた。続いて人々の驚きどよめく声が広がり、廊下を矢継ぎ早に武装して走り去る家臣共。それから慌てて駆け込んできた女中が報告する。

「曲者が現れたとのことでございます。種子島に長けた者が数名城門付近に出没致しており、まずここまで侵入することはないと思いますがお気をつけください、姫様」
「あい分かった。お下がり」

女中は礼をし、部屋には二人が残された。

「…性懲りも無い方だわ」
「美しい女性を見ると、愛でたくなる性質でね」

窓際からごく自然に顔を出した色男は、気障にもウインクを投げてよこす。それを咎めるようにねめつけたなまえだが、次にはため息が漏れていた。

「大方先のはここへ侵入するための陽動作戦といったところかしら」
「ご名答。あいつらには悪いが、もうしばらく俺とひめさんのために時間を稼いでもらっている」
「悪い人ね。そうやって手当たり次第口説いていらっしゃるんでしょう」

じわじわと近づいてくる孫市に牽制するようなまえは強い口調で戒めた。しかし彼はまったく堪えていないのか、あとほんの一寸で唇が触れてしまいそうなほど顔が近づいた。息遣いがくすぐったい。

「なァ、ひめさん。あんたにゃこの城は狭い。紙魚だらけの書物に囲まれるよりはよっぽど世界(そと)を知れるぜ?」
「あら貴方が見せてくれるというの」
「お望みとあらば」

孫市は少しだけ離れ、恭しく南蛮式のお辞儀をしてみせた。なまえは莞爾と笑ってみせ、それから膝に置いていた書物を横へやる。

「そうね…そろそろ読みつくして退屈していたのよ。武家の娘と傭兵の男が駆け落ちというのも悪くないわ」
「! そいつァは確かにイケてるな。愛は地位も身分も超える、ってか?」
「調子がいいですこと」
「手厳しいねぇ。だがこれくらいでめげないぜ。さ、なまえ」

ゴツゴツと角ばった男らしい手が差し伸べられた。そっと重ねればすぐさま風のように攫われる。
その後戦場を渡り歩く男女がしばしば目撃されるようになったと風聞が流れたが、さて真偽はいかほどに。


(110510) 青子ちゃんへ!
一日遅れになりましたが、お誕生日おめでとう。

誕生色/パラキートグリーン



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