02


 ディックがギルクォードに足を踏み入れるのは、久しぶりだった。昨日、わざわざティナが時計台にまでやってきて、呼び出したのだ。
 オボロが呼んでいるらしく、その要件に関して想像は付いていた。

「やあ、久しぶりだね」

 店の扉を開けると、開口一番にオボロはそう言った。

「元気にしてたかい? ちゃんと食べてる?」
「ティナから、何か用事があると聞きましたけど」 

 オボロの言葉には全く触れず、ディックがそう言うと、彼は苦笑しながら肩を竦めた。
 店内には、他には誰もいない。ティナもいない。遊びに出掛けているのかもしれない。ディックがカウンターに近付くと、
 オボロが何かを用意しているのが見えた。カップを取り出し、そこに水を注ぎ入れる。
 果汁と蜂蜜を入れて掻き混ぜた。簡単な果実水ジュースをカウンターに置いた。

「暑かったでしょ。どうぞ」

 外はじんわりと暑かったが、店内はひんやりとした、涼しい空気で満ちている。
 窓を開けていて、そこから風が入っているお陰だろうか。しかし、それとはまた違うような気もした。

「たぶん、想像している通りのことなんだけどね」
「魔物の駆除依頼ですね。ウィットエッジですか、ヒースターですか」

 近隣にある町村の名前を幾つか上げると、オボロはかぶりを振って、書類をカウンターに並べた。
 セピア色の紙に、インクが滲んでいる。オールコックという町からだ。

「少し距離はあるんだけど。オールコックっていう町について、ダリオから直接頼まれたんだ。
先月、いつものように商品を抱えてオールコックを訪れたんだけど……」

 オボロは、ダリオから聞いたことを話し出した。
 要約すると、町に異変が起きているから、調べて欲しいとのことだ。

 グラフトン湖を横切り、川沿いに北へ向かって歩いていけば、やがて石壁に囲まれた町が見える。
 それがオールコックだ。そのオールコックに、ダリオ達行商人が向かった際、違和感を覚えたという。
 小さいながらに活気があったその町を訪れたが、門番の一人もおらず、中に入ることが出来なかったらしい。
 それどころか、人の気配も全くせず、ひっそりと静まり返っていた。

『一か月前に来た時は普通だったんだ。魔物の襲撃があったにしちゃ、外壁も壊れていねえし、
護衛の魔物ハンターが言うにゃあ、血の匂いも魔物の気配もしねえときたもんだ。こりゃあ、なんかあるぜ』

 ダリオはそう言っていたらしい。

「距離があるといっても、ギルクォードと同じ地域でしょ。少し、不安に思ってね。
リア坊も、昨日から里帰りしているし、ディックが良ければ、見て来てもらえないかな。
夜になると追い剥ぎが多いらしいけど、君なら大丈夫だろうから」

 頼むよ。とでも言うように、オボロは両手をパンッと合わせた。


 ドアベルを鳴らしながら、扉が閉まった。残されたオボロは、カウンターに乗ったままのカップに手を伸ばす。
 中身は少しも減っていない。ディックは手を付けていないからだ。ふっと、オボロは息を吐いた。

《ギャギャッ》

 耳障りな鳥の鳴き声が聞こえる。



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