04


その男は、いつも遠くの地まで遠征に出ていた。部隊を指揮する立場のようで、常に多くの隊員を引き連れていたことを、
 リアトリスはよく覚えている。彼は向かう先々で、リアトリスと似た境遇の子供を引き取っては、
 同じように養護施設に連れてきて、そして、わざわざ顔を見に、施設に足を運ぶことも多かった。

『よう、元気か? そうか! そりゃあ結構だ』

 大きな声で笑いながら、頭を撫でる彼の笑顔が、リアトリスは好きだった。
 誰からも信頼されており、子供達にも慕われていた男だった。今でも、子供達と彼の笑い声が、まざまざと蘇ってくる。

 養護施設の人間と、組織の人間。双方とじっくり話をして、リアトリスが正式に組織に籍を置いたのは、
 彼の手助けをしたいと決意してから、一年程経ってからだ。その世界は、幼いからといって、
 甘やかす大人も優しくする大人もいなかった。養護施設と違い、誰もリアトリスを大人として見た。
 そして、丁度その男がスタンフィールドの本部へ、異動することが決定した年に、リアトリスは彼の部隊に配属となったのだ。

 そのことを思い返しながら、分解掃除も終えて、組み立て直す為。リアトリスは白い布に置いた小さな部品を取ろうと、手を伸ばす。
 しかし、手が滑って部屋の隅へ転がって行ってしまった。「あっ」と声を上げて、リアトリスは慌てて、ランタンを手に立ち上がった。
 室内は痛んでおり、隙間や空いた穴の中に落ちてしまえば、探すのは非常に困難だ。突き当たった部屋の片隅で、
 壁にぶつかって止まった部品を見つけ、リアトリスはほっと胸を撫で下ろす。
 部品を一つでも無くしてしまえば、銃はもう使い物にならない。

 小さく安堵の息を吐いたリアトリスは、転がった部品を拾おうと手を伸ばした。ただ、それだけの動作だったが、
 不意に右腕に痛みが走り、思わず腕を抑えてしまう。激しく主張するかのような、断続的に続く痛みに、リアトリスは顔を歪めた。

 しばらく、強く抑え込んでいると、やがてその痛みは引いていく。
 今まで、少し痺れるだけだった違和感が、はっきりとした痛みへと変貌したことに、リアトリスは恐れを感じ始めた。

                  ◆
 早朝。まだ薄暗いうちから、リアトリスはクロズリー城を後にした。そのまま、北へ向かって歩いていく。
 この日の朝方は、訪れる夏の暑さを感じさせない程の涼しさだった。
 それから、次第に空が明るくなってきた頃。朝日に金色の髪を煌かせながら、歩いていたリアトリスは、
 前方から荷馬車が走ってくるのを見た。先導しているのは、黒馬に跨り、ライフルを背負う魔物ハンター達だ。
 その姿を捉え、リアトリスは、彼らの進行方向の邪魔にならないよう移動する。見知った顔は一人もおらず、
 そのまま見送ろうとしたリアトリスは、その行商人の一団が、ダリオのものだと気付いた。
 そして、そこに知人の顔を見つけ、

「ハロルドさん!」

 呼びかけると、リアトリスに気付いた若い男が「おっ」と声を上げる。
 筋肉質でやや背の高い男は、走っていた魔物ハンターを呼び止め、荷馬車を止めてリアトリスを見下ろした。

「よう、リア坊。なんだぁ、久しぶりだなあ」

 まだ三十代と若かったが、ハロルドは少数の商人を束ねる程には、出世している。
 時折、ギルクォードにダリオと一緒に来ることもあったが、殆ど別の地域を任されているらしい。

「おいらも、ちょっと色々あってさ。ハロルドさん、こっちの方面に物資届けてたんだな」
「いやいや、こないだ、ハーヴィス商会で人事異動があってな。西部担当になったんだわ」
「へえ。もう仕事終わったのか?」
「いや、今、ミルワーズとブラッドレイに届けた所でな。次は、ソープステッドに行く所だ」

 オールコックから程近い場所に、ソープステッドという小さな村があることを、リアトリスは思い出した。
 ル・コートの村と同じくらいに小さな村で、野菜や草花の栽培で成り立っている。

「で、リア坊はなんでこんな所にいるんだ? また魔物退治か?」
「まあ、似たような所。オールコックに行くんだ」
「オールコックか。最近、様子がおかしいってダリオさん言ってたもんな。依頼されたのか」
「まあ、うん」

 事細かに説明することもなく、リアトリスは頷いた。すると、ハロルドは気の良い笑みを浮かべた。

「それじゃあ、ソープステッドまで乗っていくかい? そこからなら、オールコックはもう近いだろ」
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 そうして、物資の詰まった荷台に揺られて、数十分程でソープステッドまで来たリアトリスは、
 ハロルドに礼を言って、ハーヴィス商会と別れた。そこで、ふっと漂ってくる異臭に、リアトリスは露骨に顔を顰める。
 何処かで嗅いだことのある、嫌な臭いだ。ソープステッドの住人も、そこらで咳き込んでおり、布を口元に巻いている者もいた。




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