03


 夕刻とはいえ、この季節になると空はまだまだ明るい。
 陽のあるうちに、オールコックへの距離を縮める為、休むことなくディックは歩き続けていた。
 そして、トスカーナ山を超えた辺りから、やけに魔物と遭遇することが増えたことに、疑問を抱きつつあった。

――昨日感じた、あの強烈な魔力が何か影響しているのか?

 そう思いつつも、確証は何もない。しかし、昨日感じた魔力が無関係であるとは思えなかった。
 シェリーの態度や纏う雰囲気から、ただ事では無いと感じた。彼女はいつも、多くを語らないし、何も教えてはくれない。

――でも、何かあると気付けるくらいには、俺も成長しているよ。

 シェリーのことだ。そのことは理解しているだろう。しかし、それでも語ろうとしないのは、

――俺が……弱いからかな。

 そこでディックは、迫り来る魔物の殺気を感じた。魔剣を引き抜くと、それを構えた。
 巨体を持つ、角を生やした魔物が茂みを突き破り、こちらに突進してくる。
 四足で、その巨体を物ともしない速さだったが、攻撃方法が猪突猛進な突進だけなので、避けることは難しくない。
 微弱とはいえ、魔力を感じるからか、魔物はディックに狙いを定めている。対する彼は、
 それが予想通りといったように、慌てることも戸惑うこともなく、軽くいなしていた。

 魔物の大きな口が見える。頭から噛み付こうとしているようだ。しかし、ディックは赤い魔剣を振り翳し、
 今まさに噛み付こうとしていた魔物の口腔内に、魔剣を突き刺した。柄を強く握り締め、そのまま口を切り裂いた。
 魔物が怯んだ隙を逃さず、今度は下から斬り上げる。

 魔剣は、魔物の夥しい量の血を浴びても尚、その刀身を美しく輝かせた。
 地響きを立てながら倒れた魔物が、黒い塵へと変わって消失していく。ディックは軽く魔剣を振って、刀身に付着した油分や血液を振り払った。
 魔物が消え去った後には、真っ二つに砕けた魔力結晶が転がっている。これでは、例え他の魔物が奪ったとしても、大した力にはならない。
 ディックは魔剣を鞘に仕舞うと、それ以上は魔力結晶に一瞥も呉れず、先を進んだ。

                    ◆

 夜が更け、魔物が増々活発になる頃合いに差し掛かっても、ディックは足を止めなかった。
 クロズリーを横切り、草原をただひたすらに突き進んでいた。休むことは無かった。
 ディックは、シェリーが傍にいない夜に、眠りに落ちることを恐れている。身体を動かしてさえいれば、疲労も眠気も感じない。
 灯りも持たずに、暗い草原を歩いていたディックは、不意に足を止めた。目の前に、小汚い男が立ち塞がったのだ。
 統率しているらしい男が一人、その隣にもう一人。更に松明を持った男が三人と、二人の後ろに四、五人程控えている。
 ディックは彼らから視線を外し、そっと周囲を見渡した。木々や岩の影に身を潜めているが、
 更に数人いるのが分かる。再び、ディックは目の前の男達に視線を戻した。
 オボロの言葉を思い出して、合点した。

――盗賊の類だろうな。

 男達の顔は必死だった。身に纏う衣類や、手にした武器の陳腐さから、元は何処かの町村に住む人間だったのだろうと、目星を付ける。
 しかし、その形相からは、話し合って、見逃してくれるような連中ではないことも分かった。
 男が何かを言っているが、まるで耳に入ってこない。何事かを喚きながら、彼らはすぐさま、攻撃へと転じてきた。
 脳裏に過ったのは、あの村の男達の顔だった。農具を片手に喚き怒鳴りながら、手にした武器を振り下ろしてくる。
 目の前が真っ赤に染まり、何も見えなくなった。

 しかしそれも一瞬のことで、ディックは短剣を突き出してくる男の攻撃を避け、手に持つそれを叩き落とし、斬
 り付けようとする二人目の横面を殴り飛ばした。魔物を相手にするよりも、ずっと簡単だ。
 わざわざ魔剣を使う必要もない。いや、人間を相手に、この魔剣を使うわけにはいかない。
 この剣は、魔物を斬るためのものだ。

「くっそ……!」

 男の一人が悪態を吐く。物陰に潜んでいた男達もが飛び出してきたが、慌てることもなく、いなしていく。
 ものの数分で、一人残らず叩きのめしたディックに、盗賊達は恐れを抱いたようで、怯えた顔で後ずさりし始める。

 それでも、最後の悪あがきをしようとしたのか。頭目と思わしき一人の男が、大きな声で叫びながら、短剣で斬り掛かってきた。
 右側からの攻撃だったが、土を踏み付け、走ってくる足音を敏感に拾い、ディックは振り向いた。
 同時に、斬り掛かろうとしていた手を振り払えば、男の手からナイフが弾かれ、足元に落ち、
 それを拾おうと身を屈めた男の頭を、ディックは長い脚で容赦なく蹴り付けた。
 倒れ込んだ男は呻きながら頭を押さえている。
「この野郎……!」

 恨めし気にこちらを睨み上げた、男の言葉を遮るように、わっと悲鳴が轟いた。



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