05
首の断面からは、まるで噴水のように真っ赤な血飛沫が上がっている。
頭は湖の中へ落ちて行った。水面が赤く染め上げられていく。
首を失った身体は、途端にそれまでの動きを止めた。まるで木偶人形のように、突っ立ったまま動かない。
ヒースコートはその身体を、魔王の頭上から蹴り落とした。身体は呆気なく倒れ、魔王の肩を打ち砕き、
前足を折り、魔王の左下の翼に当たり、翼ごと湖へと落下していく。
「ほんと、調子が良いみたいだわ」
ヒースコートは左腕の形状を元に戻すと、掌を握ったり開いたりする。
その左肩の付け根に、ぼんやりと青い光が灯っていた。次々と力が溢れ出てきて、止まらない。
今なら、シェリーの首も取れるかもしれない。そう思える程だった。
未だ浮かび上がって来ないオズバルドを訝しみながら、水面を見下ろしていたヒースコートは、
ノーフォーク湖の中に巨大な影を見た。赤い二つの瞳と、目が合ったような気がした。
背筋が薄ら寒い。
◆
明け方近く。突然、水面から腕が飛び出した。その腕は、手近な岸に手を掛けると、
一気に身体を引き上げる。ぐっしょりと濡れたオズバルドが、ノーフォーク湖から姿を現した。
感覚を確かめるように、しきりに首を動かしている。
――やっぱり、頭は時間が掛かるな。
右腕は殆ど再生していたが、まだ先端が出来ていない。頭も、まだ完全というわけにはいかなかった。
顔の半分以上が、筋肉や繊維などが剥き出しになっている。皮膚の再生が遅く、左目に至っては空洞のままだ。
昇り始める太陽の光が凍みる。再生力が極端に高いとはいえ、痛みを感じないわけではない。
流石に、ラストの魔力を帯びた魔将相手では、分が悪かったらしい。それでも、彼が止めを刺さず、
深追いせずに去ったのは幸運であった。弾みを付けて地面を蹴り、オズバルドは高台へ飛び移る。
剥き出しの岩の上に立つと、ノーフォーク湖を見下ろした。
湖の真ん中に聳えていた、魔王の化身が崩れていくのが見えた。
まるで、瓦礫のように破片を落としながら、ゆっくりと湖の中へ沈んでいく。それと比例して、
今まで以上に重たく息苦しい魔力が、立ち込めていくのが分かった。
――やられたねえ、ヒースコート。
オズバルドは、首筋に冷や汗を掻いた。消えていく魔王の化身と入れ替わるように、
巨大な黒い大蛇の影が、立ち上っていく。靄のように、原型を留めていなかったそれは、
次第に輪郭をはっきりとさせていく。
――オレもおまえも、ラストの封印を解く最後の道具だったみたいだ。
ノーフォーク湖から姿を現したのは、長い封印から解かれた、魔将ラストだった。
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