03


 そうして、リアトリスは昼を過ぎた頃辺りに、ギルクォードを出た。
 不満そうなティナを、オボロに任せ、イェーガー夫婦から、心配するような言葉を受けながら、門の外へと歩みだす。
 ピリッとした、この空気が変わる瞬間は、いつだって気が引き締まる。ライフルと二丁拳銃、
 いくつかの煙玉といった、普段通りの武器に加え、鉤縄や薬草、毒消しといった備品。
 そして、反面防毒面マスクも装備済みだ。

 まだ陽が高く、トスカーナ山を越えるだけでも汗が止まらない。水分をしっかり摂りながら、リアトリスは足を進めていく。

「オールコックに行くって分かってたら、わざわざ戻らなかったのになあ」

 小さな声で呟きながら、ル・コートへ続く道を素通りする。時折、現れる魔物を駆除しながら歩き続け、
 陽が暮れた頃にようやくクロズリーに辿り着いた。こう陽が暮れてしまえば、迂闊に歩き回ることは危険だった。
 それに、何処かで休む場所を探さなければならない。とはいえ、廃れてしまったクロズリーの町は、殆どの家屋が痛んでしまっている。

 此処から、ティナのいたクロズリー城が見えた。今にも太陽が消えてしまいそうな、暗い空に黒く聳えるその影は、なかなか風情がある。

――古城で一泊させてもらうか。

 緩やかな勾配を登り、クロズリー城の前にリアトリスは立った。
 風に軋む門は、今にも外れてしまいそうで、その奥に聳える城の扉は破損していた。
 以前、ディックが壊した為だ。庭に散らばる裸体像は、更に色が剥げて、もはや何の像なのかも分からない。
 破壊された玄関の奥には、全てを飲み込むような闇が広がっている。
 リアトリスはランタンを取り出すと、そこに火を灯した。それを持って、クロズリー城の中へと足を踏み入れる。

 その古城の中は、夏の暑さを忘れる程に、ひんやりとした空気で満ちていた。
 身を休める前に、一通り魔物がいないか確認したが、只の一匹すらいなかった。
 時折、こうした廃墟に魔物が住み着くこともある。外敵から身を守る場所が必要なのは、魔物も人間も同じだ。

 吹き抜けの窓の外から、何かの虫の音と一緒に、蛙の鳴き声が聞こえてくる。
 もともとは、家主の書斎だったらしい場所を、リアトリスは今日の寝床とした。
 窓ガラスが無い為か、室内は埃やカビの臭いはそんなにしなかった。触れれば、崩れてしまいそうな、
 そんな痛んだ書物が多くある。椅子の足は折れて倒れており、机の上は、よく分からない植物で覆われている。
 微かに、梟の鳴き声も聞こえてきた。日中は暑かったが、陽が沈めば、涼しい風が入ってくる。
 暗い部屋の中を、ランタンの頼りない灯りだけが照らしている。その灯りを頼りに、リアトリスは拳銃の手入れをしていた。
 一度撃てば硝煙で煤が付き、弾道が変わってしまうだけでなく、暴発して腕や顔が吹き飛ぶ恐れもある。
 血糊を拭けば、ある程度長持ちする剣と比べると、やや手入れが面倒だ。白い布の上に、
 部品を丁寧にバラしていきながら、ふと思い出すのは、いつだって上司の姿だ。

 ル・コートが襲われたのは、まだ年端もいかない頃だった。それでも、燃えていく家屋や蹂躙される村人、
 悍ましい魔物の姿は、強烈に、鮮明に記憶に焼き付いている。ただ一人、崩壊した村でへたり込んでいたリアトリスに、

『一緒においで』

 そう言って、引っ張り上げてくれたのは、後に上司となる男だった。
 大きく、広い背中に背負われて、ル・コートを出た後、彼はヴェステルブルグ西部の大きな町まで、送り届けてくれた。
 そこにあった小さな養護施設は、魔物ハンターを抱える組織と提携を結んでおり、魔物によって住む場所や家族を失った子供を、引き取る場所だった。
 そこを安寧の地として、過ごしても良かったのだ。

 しかし、リアトリスはその平和を甘んじて受けることはせず、自ら武器を取り、魔物と戦う道を選んだ。
 その根底にあったのは、一番に助けてくれた、その魔物ハンターの男が、自分に大きく影響を与えたからかもしれない。

 



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