05
「臭ぇなあ……」
小さな声で呟いて、リアトリスは大きく嘔吐いた。
そこから、徒歩でオールコックへ向かおうとしていた所で、村の片隅に蹲る一人の男を見つけた。
両肩を抱えながら、目に見える程震えている男を、怪訝そうに見ていたリアトリスに、
「ああ、あの人なあ」
と、声を掛けてくる男がいた。鍬を肩に担いで、憐れむような眼差しを男に向けた。
「昨日、一昨日くらいにやってきたんだ。あまりにも怯えていて、何を言ってんのか、
俺達もよく分かんなかったけど、どうやら魔物に襲われたらしくてなあ」
「魔物に? この辺に、魔物は多いのか?」
リアトリスが尋ねると、男は「そうさなあ」と顎に手を当てる。
「オールコックの近くに、ダラムの森って呼ばれる大きな森があるんだが、そこに大きな鬼が暮らしてんだ。
そういえば一昨日の夜、もの凄い咆哮が聞こえてきたなあ……」
ちらちらと見ていたその視線に気付いたのか。男がこちらを見た。そして、ふらりと立ち上がると、
男は大股でリアトリス達に近付いてきた。憔悴しきった顔は、恐怖に彩られていて、真っ青だ。
血の気の失せた唇は小刻みに震え、瞳は蹴飛ばされた獣のように怖気付いている。
「おまえ、魔物ハンターなんだろ!」
突然そう叫ぶと、男は小柄なリアトリスの両肩を強く掴んだ。一切加減のしないその力に、
リアトリスは顔を顰めてしまう。しかし、そんなことも意に介さず、男はまるで堰を切ったかのように喚きだした。
「魔物同士の戦いだった……! あいつら、俺達には目も呉れず、暴れ回って、みんな、殺しやがったんだ!
おまえ、今すぐ魔物を殺せよ! 銃持ってんなら、魔物ハンターなんだろ! 討伐しろよ! 助けてくれ! 助けてくれよ!」
「お、おい、落ち着けよ……」
一方的に捲し立て、掴みかかってくる男に、リアトリスは少し狼狽した。傍にいた男が、彼をリアトリスから引き剥がす。
程なくして、騒ぎに気付いたらしい、ソープステッドの住人が数人やってきて、喚く男を強引に連れ去って行った。
「殺せよ! あいつらを! 魔物ハンターだろ!」
その怒声にも近い、怯えた声は、いつまでもリアトリスの耳に響いて止まなかった。
◆
ソープステッドを離れ、オールコックに近付くにつれて、嫌な臭いが風と共に漂ってきた。
錆びた鉄に、生臭さを伴っている。加えて、糞尿や肉が腐ったような臭気が交じり合い、
それが血の臭いであることにすぐ気付いて、リアトリスは反面防毒面を装着する。
――すげぇ異臭がする。
先程、ソープステッドで聞いた男の叫びを思い出し、リアトリスは自然と足を速めた。
程なくして、辺り一面が赤く染まった草原へと辿り着いた。叩き潰されたように、ひしゃげた人間の遺体の他、
無残に斬り裂かれたような遺体もある。性の判別は出来なかった。文月だったことが影響し、既に腐敗が進んでいた。
リアトリスは不快そうに、顔を大きく歪める。
「………戦闘跡だ」
リアトリスは、周囲を注意深く見て回った。踏み潰され、倒れた草の形や潰れ具合から、余程大きな魔物だったことが伺える。
遺体はひしゃげたり、砕かれたりしており、力任せに蹂躙されたのだと推測した。焼け焦げた草の跡も、幾つか見られた。
転がっていた木切れから、松明を落としたのだろうということは、見て取れた。
――大きさ的には、大鬼か巨人か……大鬼か?
人間の遺体の数に比べて、大量に血の跡が残っているのにも気付いた。
草も土も、赤黒く染め上げられており、その血痕の量から、こちらは魔物のものだと分かる。
周囲の様子を見ていたリアトリスは、不自然に切れた草花を見つけた。
鋭利な物で斬り裂かれたように、断面が綺麗だ。その草の跡は、四方八方に広がっている。
魔物同士の戦いでは、格好の獲物である筈の魔力結晶は、放置されたままだ。最も、こう砕けていれば見向きもしないだろうが、
それもまた不自然だった。魔物同士の抗争は、殆どが魔力結晶を奪い合う為に行われる。
それ故に、魔力結晶は極力傷を付けないように殺し合うのが常であった。
「……」
訝し気にその砕けた魔力結晶を睨んでいたリアトリスだったが、すぐに立ち上がった。
オールコックは、すぐそこだ。
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