04


 スタンフィールドを取り囲む森の中を、その馬車は走っていた。
 その周辺には、黒馬を乗りこなす、魔物ハンター達が数十名走っている。
 背中にはライフルを背負い、厳しい眼差しで周囲を警戒している。
 細部まで拘った外装の馬車に、エドワードが乗っていることを、クロードは把握している。
 迫り来る馬車と魔物ハンター達の前に、クロードは歩みを進めた。
 先頭を走っていた魔物ハンターがこちらに気付き、ゆっくりと馬を止める。

「……リグスファイヴ公爵の執事、だったな」

 にっこりと、クロードはいつもの笑みを顔に貼り付ける。そして、深々と腰を折った。

「エドワード様をお迎えに上がりました」
「へえ?」

 腑に落ちない顔をして、変な声を上げる御者に、同じ速度で体制を戻したクロードが、
 再度御者と魔物ハンター達に微笑みかける。そして、一瞬の間を置いて、全員が細切れになってしまった。
 返り血一つ浴びないクロードの右手は、まるで剣のように五本の爪が、細く鋭く伸びている。
 馬やハンター達の首が、次々と落ちてくる。ねっとりとした血に塗れた爪を見たクロードは、
 そっと左手で内ポケットからハンカチを取り出した。さっと血糊を拭き落とす。

 表情を一切変えず、仮面のような笑みを貼り付けたまま、クロードは馬車の扉を左の拳で開いた。
 中では、何が起こったか理解していないエドワードが、呆けた顔をして座っている。突然止まった馬車に、
 疑問を抱いているらしい。そして、クロードを見ると目を丸くした。

「クロード、……どこから、此処に? 会談の後から姿が見えなくなっていたから、
とても心配していたんだよ。何か、巻き込まれたのかもしれないって……」

 エドワードは、眼前のクロードを見る。見慣れた筈の笑顔に、違和感を覚えた。
 仮面のように不自然な笑顔が張り付いている。

 彼は、こんな顔で笑っていたか?

「クロード……?」
「エドワード様。主人に変わり御礼申しあげます。
ラスト様を、ずっと支えて下さり、ありがとう御座いました」
「クロード、君は何を言って……」
「あなた様がいて下さったお陰で、ようやくラスト様のお身体を取り戻すことが、
出来ました」
「待ってくれ。君は一体、何を……」
「しかし、何世紀も深い水底に閉じ込められていた為、体調は芳しくありません」
「クロード、」
「そこで、大変申し訳ないのですが、もうしばし、その器をお貸し願えないでしょうか」
「クロード! 君が何を言っているのか、全く分からない!」

 ようやく大声を上げて、エドワードはクロードを強く見つめた。

「君が何を言っているのか、僕には分からない。それに、ラストって、一体誰のことを言っているんだ」
「あなたの知ったことではありませんね」

 あまりにも冷たい声に、エドワードは思わず身震いする。
 そんな声音で話すところを、彼は今初めて見た。

「クロード……」

 感情の見えない笑顔を浮かべるクロードの手を、エドワードは見た。
 右手の爪が、まるでレイピアのように鋭く細く、長く伸びている。微笑んでいたクロードが、ゆっくりと瞼を開いた。
 怖気を感じさせるような、冷たい緑の瞳が見える。彼が魔物であると理解したエドワードは、悲鳴を上げた。
 いや、上げようとしたが、喉が潰れたように声が出なかった。

 ずっと、僕を欺いていたのか。
 そんな考えばかりが、頭に浮かんでは消えていく。指先から、どんどん体温が消えていくのが分かった。
 酷く呼吸が苦しい。眩暈がする。手足が痺れたように、感覚が薄れていく。

 父さん、母さん、セオドア、アリス……。

 関わってきた、家族とも呼べる大切な人々の顔が、次々と浮かんできた。

――ディディ……

 会談の為に屋敷を離れる時。彼女は笑顔で、「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。
 彼女に不自由をかけないように。彼女を守れる力を手に入れる為に。エドワードは、屋敷の外に出向くことが多かった。
 そのことで、クラウディアに寂しい思いをさせていたことは、知っている。

――ディディ……

 それでも彼女は、不平も「寂しい」という想いさえ口に出さず、いつも帰りを待っていてくれる。
 クラウディアは今も、自分が帰ってくることを待っているのだ。此処で死んではいけない。

 死んではいられない。



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