03
風も無く、とても静かな日だった。朝食を終え、庭園を散歩していたクラウディアは、その静けさに、妙な居心地を感じていた。
色取り取りの花が咲き乱れるその庭園には、木製のアーチが幾つも連なっている。そこには紫色に近いピンク色や、
ほんのりとピンクがかった白、または黄色味の強い白の蔓バラが巻き付いている。
巻き付くとはいえ、その花は枝を長く伸ばすだけであり、巻き付くように誘導したのは、この屋敷の庭師だ。
蔓バラのアーチを潜り抜けた先には、小さな噴水が鎮座している。
その噴水には、水瓶を抱えた天使の裸像があり、その水瓶から、静かに水が流れ出る仕組みだった。
この噴水の音を聞きながら、庭園の美しい景色を眺め、アーチや石畳の上に止まる小鳥の囀りを聞くのが、
クラウディアは好きだった。しかし、今日は一羽も見ない。それに、
「なんだか、寒いわ……」
クラウディアは腕を摩りながら、空を見上げた。曇り空が広がっている。
まだ水無月だというのに、まるで霜月のようだ。
エドワードは、国王との会談の為に、屋敷を離れていた。皐月に式を挙げ、
晴れて夫婦となったクラウディアだったが、エドワードが忙しい為、言葉を交わす日も少なかった。
彼が家の為、体裁を守る為に奔走していることは理解していたが、それでも少し寂しい。
「奥様。お体が冷えてしまわれます。そろそろ、お屋敷に戻られた方が良いかと思います」
「ええ。そうね」
アリスの言葉にクラウディアは頷いた。
◆
湖を離れ、ラストとクロードはスタンフィールドへと舞い戻った。石で出来た町は、とても閑静だ。
その町並みを見下ろしていたラストは、腕の振るえを覚えて見下ろした。腕の皮に罅が入り、少しずつ剥がれ落ちている。
「どうなさったのです」
その腕を見て、クロードが驚いたように声を上げた。ラストは唇を不敵に歪めて笑った。
「さっき、どれくらい衰えているのか確認する為に、魔物の巣に乗り込んだだろう」
先刻、大蛇の魔物が住み着く洞窟を訪れた。そこで、長年の封印を物ともしないラストの戦いぶりに、
惚れ惚れとしたものだ。ラストは今にも崩れ落ちそうな腕を見て、それからまたこちらを見ると、シニカルに笑った。
「たった数百匹殺しただけで……力が足りない」
「では、急いで取り戻しに行かなければ……」
「急ぐ必要はない」
慌てる様子もなく、落ち着いた様子を見せるラストに、クロードもようやく落ち着きを取り戻した。
しかし、その考えを読み取るまではいかず、続く言葉を待っている。
「何世紀も水底に沈んでいた身体だ。痛みが激しい。今、分けた半身と魔力を取り戻した所で、
この肉体ではそう長くはもたない。修復させる時間と場所が必要だ」
「では、ラスト様はホーストン邸にて、ご自愛くださいませ。そこに半身とお力を置いておりますし、
アリスもおります。しばらくの間、身を隠すことも出来ましょう」
そう言うと、ラストは「ふむ」と顎に手を当てた。
「おまえがそう言うのなら、その屋敷に身を置くとしようか」
「では、ご案内致します。時に、ラスト様」
クロードはラストに尋ねた。
「何故、ヒースコート様をお誘いになったのです?」
「ああ、そのことか。そうだな……」
ラストは少し考えていたが、やがて無邪気な子供のような笑みを浮かべた。
「魔将を手駒に加えれば、王になれるだろうと、そう思っただけだ」
ラストの答えを聞いて、クロードは思う。
――そんなことをなさらずとも。もう、あなた様は素晴らしい王者でしょうに。
それでも、そんな言葉も思いも笑みの仮面に隠し、「左様でございますか」と静かに答えた。
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