01


【A man's affliction―ある青年の苦悩―】
I occasionally see the dream. It's so Dim dreams and sad dreams.
I'm there for sure, but anyone listen my voice. I spun words indeed, but it is not my words.
Him or her, not me. I was watching, I have not seen. With me in the dream,
really does not exist, and that creepy imagination. Little by little, I'm falling apart.
Arms to disappear in my fingers. And frightened at the sight I always listen to my voice.
I can not, I hear. Ooh, ooh.
I realize that everyone's does not.
                         ――――――

 クラウディアは屋敷の図書室にいた。
 普段、彼女が立ち入ることは、そう多くない部屋だったが、可愛がっている愛猫のメアリーが、中に入ってしまったのだ。
 名前を呼びながら、明るい日差しに包まれた書斎に足を踏み入れる。そこには、各場所から読書家の父が集めた、
 様々な本が所狭しに仕舞われていた。ある作家が手掛けた小説から、宗教本、或いは哲学書まで、なんでも揃っている。
 他にも、レッドフォード家に纏わる、家系図まで残されているのだ。

「もう、メアリー」

 父がよく使う読書机ライディングテーブルの下に、蹲るメアリーを見つけて、クラウディアは膝を付いた。
 手を伸ばしてメアリーを抱き抱え、立ち上がる。ふわふわとした白い頭を、優しく撫でた。

「此処は、入ってはいけないのよ、メアリー」

 優しく諭すような言葉にも、メアリーは何の反応も示さず、うっとりと目を細めていた。

「ディディ。友達は、見つかったみたいだね」

 一緒に彼女を探していたエドワードが、微笑みながらそう言った。

「エド様。折角いらして下さったのに、ごめんなさい」
「気にしないで。君の大切な友達なんだから」

 エドワードはクラウディアの腕に抱えられる、メアリーにも笑顔を向けた。

「君も、あまりディディを困らせてはいけないよ」

 メアリーはエドワードが顔を近付けた途端、凄まじい鳴き声を上げる。
 まるで、恐ろしいものを見たように、全身の毛を逆立てて、クラウディアの腕を逃れ、
 一目散に駆け出してしまった。呆気に取られるクラウディアの隣で、エドワードが苦笑いを浮かべた。

「ははっ。……すっかり、嫌われてしまったな」
「変ですわね。エド様にも、とても懐いていたのに」
「猫は気まぐれだから。また、擦り寄ってくるさ」
「そうですわね」

 朗らかに笑うエドワードにつられて、クラウディアも小さく、淑やかに笑った。
 今日、クラウディアの家にエドワードが来ているのは、彼女の家族から、ランチの招待を受けたからだ。

 エドワードは図書室を一瞥した。天井近くまである、大きな本棚にはぎっしりと本が詰まっている。
 それが、幾つも並んでいるのだ。その部屋はさながら、本の城であった。

「また、増えたんじゃないか?」

 クスクスと笑いながら言うエドワードに、クラウディアが困ったような笑みを返す。

「そうですの。そのうち、また本棚を新調しないと」
「流石だね。そういえば、僕は最近読書をしていないな」
「エド様、最近更にお忙しそうですものね」

 クラウディアは、小さな声で言葉を紡ぐ。翡翠色の瞳が、寂しさに彩られていた。

皐月メイまでに、終わらせなければならないことが山積みなんだ」

 エドワードがそっと手を伸ばして、クラウディアの赤茶色の巻き毛を撫でる。

「許してくれるかい」
「ええ、大丈夫ですわ」

 その手に自分の手を重ねて、クラウディアは微笑みかけた。エドワードはもう一度微笑んで、
 それから彼女からそっと離れた。図書室を出ようと歩みだしたところで、本棚にあった一冊の本に目を惹かれた。
 手を伸ばして、何故手に取ろうと思ったのか気付く。少し古びていたが、他に陳列する書物を比べると、
 背表紙の文字が子供向けであり、表紙も大きな文字と絵が書かれている。明らかに、
 子供向けにデザインされた冊子であった。

「……”グリードン童話全集”……?」
「あら、懐かしい。私、四つ目の『蛇と乙女』の物語が好きでしたわ」
「どんな物語なんだい?」
「覚えていらっしゃいませんか? 子供の頃、エド様が教えて下さった話ではありませんか」

 クラウディアは、翡翠色の瞳をぱちくりとさせて、不思議そうな顔をする。

「私、エド様からあらすじを聞いて、お父様に頼んで取り寄せて頂きましたのよ。綺麗な物語で……」
「ああ……そうだったね……」

 静かにそう返すエドワードを見て、クラウディアは唇を閉じる。
 エメラルドグリーンの瞳が、不意に表情を消す時がある。時折彼が見せるその顔は、
 怖気が走る程に冷たく、刃物のような鋭さを帯びていた。まるで、知らない誰かと入れ替わったようで、
 クラウディアは彼がそういう顔をするたびに、言い様の無い不安と恐れを抱いていた。
 声を掛けることすら、憚られる。妙な息苦しさと、凄まじい威圧感を感じるその空気が、
 急に消え失せた。エドワードがこちらを見て笑っている。いつも通り、優しい顔だった。

「君はよく、色んなことを覚えているね」

 その優しい顔を見て、クラウディアはやっとのことで、微笑み返した。
 彼の纏う雰囲気や表情が、知っているものに戻った時。いつも、クラウディアは湧き上がる不安や恐れを、
 心の奥底に押し返す。気付かないふり、知らないふりを押し通すのだ。

「そうそう、子供の頃といえば、こんな話を聞いたことがありますのよ」
「なんだい?」
「なんでも昔、このレッドフォード家から、魔物に嫁いだ方がいらっしゃるそうですの」
「魔物に?」

 ひたりとした目を向けてくるエドワードに、クラウディアは少し面食らった。
 けれども、彼が黙って続きを促すので、些か緊張しながらも言葉を紡ぐ。

「お名前も経緯も分からないのですが、魔物の子を孕んで、家を追い出された女性が、いらっしゃったんですって。
レイチェル叔母様は嫁がされたと、思っているそうですけど。でも、」

 エドワードの顔色を伺いながら、クラウディアはそれでも精一杯明るく言った。

「ほら、エド様。私、子供の頃は酷くお転婆だったでしょう?
その頃両親に、こんな風に言われましたの。『そんなことばかりしていたら、おまえも魔物の嫁にするよ』って。
今思うと、子供を躾ける為に言い聞かせる、常套句だったのかもしれませんわね」
「そうかもしれないね。人間にとって、魔物は脅威だから」

 ようやくエドワードが柔和に微笑んだ。

「ええ。外に出る時は、魔物ハンターを雇いますけど、それでもやはり恐ろしいですもの」

 歩き出したクラウディアは、階段の手前まで来た所で、エドワードがいないことに気付く。
 振り向けば、まだ書斎の入口にいた。

――どうなさったのかしら。

 クラウディアは首を傾げながら、もう一度書斎まで戻っていく。



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